エシェルとアイリスの成長
エシェルとアイリスは、王都から離れたランボルグ侯爵領でマルクとルミナスが大事に育てていた。
アイリスとエシェルには、父親は難しい存在である。アイリスは父親がいない生活が長く、エシェルは父親に殺されたからだ。
そしてマルクも子供と暮らすのは初めてなので、お互いが距離を置いた状態でのスタートだったが、それが良かったのかもしれない。ゆっくり歩み寄り、一緒に暮らす生活を構築していった。
マルクとルミナスがアイリスとエシェルを連れて、領地の夏祭りに行ったこともあった。
聖祭に行けなかったエシェルには初めての祭りで、エシェルは興奮してアイリスの手を引いて屋台を巡った。
アイリスがマルクを父親と認め、エシェルも父親と思えるようになっていったのだ。
1年、2年、3年、4年が経ち、アイリス11歳、エシェルは10歳になった。
ランボルグ侯爵家はユーラニア伯爵家と接触をする事はなかったが、情報収集を続けていた。
「義父上、お呼びでしょうか?」
マルクに呼ばれてアイリスが執務室に入ると、すでにエシェルが来ていた。
「アイリスも呼ばれたの?」
エシェルがアイリスが座るように、ソファーをつめて横を開ける。
アイリスがエシェルの横に並んで座るのを待って、マルクが向かいのソファ―に座った。
パサッ。
テーブルに束になった報告書が置かれる。
「これは?」
アイリスが表紙を見て、マルクに顔を向けた。
『ユーラニア伯爵家報告書』
エシェルはその文字を凝視したままだ。
「エシェル、君は知る権利がある。今までは、まだ理解は出来ないと知らせずにいた」
マルクがゆっくりとエシェルとアイリスを見ると、エシェルが視線を返す。
「私は認められたのですね」
エシェルの表情は9歳の女の子ではない。マルクは、エシェルもアイリスもたくましく育ったと思う。
エシェルが報告書を手に取り、横からアイリスが覗き込んで読み始める。
紙をめくる音だけが執務室に響き、マルクは二人を見ている。
マルクが説明するという事も考えたが、マルクは二人に任せた。
この4年、エシェルもアイリスも貪欲に知識を学んだ。まだ子供なのに勉学だけでなく、社会情勢と経済学を請われたと教師達から報告を受けている。
まだ何の力もないが、伝えても自分で消化できるだろう、と思える。
ユーラニア伯爵領は水害が続き、多くの領民が被災した。
ロクサーヌが亡くなって1年目は、ユーラニア伯爵が尽力し、伯爵家の資金で水害地の開墾が行われ農地の復興がなされた。
だが、2年目には落雷が原因で大規模な山火事がおこり、広範囲な牧草地、農地が燃えた。その年も水害が起こり、焼け跡も湿地帯となった。ユーラニア伯爵は領民の苦情を恐れ、領地に行くことはなくなった。
王太子の婚約者の実家ということで、王家に緊急支援を申し込んだが、他家とも公平に扱うという事で却下されている。
それだけではなく、ユーラニア伯爵が投資している事業が様々な理由で失敗となっているため、多くの投資家はユーラニア伯爵が投資している事業からは撤退する機運になっている。
それでも、王妃に巨額の寄贈をしているため、王妃の茶会の常連がユーラニア伯爵夫人、令嬢である。
3年目も領地からの収入はなく、王都で豪遊するユーラニア伯爵家の資金は逼迫していった。
そして、今年もすでに氾濫した河川があって、農地に被害が出ている。
報告書を持つエシェルの手が震える。
「ギルモンド王太子殿下の婚約者が、エシェル・ユーラニア?」
「そうだ、もう4年程になる。王家とユーラニア伯爵家が結びついていると考えるべきだ」
マルクはエシェルが名前を取り戻すための問題の一つ、だと肯定する。
本物を知らない人々は、偽物を本物だと思うだろう。それは年数を経過するほど浸透していく。ましてや王太子の婚約者を誰が疑うだろうか。
「くぅ・・」
悔しくて涙がこぼれる。エシェル自身もこんな気持ちになると思わなかった。
裏切者。ギルモンド王太子に裏切られた。
「エシェル、大丈夫。今の僕らに力はないけど、まだ時間はある」
アイリスは、エシェルがギルモンドと面識があることを知らない。王家がユーラニア伯爵の味方だと思って悲嘆にくれている、と思ったのだ。
「エシェル、アイリス」
マルクが優しく呼ぶ。
「ここに大人がいるんだ、任せなさい。少しづつ、ユーラニア伯爵への不信を煽っている。
これでも侯爵だ、王家との折衝も考えているが、まだ時期尚早だ。
いいか? 焦る必要はない」
マルクが手を延ばし、エシェルとアイリスの頭をなでる。
「今はエシェルが生きていることを隠して、まず安全だ。そして、相手に油断をさせる」
「はい、義父上。僕はどんな時もエシェルを守れるよう修練します」
アイリスの姿は母親によく似ていて男らしくはないが、気持ちは騎士である。
すれ違う、エシェルとギルモンドの想い。
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