エシェル・ユーラニア伯爵令嬢の想い
王妃の茶会は、顔なじみのメンバーが揃っていた。
婦人達だけでなく、令嬢も集まって華やかな茶会になっている。
「エシェル、今日は一段と美しいわね、いいことがあったのかしら?」
娘のいない王妃はエシェルを可愛がっていて、ギルモンドとの仲を取り持つのに積極的である。
コトリ。
エシェルの母親のユーラニア伯爵夫人が、テーブルに小さな小瓶を置く。
「エシェルも、この化粧水で肌を整え始めましたのよ。夜更かしで本を読むものだから、お肌が弱ってましたの」
ユーラニア夫人の美貌は年を重ねても衰えることなく、夫人達の間では美容法が噂になっている。
「私が調合した化粧水です。合わないといけませんから、最初は手の甲でお試しになってくださいませ」
夫人達が目配せして、王妃に献上する。
王妃は小瓶の蓋を開けると、一滴を手の甲に垂らした。
強い花の匂いが漂うが、すぐに消える。
「領地の栄養の高い泥土を含んでますので、花の匂いを強くつけてますけれど、すぐに気にならなくなりましたでしょう?」
ユーラニア伯爵夫人ロクサーヌは、花の匂いで誤魔化した成分があると説明する。
それが本当に泥土であるかは、ロクサーヌにしか分からない。
「ありがとう、とても嬉しいわ」
王妃は侍女に小瓶をさげさせると、エシェルを近くの席に呼ぶ。
「最近は学院から帰るのが遅いの。もう少し待てるかしら?」
「はい」
エシェルは王妃に満面の笑みで答える。
お茶会が終わる頃になっても、ギルモンドは帰って来なかった。
「帰りは遅らせるから、エシェルは預かるわ」
王妃は公務に戻るのも、エシェルを連れて行く。エシェルはまだ14歳だが、少しづつ王妃の仕事に慣れさせようとしているのだ。
王妃の横で書類整理をしながら、エシェルは王妃に話しかける。
庭で咲いた花の事、メイドが失敗した話、新しいドレスの色、それは王妃を喜ばせ、王と王子達が渋っているのも分かっていながら、エシェルを可愛がるのであった。
「母上、お呼びと聞きましたが」
侍従に案内されて入って来たのは、ギルモンド王太子だ。
ギルモンドは部屋にエシェルがいるのを見たが、驚いた様子も見せずに取り繕うのは慣れたものである。
「待っていたのよ。
エシェルに手伝ってもらったお礼に、夕食に招待したの。食堂までエスコートしてちょうだい」
婚約者でしょう、と念を押しながら王妃がギルモンドに強要する。
「わかりました」
ギルモンドは腕を差し出すと、エシェルが手を回す。
それだけでなく、胸を押し当て接触を多くする。瞳を潤ませてギルモンドを見上げるように見つめるが、ギルモンドの視線がエシェルにくることはない。
「食事の後は、殿下とお話がしたいです」
声をかければ、ギルモンドもエシェルを見ないわけにはいけない。
ギルモンドとエシェルの視線が交わった瞬間、ギルモンドの目の奥が痛いような感覚に見舞われたが、錆びたような臭いがして、視線を外す。
食堂の席にエシェルを案内すると、ギルモンドは自席に着席しなかった。
「申し訳ないが、生徒会の仕事が残っていて、処理をするために食事も部屋でしなければならない。
母上と食事を楽しんでくれたまえ」
エシェルが手を延ばそうとしたのを振り切って、ギルモンドは食堂から出て行く。
途中で、弟のフランクとすれ違う。
「食堂に、あの女がいる」
ギルモンドの言葉に、フランクも気がついた。
フランクも聖祭の秘儀に出席していたのだ。
あの見事な銀髪のユーラニア伯爵夫人と令嬢が、いつの間にかブルーネットの他人になっていた。
しかも、それが兄の王太子の婚約者になっていて、兄はその婚約者を嫌っている。
幼い頃は訳が分からなかったが、今では父と兄の行動はわかる。
銀髪の夫人と令嬢に何かがあって、他人が成り代わっている。
聖獣がついているのだ、二人は生きている可能性が大きい。
だが、ユーラニア伯爵を刺激して二人に危険を及ぼすわけにいかないから、今は沈黙しているのだ。
兄が休みの度に、近隣地方に出かけているのを知っている。
きっと、二人の手がかりを探しているのだ。
「僕も、部屋で食事をすることにするよ」
フランクも食堂に向かわずに、引き返した。
幼いあの日、聖獣の姿に感動した。同い年の令嬢に目を奪われた、美しくって、眩しくって。
聖獣と共にいる姿は神々しかった。忘れえぬ光景。
令嬢に誓いをたてる兄に嫉妬した。
一人食堂に残されたエシェルは怒りに燃えていた。
どういうこと、私の目を見たはずなのに、どうして離れて行くの。
今回は最大の捧げものをしたと、お母様が言っていたわ。
眼の奥が熱くって、エシェルは手で目を覆う。
力が渦巻いているのがわかる。
ギルモンド王太子が欲しい。
次は、もっと接触部分を多くして、力を伝えるのよ。
私を見て。
私を見てくれるなら、なんだってするわ。
お読みくださり、ありがとうございました。