エシェルの覚悟
冬季休暇に入ってすぐに、アイリスはランボルグ侯爵領に戻ってきた。
夏季休暇の時は、王都でユーラニア伯爵家を探るためと王立図書館に通うために、短い滞在だった。
「エシェル、ダミー」
馬車から駆け下りて来て、出迎えのエシェルとダミーを抱きしめる姿は、家族思いの兄である。
久しぶりの全員が揃った夕食である。
アイリスが出場した剣技大会の話で盛り上がり、ダミーは騎士になりたいと言い出す始末である。
興奮してはしゃいだダミーが眠そうにしだすと、侍女が抱き上げて寝室に連れて行った。
「お義父様、お義母様、お義兄様、お話があります」
ダミーがいなくなるのを待って、エシェルが姿勢を正した。
その様子を見て、マルクはルミナスに頷いた。
「サロンに行こう。茶の準備をしたら、皆は下がれ」
マルクは立ちあがり使用人に指示を出すと、ルミナスをエスコートしてサロンに向かう。
その後ろを、アイリスにエスコートされてエシェルが続く。
メイドがお茶を準備する間、誰も話さない。沈黙という緊張が漂う。
エシェルが改まって呼称を言うのは、何かあると知っているからだ。
メイドが下がり扉が閉められる、部屋に残るは4人だけである。
エシェルは3人を見ると、深く頭を下げた。
「来年、私は貴族学院に入学します。いわくつきの私をここまで育てていただき、ありがとうございました」
顔をあげたエシェルの瞳は力強い。
「お義父様がユーラニア伯爵家に圧力をかけ、お義母様が社交で、お義兄様は王都で情報を集めてくださり、どれほど心づよいか、お礼の言いようもありません。
けれど、学院に入学したら、私の存在を多くの人が知るでしょう。ユーラニア伯爵も・・
私は、実母ロクサーヌの仇を討ちます。そのためには倫理を守ることができません。
ユーラニア伯爵がどんな手をつかってくるかわかりません、3人に危険が及ぶかも、迷惑をかけるかもしれんません。
領民には申し訳ないですが、ユーラニア伯爵領を取り戻したいという気持ちはない、むしろユーラニア伯爵家を潰したい。
エシェル・ユーラニアに戻りたくありません、全てが終わっても、エシェル・ランボルグでいたいです」
「もちろんだ・・」
ドン!!
話始めたアイリスを押しのけて、ルミナスがエシェルを抱きしめた。
「私はずっとそのつもりでいたわ。エシェルは、私の娘よ」
「本当に、ユーラニア伯爵家を潰していいのか?」
答えが分かっていても、マルクは聞かずにおれない。
エシェルは頷いて応える。
「簡単に潰したりしません。あの人達は、私の名前も奪いました。
母と私に毒を盛ったのです。そして、その裏には、何年も裏切りがあった。
私がエシェル・ユーラニアで正当な後継者だと知らしめてから、潰します」
「エシェルと母君がいなくなり、ユーラニア伯爵領は聖獣の加護をなくした。
この推理はあっているか?」
マルクがずっと聞きたかったことを確認してくる。
「分かりません。
私が母から継承する前に、殺されましたから。
けれど、ユーラニア伯爵家の血筋は聖獣と関係あるとお答えします。
ご存知の通りレオルド・ユーラニアはユーラニア家の血筋ではありません。
レオルド・ユーラニアは母と結婚しましたが、聖獣の事は知らないと思います。
3人に聖獣は姿を現しているので、聖獣の許可がでたということなんでしょう」
「ユーラニア伯爵は聖獣との繋がりを知らない、と私も考える。知っていたら、君達を殺そうとはしないだろう。
母君の葬儀で聖獣は、母君に寄り添っていた。
我々は、聖獣から君を託されたと自負している。
何より、妻を殺して愛人に成り代わりせるなど、許される事ではない。
ましてや、まだ幼い娘まで殺そうとするなんて。
迷惑をかけるとか、考えなくていい。家族なんだから」
マルクがアイリスの肩を抱けば、アイリスも笑顔を見せる。
「エシェル、君は知っているだろう。
血の繋がりの儚いこと。血の繋がりが無くても家族になれること」
エシェルは笑おうとして失敗する。
唇は震え、涙が止まらない。
「うん、うん、ここにいたい」
過去を終わらせて、ここにいたい。
読んでくださり、ありがとうございました。