ユーラニア伯爵家のエシェル
グロテスクな表現があります。お気をつけてお読みください。
ユーラニア伯爵家では、派手やかな行事からは遠ざかっているが、娘が王太子の婚約者ということもあり、社交をかかすわけにはいかなかった。
「エシェルが王太子妃になれば、投資の資金も集めやすくなる」
レオルドの前には、ドレスを新調する費用を催促する妻のロクサーヌ。
「豪華にすればいいというものではない。王家の外戚になるのは品がいるのだ」
「私が下品だと言うの!?」
声を荒げて、ロクサーヌが言い返す。
「この数年、貴方は忙しいと言うばかり。ユーラニア伯爵家の資産が底をついたのは、私のドレスじゃないわ、貴方のバカな領地経営のせいよ」
二人が言い争うのを、部屋の外で娘のエシェルが聞いていた。
父親に用事があったのを諦めて、部屋に戻る。
最近はずっとこんな感じだ。
ポフンとベッドに転がって枕を抱く。
「お父様は私が王太子妃になったらって言うけど、王太子殿下は私のことは気にいらないのよ。
王妃様はお茶会に呼んでくださるけど、王太子殿下がご一緒してくださるのは、半年に1回もないのに。
もう9年も婚約しているのに、二人きりになったこともないし、社交に同伴してくださることもない」
でも・・・
エシェルは婚約を解消したくない。
顔合わせで初めて会った時、王太子の姿にときめいた。
男らしく成長する姿を見るにつけ、この人の妃になるのだと誇らしかった。
何より、未来の王妃、それを手放したくない。
コンコン。
部屋をノックする音で扉を開ければ、母親のロクサーヌが立っていた。
「エシェル、ついて来なさい」
ロクサーヌはエシェルの返事を待たずに踵を返して歩き出した。
あわててエシェルは追いかける。
「お母様?」
エシェルが呼びかけても、ロクサーヌは返事をしない。
ロクサーヌは地下のワインセラーの奥に進み、人目を避けて作られた扉を開ける。
この扉の奥は、ロクサーヌがユーラニア伯爵邸に住み始めてから作った部屋だ。レオルドが領地に行っている間に作ったので、レオルドは知らない部屋である。
「入りなさい」
扉を開けた時から異臭がして、躊躇するエシェルの手を引っ張ってロクサーヌは部屋に入る。
カチャ、ロクサーヌが扉に鍵をかける音がして、部屋に灯りが灯ると周りの様子が分かってくる。
「ぅっ!」
エシェルが口元を手で押さえて、うずくまった。
異臭の原因が、そこにあった。
折り重なるように、数人の子供の遺体があるのだ。
流れた血は、床をどす黒く染めている。その上に立つロクサーヌ。
「エシェル、貴女は十分に可愛いわ。それに、王家の作法も、勉強も誰より頑張っているのに、王太子殿下はどうして貴女の魅力に気がつかないのかしらね」
ロクサーヌは手に盃を持っている、それからも腐臭が漂い、中を見なくとも、よくない物が入っているのが推測できる。
ロクサーヌはエシェルの横に立つと、盃をエシェルの頭上にぶちまけた。
エシェルは怖すぎて、言葉さえ出ずに震えて動けない。
何が起きているのか、理解がおいつかない。
「どんなに努力しても無理な時がある。
けれど、ちょっと力をもらえたら、思い通りにいくことがあるの。
王太子殿下に興味を持ってもらえたら、貴女が可愛いって気がつくはずよ」
ロクサーヌはエシェルの頭上から流れる茶褐色の濁った液体を指に取り、エシェルの腕にその液体で文字を書く。
「我、レイチェルが導き、ローザの願いの礎とならん」
ロクサーヌは唱えながら、エシェルに文字を書き続ける。
「10人の子供の無垢なる血と心臓を捧げ、主の僕の願いを叶えたまえ」
「この名前は秘密の名前、他人に知られないように。
これは、生まれた時に主から与えられた名前。
主は私とレオルドを巡り合わせて、私に力をくれたわ。
王太子殿下のお心が欲しいんでしょ?
大丈夫よ、足のつかない下町の浮浪者や、はした金で売るような親から買った子供よ。私達の役に立つなら、主も喜ばれるわ」
微笑むロクサーヌから目が離れない。瞬きも出来ずにエシェルは、見つめる。
邪教。
古い時代には人間を供物として悪魔を召喚する邪教があった、と家庭教師から聞いたことがある。
ガンガン、とエシェルの中で警報が鳴る。
怖くて、恐ろしいのに、母の言葉が耳に響く。
『王太子殿下のお心が欲しいんでしょ?』
「仕上げをするわよ。
そうすれば、エシェルの願いを届けられる」
ロクサーヌは動けないエシェルの前に、痩猿轡をされ綱で縛られた痩せ衰えた子供を連れてきた。
恐怖に怯え、逃げることも出来ず涙を流している。
「これが10人目の子供」
ロクサーヌの言葉が、薄暗い地下の部屋に響く。
「殿下がエシェルを可愛い、愛してる、って言うのよ。ステキでしょ?
私に続いて復唱しなさい」
ロクサーヌは短剣をエシェルに握らせ、手を添える。
「レイチェルの娘ローザは、ギルモンド・ブルーゲルスの愛を願い、これを捧げる」
「レイチェルの娘ローザは、ギルモンド・ブルーゲルスの愛を願い、これを捧げる」
エシェルがロクサーヌの言葉を復唱すると、短剣に力を込めて子供の胸に突き刺した。
血しぶきをあげて倒れていく子供の目と、エシェルの視線が交わる。
エシェルは緊張の糸が切れ、ロクサーヌに抱えられて意識を失った。
読んでくださり、ありがとうございました。
正妻と娘を殺して、平然と成り代わる愛人の正体がここにありました。