初めての対面
鏡の前で何度も制服姿を映す。
「やっぱり、こちらのリボンの方がいいかしら?」
鏡に映るエシェルの髪にリボンをあてているのはルミナスである。金、銀、赤、青、緑、とりどりのリボンがルミナスの手に握られていて、エシェルの髪に飾るつもりでいるのだ。
エシェルを着飾るのは、ルミナスの楽しみだから、領地でも着せ替え人形となっていた。
やっと決まったのは、ペールブルーのレースのリボン。
その様子をソファーに座って、マルクとアイリスが眺めている。
「ここが領地のような気になりますね。いつもの光景だ」
口元に手をあてながら、アイリスが幸せそうに言う。
「だな、ここが王都のランボルグ侯爵邸とは思えんな」
マルクも同意だ。
だが、足元に座るダミーだけは機嫌が悪い。
ダミーは連れて行ってもらえずに、侍女とお留守番だからである。
「さぁ、時間だ。入学式に遅れては大変だからな」
マルクが立ちあがる。
今日は、エシェルの貴族学院の入学式である。
エシェルを隠す必要がなくなるので、これからは生活の基盤が王都になる。
マルクとルミナスは精力的に社交に出て、情報収集に力を入れる予定だ。
侍女に抱かれて手を振るダミーと別れ、4人は馬車に乗る。
今年の首位は、エシェルである。
そして、どういう伝手を使ったのか、マルクは2位がエシェル・ユーラニアであることを調べていた。
「エシェル、これから毎日会うことになる。大丈夫か?」
マルクは誰がと言わないが、皆が分かっている。自分の名前を騙る人間と同じ学校に通うのだ。
年も同じだから、当然同じ学年で入学式に来る。
昨年のアイリスの入学式は、アイリスは一人で登校したが、エシェルの入学式は両親も参列である。
「はい、大丈夫です。私は、エシェル・ランボルグですから」
エシェルの肩を、隣に座るアイリスが抱き寄せる。
「いつも側にいるからね」
入学式に出席する生徒と保護者で馬車寄せは混雑している。そんな中でも王家と高位貴族の馬車寄せは別の場所にあって、ランボルグ侯爵家は高位貴族の馬車停めに向かう。
そこには、伯爵家でありながら高位貴族の馬車停めにいる馬車があった。王太子の婚約者であるエシェル・ユーラニア伯爵令嬢が乗る馬車である。王太子の婚約者ということで、王族扱いに準じているのである。
後から来たランボルグ侯爵家の馬車に、先に降りていた令嬢が振り返った。
ブルーネットの髪のエシェル・ユーラニア伯爵令嬢である。両親が一緒のようだ。
窓から覗いて、ビクンとしたのはアイリス。
「大丈夫です、心配しないで」
エシェルが笑顔を見せる。
馬車が停まると、マルクとアイリスが先に居り、ルミナスとエシェルをエスコートする。
二人のエシェルの視線が交差するが、無視するようにアイリスにエスコートされてエシェルは歩き出す。
「待ちなさい」
王妃に可愛がられ、王太子の婚約者であるエシェル・ユーラニアは、同年代の令嬢の中では礼を尽くされる側だった。それなのに、無視されたので腹立たしい。
「私を王太子の婚約者と知っていて、素通りするつもり?」
15歳にしては、貫禄というものさえあるエシェル・ユーラニアを肯定するようにレオルドとロクサーヌが後ろに立つが、レオルドはマルクの顔を知っている。
自分の娘は王太子の婚約者で未来の王妃だという自負があるが、侯爵相手では分が悪い。
エシェルを庇うようにアイリスが前に出れば、エシェルはアイリスの影に隠れるようになる。
「王太子の婚約者が、こんな愚か者だとは」
バカにするようにアイリスが言ったのが、さらにエシェル・ユーラニアの癇に障る。
「失礼ですわ!」
エシェル・ユーラニアが声を荒げたことで、人が集まって来る。そうなると、レオルドも娘の腕を持って場を去ろうとした時、ロクサーヌが呟いた。
「あら、あの子、銀髪」
レオルドは思わずエシェルを見るが、アイリスの後ろで顔まではわからない。
たとえ見えても、8年も前に殺した娘の顔など憶えていないだろうし、成長して変わっている。変わらないのは銀の髪だけだ。
「失礼なのは、王太子の婚約者を嵩に礼儀をわきまえない令嬢ではないか」
それまで様子を見ていたマルクが吐き捨てるように言うと、レオルドも黙っていない。
「侯爵家といえど、娘は王妃になる身だということを考慮して発言していただきたい」
「何事だ」
野次馬を掻き分けて来たのは、ギルモンドとグイントだ。生徒会会長と副会長として来たのだろう。
「ギルモンド様! ひどいんです!」
ギルモンドの姿を見つけて、エシェル・ユーラニアが抱きついて身を摺り寄せた。
読んでいただき、ありがとうございます。」