キツツキの恐怖
太は暗いコンクリートの部屋の真ん中で、両手を後ろに縛られている。顔は殴られた跡があり、あざが目立っていた。着ているのはシャツにジーンズだが、どれも埃で汚れている。暴行を受けたのがわかった。
彼は水風船のようにぶよぶよ太っていた。普通の家で生活には不自由してなかったが、高校を卒業した後、ガラの悪い先輩に誘われて反社会的団体に所属している。単純に楽して金を稼ぎたいだけだった。女にはもてないし、学歴もなく運動もできない。そんな彼が美味しい話を疑わずに飛びつくのは無理ない話である。
そんな彼はミスを犯した。振り込め詐欺の受け子をやったが、被害者の老人が警察に連絡していた。
金を受け取ろうとしたら私服警官に話しかけられた。それで焦って警察官を殴り、逃げてきたわけである。彼は太っているが素早かった。
そんな太は若頭の前に突き出されていた。40代半ばで、角刈りにサングラスをかけた中肉中背で、白いスーツを着ていた。見た目は優男に見えるが、目つきの鋭さは知らないものが見れば小便をもらすほどのすごみがあった。
背後には若頭の部下らしい禿げ頭で筋肉質な男と、角刈りにサングラスをかけた男が控えていた。
若頭より一回り大きいが、彼の方が迫力があった。
「まったく君はえらいことをしてくれたね。よりによって警官に暴行を振るうなんてさ」
「だっ、だって、捕まったらおしまいだと思って!!」
「それでお前は警官を殴るのか? そちらの方が遥かにやばいんだよ」
若頭は普通にしゃべっているし、暴行を加えるわけでもない。だが言葉に重みがある。まるで氷のような冷たさがあった。
太も若頭に叱咤された人間を何人も見てきたが、全員死人のように真っ青になっていたのを覚えている。
振り込め詐欺の受け子が逮捕されても組織としては痛くもかゆくもない。しかし警官を殴ったことで公務執行妨害罪になった。そのため警察も団体にがさ入れをできるきっかけができたと思っただろう。
「まあいい。お前には死んでもらう。ただでは殺さないけどね」
そう言って若頭は胸ポケットからスマートフォンを取り出した。
そこには写真があった。枯れ木に穴が無数空いている。それはすべてドングリが埋め込まれていた。何百、何千とわからないがびっしりとドングリが埋め込まれている姿は生理的悪寒が走りそうだ。
それを見た太はサブイボが出てきた。とても気持ち悪い。これはなんなのだろう。
「こいつはな、キツツキの仕業なのさ。冬の為にドングリを木に埋め込むのさ。これからお前を山に放置するよ。キツツキがたくさん住んでいるところにな」
それを聞いた太は真っ青になった。自分を殺してキツツキの餌にするつもりなのか!?
だが若頭はけらけらと笑っている。太はそれが不気味に思えた。
「お前は生きたまま、キツツキにドングリを埋め込まれるんだよ。鋭いくちばしに眼や頬、喉や胸にぷっすりと穴をあけられるんだ。そしてドングリをねじりこまれるんだよ。それを何百、何千個と繰り返されるんだ。痛いだろうなぁ、ドングリを体内に埋め込まれる気分はどうだろうなぁ?」
若頭はにやりと笑っている。まるで悪魔のような笑みだ。これが若頭の本性だ。相手を徹底的に苦しめ、その姿を周囲にさらす。組長ですら若頭には逆らえない。彼は悪魔だ、魔王であった。
太は死刑判決を下された死刑囚であった。太の顔は真っ青になり泣きわめいた。しかし太はさるぐつわをかまされ、ところてんの様に車に押し込められる。
☆
何もない山の中、太は木に縛られていた。時刻はすでに夜である。辺りは墨のように真っ暗で何も見えない。
気温は低く肌寒い。先に風邪をひいて死んでしまう可能性がある。
遠くでキツツキが木をつつく音が聴こえた。だが太にとってそれは死を告げる鐘のように思えた。
それ故に寒さは気にならず、心臓の音がどくんどくんと高鳴ることを感じていた。
