王太子の視察
ギルモンドを乗せて愛馬が駆けて行く。
学生ではあるが、ギルモンドは精力的に視察にまわる。側近としてグイントが同行することが多いが、時間をみつけてはギルモンドは一人で街をまわる。
小国が多かった北方で、急激に勢力を広めた国がある。周辺諸国を吸収して国土は拡大した。
その国、アジレランド王国と接する北部地域に数年かけて頑丈な砦を築き、強力な軍隊を派遣したので、ブリューゲルス王国が戦争に突入することはなかった。
王家が強硬して砦の建築を始めた時には、北部地方を領土とする貴族達の負担が大きく、強い反発があったが、アジレランド王国が脅威となってくると、王家の先見の正しさを証明する事になった。
ギルモンドの視察に北部地方が多いのは、アジレランド王国の脅威がなくなったわけではないからだ。
王もギルモンドも、聖獣の言葉がなければ、これほど早く対応することはできなかった。儀式の後すぐに諜報活動を強化して、代替わりしたアジレランド王が野心的で密かに武力強化している情報を得る事ができた。
「ギルモンド」
駆けるギルモンドの後ろから、馬に乗ったグイントが声をかける。
ギルモンドもグイントに行動がバレているのは分かっているので、馬の歩みを緩めてグイントを待つ。
「心配かけて、悪いな」
後ろに付いたグイントにギルモンドが声をかけると、グイントが首を横に振る。
「いや、お前は一人で行きたかったんだろうから、俺は勝手について来ただけだ」
グイントは少しためらいながら、言葉を続ける。
「何を焦っている? 何か探しているんだろう? 俺に手伝えって言えよ」
ギルモンドは馬の歩みを止めて、天を仰いだ。
「言えない。 もう、8年も探しているんだ。
どうしてだろうな、どこにもいないんだ。もしかして、って考えてしまうんだ」
もしかして、殺されて土に埋められているのかもしれない、そんな考えを否定できない。
グイントはギルモンドを見つめる。
涙を流してはいないが、泣いているようにみえる。
「じゃ、勝手についてきたから、勝手に手伝うよ。
銀髪の人間を探せばいいのか?」
驚いてグイントを見るギルモンドに、グイントは口元を緩める。
「10年の付き合いだ、バレてないと思ったか?
銀髪の人間は少ないが、簡単に探せる数じゃないから、お前も苦戦しているんだろう?」
「ああ、だが陛下の諜報でも探せていない。
けれど探しているのがバレたら、彼女達に危害が及ぶかもしれないから、内密に頼む」
「わかった」
返事はしたものの、グイントはギルモンドの言った言葉をかみしめる。
王も探している、しかも諜報を使って、8年探しても見つからない。
彼女達ということは、女性で複数だ。
そして、彼女達は危険な状態にある。
もしかして・・・王が探しているということは・・・
王と王妃の仲はいいとはいえない。政略結婚であるから利害関係で成り立っている。
王の愛人と娘が身の危険を感じて逃げているとも推測できるが、王妃の息子であるギルモンドが探しているのが腑に落ちない。
危険な考えだな、全てが憶測でしかすぎない、とグイントは自分の考えを否定する。
「グイント。
王都では探そうとしないでくれ。彼女達の危険が大きい。
それと、エシェル・ユーラニア伯爵令嬢には悟られないように」
「どうして? と聞きたいが、いつか話してくれるだろう?」
「ああ、時が来たら」
ユーラニア伯爵を処刑したら、とギルモンドは心の中で答える。
ロクサーヌ夫人とエシェルに何かをしたから、愛人を妻と娘だと偽って屋敷に連れ込めたのだ。
王家も聖獣も許しはしない。
現にユーラニア伯爵領は加護がなくなり、領地からの収入は格段に減り、災害復旧もすすんでいない所が多い。
王家は、領民が他領に移住する手助けはしても、ユーラニア伯爵に支援はしない。
「俺は、エシェル・ユーラニア伯爵令嬢とは王宮で時々会うけれど、王太子妃教育も頑張っているし、可愛くっていい子じゃないか。
婚約者なんだから、もう少し接点を作ってやったらどうだ?
夜会もパートナーとして一緒に出た事ないだろう?」
グイントが婚約者を作らないのは、ギルモンドがエシェルを敬遠しているのを間近で見ているからだ。
「可愛くっていい子?」
そういうギルモンドの顔は、憎しみで歪んでいる。
そういう感情をだすのも珍しい、とグイントは驚いていた。
「じゃ、なぜ婚約を解消しない?」
「僕が結婚したいのは、エシェル・ユーラニア、ただ一人だからだ」
ギルモンドは、それだけ言うと馬を駆けさせる。
矛盾してる、グイントは思ったが、ギルモンドがそれ以上を答えるとは思えなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。
グイントの考えが、おかしな方向に行ってます。
ユーラニア伯爵夫人と娘は別人が成り代わっている、なんて想像しません。10年以上、伯爵夫人と娘として屋敷で暮らし、社交界でも認識されているのですから。