エシェルとギルモンドの温度差
読んでいただき、ありがとうございました。
分かっていた。
あの思い出の中は、嘘の塊だと。それでも、エシェルにとっては、父に抱かれ母と庭を散歩したり、父と母の間に座り一緒に食事をした日々は、大切な思い出だった。
だが、自分で決別したことなので、他人の口から言われても感慨に浸ることもない。
周りの方が、気遣ってエシェルを見ている。
「そこまで調べていて、あいつらを偽物だって言えないってこと?」
エシェルの言葉使いに、ギルモンドは目を見張り、アイリスは天を仰いだ。
「ランボルグ侯爵領では街に出たりして、ユーラニア伯爵領ではできなかった事がたくさんできたので、殿下の知っている弱々しい令嬢じゃないの。がっかりされたでしょう?」
これが私とばかりに、エシェルは笑顔を見せてギルモンドを見る。
自分を殺した父親に仇を討つには、優しいままじゃいられない。
「いや、全然。それどころか、もっと君を知りたい」
とろけるようにエシェルを見るギルモンドに、エシェルの方が冷静だ。
「それより、王家であっても偽物判定ができないってこと?」
ギルモンドは、続きを話す。
「ユーラニア伯爵は12年前から夫妻で王都の社交に出るようになった。ロクサーヌ夫人は領地にいるから、愛人を妻と偽称してということだ。
ロクサーヌ夫人を知らない所に、妻のロクサーヌだ、と紹介すれば誰もが疑わないだろう。それまで、ユーラニア伯爵は一人で社交をしていた実績と信頼がある。
それは当時王太子妃だった、今の王妃も同じだ」
王妃ということは、ギルモンドの母親である。
「王妃だけでなく、多くの貴族夫人と親交を持ち、時には娘を連れて茶会に参加していたようだ。
聖祭でロクサーヌ夫人とエシェルが王都に来た時、すでに貴族の間では偽物がユーラニア伯爵夫人と令嬢だと認識されていた。
僕と父が、君達が偽物に成り代わられていると知った時には、君達の消息は無くなっていた。
ユーラニア伯爵が君達を監禁している可能性がある限り、我々が強硬手段に出る事はできなかった。
このユーラニア伯爵夫人と娘は偽物だ、と僕と父が言ったことろで、当時でさえ3年以上認識されていて、王妃を筆頭に偽物ではないと証言する者しかいないんだ。
だから、父と僕は君達を内密に探し出し、保護することを優先した」
「殿下」
黙って聞いていたマルクが言葉を発した。
「エシェルを保護した時に、ユーラニア伯爵に知られる可能性を考慮して秘匿にしたが、王家には連絡すべきでした。殿下がこの9年、どれほど心配されたか」
「アイリスを見れば分かる。王家が味方だとは思っていなかったのだろう。それどころか、僕の婚約者がユーラニア伯爵令嬢だから、ユーラニア伯爵側と考えていたのではないか?
エシェルを隠してくれて、正しかった。侯爵の所が一番安全な所だった」
エシェルと会えたのも、アイリスが見つけ、ランボルグ侯爵が守ってくれたからだ。そうでなかったら、生き返っても野獣に襲われるか、生活の当てもなく、幼い子供に生き残る術はなかったろう。
「私は、これからもランボルグ侯爵家の娘として生きるつもりです。
けれど、アイツらを許したわけじゃない。罪を明らかにし、復讐する。名前を取り戻してから捨てる。
だから、殿下は私を知らない振りをしてください」
エシェルが言い切るが、その場にいる全員が無理だと思った。
「残念だが、ご令嬢にギルモンドが抱きついたのを、馬車寄せにいた多くの人間が見ている」
グイントの言葉は正しい。
「でも、私の復讐計画に殿下は入っていません」
エシェルの言葉に、ギルモンドが打ちのめされる。