ざまぁ悪役令嬢
「ヴィクトリア・フォン・ラーエン嬢、そなたとの婚約はこの場をもって破棄させて頂こう!」
卒業パーティ。そこは貴族院に通う若者たちが正式に貴族として認められることを意味する格式高い場所であった。
そんな中での婚約破棄の宣言は、普通なら言語道断である。しかし、発言者であるグライス・ジーク・アライズ王子にはそのような常識は通じなかったようだった。
「そうですか……」
何も知らない参加者達がざわめく中、婚約破棄された当の本人であるヴィクトリアは冷めた目で呟いた。
彼女の金の髪は晴れの日のために美しく結い上げられており、上品に美しい顔周りを彩っている。伏せられた睫毛はそのアメジスト色の瞳をどこかミステリアスに感じさせていた。
「そして、私はこのユリア・ウィンスター嬢を新たに婚約者候補として皆様にご紹介したい」
広間のざわめきが収まる間もなく、グライス王子は側に控えていた茶髪の可愛らしい女性を呼び寄せた。
「彼女は純粋な心をもって私を癒やしてくれた!そんなユリアに嫉妬し、ヴィクトリアは彼女に陰湿な嫌がらせをしたのだ!」
「え、本当?」
「確かに彼女はかなり厳しい性格って聞いたわ」
「ユリア様に嫉妬して嫌がらせしたってことか……?」
参列者はひそひそと噂話を始める。そんな観衆を尻目に、当事者のヴィクトリアは徐ろに口を開いた。
「で、具体的にはどのような嫌がらせを?」
上品な口元が微笑む。参列者はその優美な仕草にほうっと息を吐いた。
「そ、それはだな……」
あまりにも堂々としているヴィクトリアに気圧されたのか、グライス王子は少しどもりながら話し始めた。
思わず進み出てしまう。
「証拠ならございますわ」
「……はっ?」
進み出た私ことユリア・ウィンスターに、悪役令嬢であるヴィクトリアは驚きを隠しきれない様子であった。
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乙女ゲーム『黄昏のシンデレラ』。これが私が転生したゲームの名前だ。ありがちなシンデレラストーリーで、メインヒーローは国の第一王子。
日本で大学生として生きていた私は、それなりにこのゲームをプレイしていたと思う。けれど、アルバイト帰りの夜にトラックに跳ねられ、気づいたら赤ん坊だった……と、(フィクションでは)よくある話だ。
私が転生した先は主人公だった。14歳くらいまではできるだけ目立たないように生きて、15歳の花祭りの日にストーリーは動き始める。
何となく、敷かれたレールに沿って主人公――“ユリア”を演じていればいいと思っていた。
しかし、それは違った。本来スチルになるはずの初邂逅に訪れたのは攻略キャラの内の一人、何かよくわからない下町の男の子だけ(まあ後に貴族の隠し子であることが判明したりもするのだけれど)。
その時、私は気づいたのだ。この世界はゲームそのままではないと。
何故原作とストーリーが異なっているのか、分からないままがむしゃらに勉強しながら数年。私は原作と同じ年に貴族魔法学院の特待生として入学した。原作では努力とかはしていなかったように見えるけど、それは無理。正直特待生として受かるかもギリギリの状態だった。主人公チートで魔力量とかは桁違いだったらしいけど、使いこなせなければ意味がない。
入学した私は唖然とした。平民である主人公に当たりが強いのはしょうがないとして、攻略キャラが軒並み悪役令嬢にゾッコンである。
この時私の感じていた違和感がはっきりした。この世界では、悪役令嬢が“悪役令嬢”たり得ていない……つまり私と同じ転生者なのではないかと。
気づいた時点で誰ともフラグを立てることなく穏便に学生生活を送る選択肢はあった。けれど、悪役令嬢ヴィクトリアはそれを許さなかった。
ゲームでスチルになっていたようなイベントは尽く潰しに来るし、私がやっていないような嫌がらせも全て私のせいだと思い込んでいる節がある。
悪役令嬢というのは私の思い込みで、本当は純粋な転生者がただ攻略キャラを更生させているだけかもしれない、そう思う日もあった。けれどそんなことを言ってしまったら、私の存在価値はどうなるのだ。
ユリアとして生まれてしまった以上仕方ないと思えばそれまでだが、私にも挟持があった。
“私はゲームのキャラクターじゃない”
そこからは大変だった。幼馴染としてほとんどの攻略キャラと親密度を上げていた悪役令嬢ヴィクトリアと、ぽっと出の平民の私。普通だったら比べるまでもない。
それでも私はゲーム原作も参考にしつつ、前世で覚えたあざといテクニックも使いまくった。胸を腕に押し付けるのは当たり前、適度な嫉妬はスパイス。後ろ暗いことも多少はね?原作と違って友達も信頼できないから全部一人でやった。
こうして迎えたのがゲーム終盤、卒業パーティイベントの日。
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「証拠ならございます、私のお友達への虚偽の吹込、グライス様という婚約者がありながら他の殿方と交遊なさっていること……あぁ、私とグライス様の会話での王族への不敬とも取られる言動もありましたね」
にっこりと笑うと、ヴィクトリアはその美しい顔を歪めた。
「私と皆は幼馴染だからっ……!気安く接することもあるわよ」
「あら、ヴィクトリア様は公私の区別もおできにならない?……ここは日本ではないから仕方ないかもしれないですけれどもね」
小声で転生を匂わせると、ヴィクトリアは大きく目を見開いた。まさか本当にここまで気づいてなかったの?
ヴィクトリアはそのまま婚約破棄されてすごすごと大広間を出ていった。
「ふん、ヴィクトリアのような悪女からユリアを守れて良かったが……」
横でドヤ顔をしているこの攻略キャラの手綱を握るという課題もある。
女同士の戦いに勝利しただけで、ユリアの人生は終わらないのであった。
取り急ぎ。リメイクするかも