なんで僕がこんな目に? 振り込め詐欺なんて手慣れた仕事だった。馬鹿な老人から金を巻き上げるだけの楽な仕事だ。老い先短い老人から金を奪って何が悪い。どうせ棺桶に半分足を突っ込んでいるんだ、若い僕たちがその金を有意義に使ってやるんだ、感謝されても恨まれる筋はない。
太は自分の事を被害者と思っているが、実際は邪悪な心の持ち主であった。自己中心的で他人が不幸になろうとも知ったことではない。そんな自分勝手な行動の結果がこれだが、太は微塵も自分が悪いとは思っていないのだ。
自分は運が悪いと思っている。不運な星の下に生まれたと決めつけていた。だから女にはもてないし、友達もいない。今の状況は自分が生み出したものだが、本人は一切反省していなかった。
夜は冷えるが、太は寒さなど感じなかった。いつキツツキが自分の身体にドングリを埋め込むかと思うと気が気ではなかった。
あのびっしりと木の幹に埋め込まれたドングリを思い出すと、恐怖が沸き上がる。
キツツキが人間の肉体にくちばしでぶすりと刺し、その傷口からドングリを無理やりねじ込む。物言わぬ木とは違い、人間は痛ければ叫ぶのだ。
コンコンコンコンコン……。
遠くでキツツキが木をつつく音が響く。太はそれを聴くたびに意識が飛ぶ思いがした……。
心臓が激しく鼓動し、首を絞められるように息が苦しくなってきた。そして瞼が重くなり、そのままこの世とのつながりがぷつんと切れた気がした。
☆
翌朝、若頭と二人の部下が太を回収に来た。彼は冷たい死体になっていた。白目をむき、口から涎を垂らしていた。どうやら彼はショック死したようである。
「ははは、馬鹿な奴だなぁ。キツツキにドングリを埋め込まれると本気で信じていたようだな」
若頭はけらけら嗤っていた。それを見た禿げ頭の部下の一人が訊ねる。
「あれは嘘なのですか?」
「嘘だよ。あのキツツキはドングリキツツキと言って、アメリカにしか住んでいない種類なのさ。日本には住んでいないし、枯れ木や電柱に穴は開けても人間の身体に穴を開けた記録はないね」
「嘘なのに太は死んだのでしょうか?」
サングラスをかけた部下が首を傾げた。実際にキツツキに穴を開けられたわけではないのに、なんで死んだのだろうか。それを若頭が答えた。
「太は想像力に殺されたのさ。俺がちょいと見せたスマホの画像に、もっともらしい説明をした。奴は想像力を膨らませた挙句、キツツキに殺される恐怖に耐えきれなくなったのさ」
これはプラセーボ効果といい、信頼のある医者が粉ジュースを薬と偽って飲ませると、患者の身体が良くなったという例がある。
若頭はそれを利用して太を殺したのだ。
「さて医者に見せるか。こいつはれっきとしたショック死だ。下手にこいつの死体を始末するのは面倒だからな」
そう言って部下たちに太の遺体をワゴン車に乗せようとした。最近は行方不明者に対してうるさくなっている。某宗教団体のせいで公安が目を光らせているためだ。
すると周りでキツツキの木をつつく音が聴こえてくる。耳障りだと思ったが、その音は段々強くなった。
すると大勢のキツツキたちが若頭に飛び掛かった。キツツキは若頭の身体をつつきまくる。
「やめろぉ、やめてくれぇぇぇぇ!!」
若頭は泣き叫んだ。しかしキツツキの猛威は止まらない。さらにキツツキたちは咥えたドングリを傷口にずっぽりとねじりこんだ。激痛が走る。それもひとつやふたつではなく、何百個と埋め込まれたのだ。
数分後にキツツキは飛び去った。残ったのは若頭と部下二人の死体だけだった。表情は恐怖で歪んでいる。
その死体にはドングリが何千個と埋め込まれている。身体は血で真っ赤に染まっていた。
その癖、太の遺体には傷一つついていなかった。太の無念がキツツキに乗り移り、仇を討ったのかもしれない。
ドングリキツツキは実在します。無論、人の身体にドングリを埋め込む習性はありません。
ホラーと言うより、怪談のような感じですね。
ドングリキツツキの映像は本当に不気味です。ヒッチコックの映画、鳥に近いかもしれない。
向こうはカモメで、くちばしで襲ってきますが。さすがにドングリを埋め込むのはないですが。