レオルド・ユーラニア
ユーラニア伯爵家の調査は、数日で王太子であるジェファーマンの元に届けられた。
王家の諜報員が優秀であるのは間違いないが、レオルド・ユーラニアはあまりに堂々と事を行なっていたのだ。
レオルドがロクサーヌ・ユーラニアと結婚したのは8年前。
入り婿となったレオルドは病弱なロクサーヌに代わり、ユーラニア伯爵を名乗り、精力的に伯爵領の管理と社交を行なった。2年後に娘、エシェルが生まれているが、ロクサーヌとエシェルは領地から出る事はなかった。
ユーラニア伯爵家の潤沢な資金を元に、投資や援助で幅広い人間関係を築いていった。
レオルドは月の半分づつ、領地と王都で暮らしていたようだ。
3年程前から、レオルドは妻のロクサーヌを伴って社交の場に出るようになった。
そのロクサーヌはブルーネットの派手やかで美しい女性であった。
ロクサーヌは女性の茶会にも出席するようになり、時折、娘のエシェルを同伴することもあった。
王都の貴族はロクサーヌ本人を知らないこともあり、レオルドが妻と娘として紹介する二人に疑問を持つ者はいない。
つまり、レオルドは王都に愛人を囲い、愛人にロクサーヌを名乗らせて妻として紹介していた。しかも、エシェルと同い年の娘もいて、その娘もエシェルと名乗らせて王都のユーラニア伯爵邸に住んでいたのだ。
王都の屋敷の使用人達は4年前から入れ替えられ、ロクサーヌ本人を知っている使用人はもういない。そうなれば愛人と娘を、妻と嫡流の娘として屋敷に入れても、誰も気がつかないのだ。
そして、領地の館の使用人には、夫人と娘は王都で暮らすようになったと言って、使用人達は解雇していってるという。領地の使用人も、本人を知る者をなくすつもりなのだろう。
「バカにしている」
報告書を握りしめているのは、ジェファーマンである。
「聖獣との関係を明らかにしないかぎり、私達が伯爵夫人本人ではないと言っても誰も信じない。
すでに貴族には、あれがユーラニア伯爵夫人と浸透している。
妃でさえ、あれを茶会に呼んでいたのだ」
唇を噛み締め、怒りに顔を真っ赤にして聞いているのはギルモンドだ。握った拳は震え、父であるジェファーマン王太子が告げる言葉を逃すまいとしている。
「報告書には、ロクサーヌ夫人とエシェル嬢の居場所の確認ができない、とある。
聖祭の前夜、客を迎えたが翌日には出立したようだ、と使用人の言っているのが夫人とエシェルだろう。
正しい血統の二人を客人と思わせるなど、かなり以前から計画されていたのが伺える。
生存の可能性は低いかもしれないが、ゼロではない」
「はい、伯爵を刺激して二人に危害が加わる可能性があるなら、表面上はあの娘の婚約者を演じます。
誰よりも、エシェルが大事なんです」
ギルモンドは大きく頷いて、父親の真意を確認する。
「まず、父上に退位していただかねばならない。
今回の婚約も、父上は遅らせようとした。ユーラニア伯爵家に力を持たれると思っている。早く進めれば、夫人と令嬢の居場所も探しやすかったかもしれない。
王の権力が父上にある限り、隠密に動こうとも知られる可能性が高い。
聖獣は戦を嫌われる。だから、戦をさけるために防御に力を入れていたが、父上は国を広げる野心をお持ちのようだ。
王の配下としてユーラニア伯爵家を制すれば聖獣の加護も続くと考えているようだが、都合のいい考えだと言わざるを得ない。
夫人と令嬢を監禁するのが、ユーラニア伯爵から王になる可能性さえある」
その策はあるのだろう、ジェファーマンが続きを言おうとして、執務室の防音を確認する。
だが、先に口を開いたのはギルモンドである。
「おじい様には、重篤な病気になっていただきましょう。
悠長に完全犯罪を狙っている猶予はありません。僕ならば、おじい様も油断するでしょう」
ギルモンドもジェファーマンも、ロクサーヌとエシェルが生きている前提で話をしている。
ロクサーヌは身体が弱く、いろんな事に耐えられないだろう。
だが、エシェルは聖獣の加護を得ている。
聖獣がこれを予想していたのなら、エシェルが生きている可能性は大きい。
だが、一度生き返ったのなら、2度目はない。
何よりも、ユーラニアの血筋は聖獣の加護がある。それだけで、生きている可能性があるのだ。
一刻も早く助けたい、会いたい。
ギルモンドの想いが積もっていく。
王が会議中に倒れ意識不明の状態になったのは、それから1週間も経っていなかった。
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