ユーラニア伯爵の罪
「アイリス、ありがとう」
眼の前に跪くギルモンドを無視して、エシェルはアイリスに声をかける。しかも、兄ではなく、名前を呼んでいる。ギルモンドはそれが悔しくて、腹立たしい。
自分の知らない年月が、ここにあるのだ。
ルミナスが王太子が跪いているのを気遣って場所をあけ、王太子がいなくなった席に動くと、ギルモンドはエシェルの横に座る。
「その・・、エシェルは殿下と知り合いみたいだけど、どうして話してくれなかったんだい?
僕はずっと王家は要注意だと思っていた」
アイリスは、エシェルにべったりなギルモンドの様子に不快感を持ってしまう。それが妹を取られそうな兄の感情か、異性に対する感情か、聖なる者を汚す者への険悪感か、自分でも分からない。
「王太子殿下が婚約したと聞いたので、もういいかな、って思ったの」
「僕の婚約者はエシェル・ユーラニア伯爵令嬢、君だよ。あんな紛い物じゃない。生きてるって信じて、ずっと探してた」
ギルモンドがエシェルに縋るように、エシェルの手を握る。
アイリスとグイントが目を合わした。
うわぁ、女の子ってドライ。こうやって切っちゃうんだ。
マルクは、ルミナスを見てる。それを感じてルミナスは目をそらす。
「愛想が尽きるような事をしたんで しょ?
私も思うわよ。再婚するのに、亡くなった奥さんの物が大事に置いてあるなんて、結婚を後悔したけど、エシェルを守るって目的があったから」
ルミナスがここぞとばかりに、不満を言う。
いつの間にか、女性の扱い方に話が変わっているが、当人の男達はそれどころではないようだ。
「悪かった!すぐに捨てる!」
「いいのよ、亡くなった方の思い出は美しいものね。 私も亡くなった前の夫の物を持って嫁げばよかったのかしら?」
アイリスは呆れて聞いている。ルミナスは本心が入っているから、たちが悪い。
「男って女に踊らされるなら、ユーラニア伯爵もそうなんだろうか?」
アイリスに答えたのは、恋愛経験のないグイントだ。
「男が女を翻弄するのも、よく聞くぞ。
今まての話を聞くと、ユーラニア伯爵は、入り婿でユーラニア伯爵家を乗っ取って、他の人間を妻と娘と名乗らせているってことか?」
「話がそれてしまって悪かった。
王家で調べたが証拠がない。ロクサーヌ夫人が領地でも館から出ず、娘も同様の暮らしのため知っている人は館の使用人だけで、彼らも解雇されていて情報が消されている。 それどころか、今の夫人と令嬢をユーラニア伯爵家の人間と証拠付けるものばかりだ」
ギルモンドが淡々と述べるのは、マルクも調べた。
「今のユーラニア伯爵夫人は、元の名をレイチェル・ジョージアという。平民である。娘の名はローザ。ユーラニア伯爵が結婚してから出会ったようだ。すぐに愛人となり、エシェルと同じ年にローザが生まれた事で、成り代わりを思いついたのかもしれない。
ローザが3歳の時に、王都のユーラニア伯爵邸の使用人を全て入れ替え、レイチェルとローザが移り住んでいる。ロクサーヌの顔を知っている者を追い出したのだ。この時から、ロクサーヌ、エシェルと名乗り、社交にも出るようになった。」
ここまでの情報を集められるのは、王家の諜報だからこそだ。
マルクも初めて知る内容に、拳を握った。
「ユーラニア伯爵は随分前から計画していた、ということですね?」
マルクの問いに、ギルモンドは頷く。
「用意周到というだけでは、済まされない。
領地の夫人と娘を殺すつもりで、月の半分を領地で一緒に過ごしていたのだ」
詠んでくださり、ありがとうございました。