次代の王太子ギルモンド
聖獣が消えた後は、大騒動であった。
「聖獣は、エシェルを守れと言われた。
僕は騎士として、令嬢を守ると誓った。父上、令嬢との婚約をお許しください」
ギルモンドは離すまいとエシェルを抱いている。
「殿下、それは早々であります。ユーラニア伯爵家の継承問題があります」
大司教が言えば、王太子である父親が否定的に言う。
「すでに婚約者選別は始まっている。次代の王太子としての責務がある」
王はその様子を思案気に聞いている。
そろそろ王太子に王の座を譲ろうとしている所に、今回の儀式で聖獣が言った言葉。
『北に不穏の気配』
ロクサーヌはおろおろ立ち尽くすばかりであるが、ロクサーヌと違ってエシェルは健康で領地を駆け巡って遊んでいる娘である。領地では木に登ったり、小動物の巣穴を探したり胆力はついている。だからこそ、聖獣に相対することができたのだ。
エシェルにとって身体の弱い母親は自分が守る対象であり、月の半分しか領地にいない父親の代わりであると思っている。母は女伯爵であるが身体が弱く領地からほとんど出ない、その分、入り婿の父が王都で仕事と社交をしているのだ。年頃になれば、エシェルも王都で暮らすのだが、それは今ではない。
そして、6歳と8歳、田舎娘と王都の王子、恋愛感情の成熟差は大きな違いがある。
聖獣に騎士と誓ったギルモンドにはエシェルはお姫様にしか見えないが、エシェルには騎士、それなに、という状態である。
「王子殿下」
笑顔を向ければ、ギルモンドも微笑む。
「どうしたの? 怖かったよね、よくがんばったよね」
「暑い」
エシェルがギルモンドの腕の中で暴れて抜け出すと、ロクサーヌに駆け寄る。
「お母様、お疲れでしょう?」
エシェルの言葉に、大人達もやっとロクサーヌの状況がわかったようで、王太子がロクサーヌを椅子に座らせる。
「ユーラニア伯爵、大儀であった。今日はゆっくり休んで欲しい」
王がロクサーヌを気遣い大司教を見ると、大司教も枢機卿にロクサーヌとエシェルを馬車まで送るように指示をする。
王家や大司教と関係があることを見られないためにも、枢機卿が連絡係になるのだ。
王家と大司教に礼をして、ロクサーヌが大聖堂から出ようとするとギルモンドがエシェルに駆け寄り手を取る。
「必ず、守るから」
それは聖獣に誓った言葉。
エシェルの頬にキスをするギルモンド。初めての事にエシェルは真っ赤になって、ロクサーヌの後ろに隠れる。
「すぐに会いに行くから」
ギルモンドの言葉に、ロクサーヌの後ろから顔を出してエシェルは小さく頷く。
王都の王子様にかかれば、田舎娘などちょろいものである。
王も王太子もギルモンドの意志がかたく、エシェルが否定をしないようなら認めるしかあるまいと思う。ギルモンドとエシェルの間に聖獣の加護を持つ銀髪の子供しか生まれなくとも、王家にとってマイナスにはならない。ましてや王家には、もう一人の王子フランクもいる。そちらの血がつながってもいいのだ。
大司教は婚約式の準備を讃嘆する。何と言っても聖獣が関わった二人だ。大人の都合で破局などになれば聖獣の怒りを買うのは間違いない。
だが、それはすぐにかなえられないことを誰も予想もしなかった。
王都にあるユーラニア伯爵邸に向かう馬車の中で、まだ顔の赤い娘にロクサーヌは微笑んでいた。
「王家の方は見目麗しい方ばかりだけど、ギルモンド王子殿下もステキな方だわね。
けれど、今日のことは秘密だから、殿下の事も言ってはならないわよ。お父様にさえよ。約束できるわね?」
「はい」
儀式に来る前にロクサーヌからは説明を受けている。
王家直系とユーラニア伯爵家直系、代々の大司教と枢機卿のみが受け継ぐ秘儀。そうしなければ聖獣の機嫌を守れないことも。
ロクサーヌは可愛い娘を見て、聖獣のことを思った。
ロクサーヌは聖獣の儀式が3度目である。最初は今回と同じように父親に連れられて行った。
父親が儀式をした時も、今回のような血は必要なかった。
ユーラニア伯爵家に残る文献にも血の儀式があったのは、最初の始祖の時だけだ。
エシェルの手を取り、血が止まり薄っすらと残っているだけの傷跡に口づけをする。
「お母様?」
エシェルが不思議そうに、母親を見る。
「エシェル、貴女に幸多きことを祈ってる」
身体が弱い自分ではあるが、重篤というほどではない。けれど、次の儀式にはいないかもしれないということを聖獣はほのめかしたのではないかと、ロクサーヌは思った。
次は10年後。
領地は入り婿の夫が精力的に管理してくれているので、娘のエシェルに引き継ぐまで問題ないだろう。
父親もロクサーヌが結婚してすぐに亡くなった。ユーラニア伯爵家は短命の者が多い。
王都の貴族街にある館にはすぐに着く。
身体の弱いロクサーヌの代わりに仕事を一手に引き受けて、領地と王都に半々で暮らす夫と会うのも半月ぶりである。
ロクサーヌは夫を思い浮かべ笑顔を浮かべる。
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