ギルモンドとエシェルの再会
「離してくれ」
唯一言、ギルモンドの感情のない声が響く。
それを、庇うように、グイントが前に出てきて、エシェル・ユーラニアをギルモンドから離す。
「大きな声が聞こえていました」
グイントは、エシェル・ユーラニアではなく、ユーラニア伯爵に向き直る。
「入学式は保護者が列席のため、馬車が増える。だからこそ、階級別の場所寄席を使うように指定されていたはずだ。
ここが、王族、公爵、侯爵に分けられているのは、安全確保の為である。何故にこちらに伯爵家の馬車がある?
ランボルグ侯爵が不審に思われるのももっともの話だ。
エシェル嬢、ここは学院、王宮ではない。王太子の婚約者だとしても、王家の馬車でない限りはルールを守って欲しい」
それは暗に王家の馬車を向かわせなかったギルモンドの意志だ、と言っているのだ。
グイントにしても、婚約者の入学式ぐらい一緒に登校してやってもいいのではないか、と思うが口に出さない。
ギルモンドが、この婚約者を遠ざけているのを知っているからだ。それでも、王太子との距離を縮めようとユーラニア伯爵令嬢は努力しているように見えていたが、先ほどの声は婚約者という地位を嵩に上位貴族を傅かせようとするものだった。
未だに、王太子が伯爵家から婚約者を立てた理由は分からない。ギルモンドの要望ではないだろうし、政略的旨味がユーラニア伯爵家にはない。昔ならともかく、今の伯爵家は富裕とは言い難い。
「もう、行くがいい。入学式の手続きがあるのだろう」
ギルモンドはチラリとユーラニア伯爵を見て言うと、ランボルグ侯爵に向きなおした。
「生徒会長として、入学したばかりとはいえ学院生が不快にさせたことに謝罪する。
そして・・」
そこで言葉につまってアイリスとエシェルを見つめるギルモンドに、マルクが考えを改める。
ユーラニア伯爵令嬢の婚約者というマイナスイメージが払拭されると、ユーラニア伯爵家の関係ということで過敏になりすぎていたと思う。
「殿下に謝罪させるわけにはいきません、彼女のモラルの問題です。生徒会長としても、お気になさいませんように」
マルクが謝罪を受け入れた、と意思表示してもギルモンドは言葉を続けない。
ギルモンドの様子を不信に思いながら、グイントが場を繋ぐようにアイリスに声かける。
「アイリスちゃん、確かに美人の妹君だ。見事な銀髪・・」
今度は、グイントが言葉に詰まった。横にいるギルモンドが頭を下げたからだ。
「ギルモンド!」
王太子が頭をさげるなど、あってはならない。
「ありがとう」
頭を下げたままギルモンドが感謝の言葉を述べるが、声は震えている。
「殿下、頭をお上げください!」
あわてたのはマルクだ。
王太子に感謝される覚えもないないし、頭を下げさせるなど理由がわからない。
ルミナスは、マルクに縋るように腕につかまっているしかない。
グイントとアイリスは、学院のギルモンドを知っているだけに、訳も分からず戸惑うばかりだ。
「貴方が守ってくださっていたのですね」
顔を上げたギルモンドは泣いている。
皆が驚きで躊躇しているのに、エシェルは飛び出すとギルモンドに駆け寄った。
「王太子のくせに、泣くんじゃないわよ」
「ごめん、嬉しくって。僕のエシェルだ」
ガバッ、と逃がさないとばかりにギルモンドがエシェルを抱きしめる。
「く、苦しい・・」
エシェルの呻きが聞こえたのだが、ギルモンドは興奮冷めやらない。力を緩めてもエシェルを確認するように頬ずりしようとするのを、アイリスが引き離した。
「妹が困ってます」
ギルモンドは我に返ったようにアイリスを見たが、エシェルを離してもう一度ゆっくり抱きしめた。
「ずっと、君を探していた。きっと会えると信じてた。エシェル」
ギルモンドとエシェル以外、この状況を理解していない。
そして、エシェル・ユーラニアが騒ぎを起こして集まった人々に、ギルモンドがエシェルを抱きしめるのを目撃されたのだった。
やっとギルモンドとエシェルが再会できましたが、それだけでは名前を取り戻すことができません。
読んでいただき、ありがとうございました。