新しい家族
4人で夕食を取り終えたころあいで、マルクとルミナスが話があると言う。
「来年の夏に、子供が生まれる事になった」
マルクとルミナスが結婚して4年。
マルクは前妻と結婚していた10年も子供には恵まれなかったので、子供は諦めていたところにルミナスが妊娠したのだ。
「弟か妹が出来るんだね!」
嬉しそうに立ちあがったアイリスだが、隣の席のエシェルを見て声を落とした。
エシェルの顔色が悪いのだ。
ルミナスが席を立ち、エシェルの隣に来るとその手を取る。
「不安なの?」
喜んでくれないの?とは聞かない。
横に首を振って、エシェルは顔を上げた。
「私には、血の繋がりがないから」
泣きそうになるのを、押しやってエシェルが言葉にする。
ルミナスはエシェルの手を、自身の腹にあてる。
「ここに、エシェルの弟か妹がいるの。
血の繋がりだけが家族じゃないのは、エシェルが分かっているじゃない。
エシェルは、私達の大事な娘なのよ」
実の父がエシェルを殺した。
血のつながらないマルクが父親として、エシェルに家族の愛情を与えてくれる。
ユーラニア伯爵領での暮らしは、実母ロクサーヌと一緒だったが、体の弱いロクサーヌと過ごしたのは室内のロクサーヌのベッドの側だ。
領内の街に出た事も、ロクサーヌとピクニックに行ったこともない。
実父レオルドは月の半分しか領地にいない。しかも領地の仕事に忙しく、館を空けることも多かった。
一緒に食事をして話をした程度の思い出しかない。
祭りもピクニックも遠乗りも、全てマルクとルミナスが一緒に連れて行ってくれた。
楽しい思い出のほとんどは、アイリスと一緒だ。
「私もお姉さまになれる?」
テーブルの下で寝転がっていたジェシーが、エシェルに身体を寄せる。まるで、ジェシーが答えているようで、エシェルも反対の手でジェシーの毛並みをなでると落ち着いて、笑顔を浮かべた。
「エシェルがお姉さんよ。赤ちゃんはきっとエシェルを大好きになるわよ」
ルミナスだけでなく、マルク、アイリスもエシェルを囲む。
ジェシーは狭くなったのか、尾を振りながら離れて行くから、エシェルもアイリスも声をたてて笑い出した。
それから7カ月後、ルミナスは男の子を出産した。
ダミーと名付けられた赤ん坊は、ランボルグ侯爵家に歓喜で迎えられた。マルクは生まれたばかりのダミーをアイリスとエシェルにも抱かせた。
可愛い、守りたい、いろんな気持ちがあふれでてくる。
「小さくて、温かいね」
「そうだね」
アイリスもエシェルも分かっていた。
守るべき存在が出来た。
自分達が失敗したら、ダミーにまで害が及ぶ。
ユーラニア伯爵は憎いが、もっと慎重にしなければならない。
ユーラニア伯爵領は荒れた天候が続き、投資した案件は資金が回収できない状態が続いているという。
緩やかな没落に向かっている。
ランボルグ侯爵が、投資に関しては裏で手を回していた。
ダミーはすくすくと成長し、3歳になった年、アイリスは15歳になって貴族学院に入学することになった。
王都のランボルグ侯爵邸から登校することになる。
1年後エシェルも入学するのだが、ずっと一緒に育ったエシェルとアイリスには別れの1年は辛い。
「長期休みには、帰って来るから」
「うん、手紙を書くから」
出立する最後の夜、エシェルとアイリスはテラスで星を見ていた。
王都でこんな綺麗な星は見られない、と最後の星見会をしているのだ。
「学院には、1学年上に王太子殿下がいらっしゃる。
殿下の婚約者は、エシェル・ユーラニア。情報を探れるかもしれない」
アイリスは王太子に近づくつもりだが、マルクが探っている以上のことがわかるとは思えない。
「王太子殿下」
エシェルが呟くのを、アイリスは違う意味にとったようだ。
「大丈夫だ、危険なことはしないから」
うんうん、返事するエシェルを星が照らしていた。
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