王妃の存在
フランクが王宮に戻ると、エシェル・ユーラニアが王妃に入学の報告に来ていた。
「母上、少しお話があります。
ユーラニア伯爵令嬢も一緒にどうかな?」
フランクが応接のソファーに座ると、侍女が手慣れたようにお茶と菓子をセットする。
王妃はフランクを見て、仕方のない子とばかりに微笑んで執務机から移動する。王妃の後をエシェル・ユーラニアが付き従い、順番にソファーに座る。
「入学おめでとう、貴方もエシェルも首席が取れずに残念だったわね。
とてもお勉強していたのに」
王妃が二人を励ますように言葉をかける。
「王族として情けないことですが、エシェル嬢は王太子の婚約者として僕以上に頑張られていたから、エシェル嬢が首席になると思ってました」
フランクは、エシェルを褒めるようで下げてくる。
そんなフランクがエシェルは苦手であった。
「きっとランボルグ侯爵令嬢は、私以上に頑張られたのですわ」
馬車寄せで会った姿を思い浮かべながら、エシェル・ユーラニアは顔を斜めに俯く。儚げな姿は、王妃の保護欲を刺激するようだ。
偽物に負けるものか、という復讐心で勉強するエシェルに、王族だからとか、王太子の婚約者として恥ずかしくないように程度の思いの二人がかなうはずがない。
「ランボルグ侯爵令嬢には生徒会室で会いました。銀髪の綺麗な令嬢でしたよ。ご両親が付き添っていたので、よほど可愛がっているのでしょう」
フランクが言えば、王妃はフランクの期待通りに応える。
「まぁ、今まで領地にいて社交も出ないからどんな娘かと思っていたら、両親が可愛がって離さなかったのね。侯爵令嬢で首席を取るほどの知識があるなら、第2王子妃にふさわしいわね」
「彼女は、王子妃にふさわしくありません」
フランクの企みを邪魔するようなエシェル・ユーラニア。
「学院に登校するなり、男性に抱きついたと聞きました。貴族令嬢としての慎みもありません」
「あはは!
湾曲して言うのは、悪意があるけらだろう?
抱きついたではなく、抱きつかれたんだ。エシェル嬢にはエスコートどころか指一本も触れない王太子殿下が、彼女に抱きついたんだ。たくさんの証人がいる。その彼女は王太子殿下を振り払って逃げたと」
「なんですって!ギルモンドが!?」
婚約者を邪険にするギルモンドは女嫌いではと思っていた王妃にすれば、信じられない話である。
「そうか、それで生徒会室にランボルグ侯爵夫妻が来てたんだな。抗議に来たに違いない。」
馬車寄せで見ていた生徒のなかには、王太子が泣いていたと言う者もいたが、それはありえないだろう。フランクは合点がいったとばかりに、ニヤリ笑う。
「エシェル嬢、婚約してもう何年もなるんだ。いい加減に婚約者らしくして欲しいな。
兄上が他の令嬢に目移りするのも、結婚してから困るだろう?」
わかってる!
込み上げる怒りをエシェルは、抑えるのが精一杯だ。
そして、哀しくなってくる。
どうしたらいいの?
お母さまは、接触を増やせば術を深くかけられるって言うけど、ギルモンド様は私に触れてもくれない。
「大丈夫よ、今まで婚約が続いたのはギルモンドの意志なのだから、心配しないで。私は貴女を娘だと思っているのだから」
王妃がそっとエシェルの手に手を添える。
「ああ、侯爵令嬢の名前もエシェルなんだよ。エシェルってありふれた名前だったんだな。同じクラスにエシェルが二人いるのはややこしいよ。
片方は侯爵令嬢、片方は伯爵令嬢だけど王太子の婚約者。どちらかを呼びやすい名前にするのも角が立つな」
僕なら、ランボルグ侯爵令嬢を愛称で呼ぶな、とフランクは考える。それをクラスでしたら、特別感があるじゃないか。
フランクが王妃の執務室でお茶をしてる間に、学院から戻ってきたギルモンドは、王に緊急報告をした。
エシェルが見つかったことに王は喜び、エシェルを守る対策に、王直属部隊から精鋭の人選が始まった。
ロクサーヌ夫人は殺されていた。それは王と王太子に重く伸し掛かり、ユーラニア伯爵への報復が始まろうとしていた。
エシェル・ユーラニア、追い詰められていきます。
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