夫婦と買い物
佐藤妻 : 主人公。おっとりしている。一見無防備。
佐藤夫 : 愛妻家。しっかり者。いつもハラハラ。
三河屋 : 馴染みの店の店主。佐藤妻にサンプル品や試飲をよく勧める。
専業主婦といっても、けっこう忙しい。
買い物は徒歩圏内にある馴染みのお店で済ますことができるものの、数件回る必要があってけっこういい運動になる。
おかげで、結婚してから太った!? などという事態は防げている。
今日もまた、買い物に出かける。
食品を幅広く扱っている三河屋さんは、いつもひいきにしているお店の一つ。
「三河屋さん、こんにちは」
「佐藤さんちの奥さん、いらっしゃい。今日は何をお求めで?」
買い物袋片手にお店に入れば、笑顔の店主さんが目を細める。
……その目に見つめられると、震えが来そうだけれど。
「今日は、これと、これと、……えっと、あとそれを……あら?」
「奥さん、どうしました?」
ふと、声を上げると、息がかかりそうなほど妙に近い距離に店主さんの姿が。
……それに気がつかない振りをして、気になる商品を指さす。
「これ……、前からこの値段だったかしら?」
「奥さん……。あれやこれやがあって、値上げしてしまったんですよ……。申し訳ない」
申し訳ない。の言葉は真摯に思えて、値上がりを残念に思うにとどめる。
「あら、そうなの……。気軽に買えなくなってしまうわね」
「世情もありますし……。それとあれだ、郊外にね、デストロイショットとかいうでかい店ができて、人がそっちに流れてってるみたいなんでさ」
……デス?
「デス……? そのお店のお名前、ご存知?」
「ドンドンキテホーイ……だったかな?」
「そうなの……。あ、備蓄用に、これもくださる?」
念のため、長期保存ができるレトルト食品と缶詰を買い足して、会計を済ませる。
「はい毎度。……ところで奥さん、いいお茶が入荷したんで、試飲してみてくれません?」
あら? また?
この三河屋の店主さん、珍しいものや新商品が入荷したとなると、すぐにお店の奥に招こうとするのよね。
主婦はけっこう忙しいのだけれど。
「買い物はまだ終わってないの。お気持ちだけ受け取っておくわ。それじゃあ三河屋さん、またね」
「……………… 」
※※※
「……ということがあったの」
「とりあえず、もう三河屋に行かない方がいいぞ。お茶とかなんとかって、直ぐに奥の部屋に連れ込もうとしてるじゃないか」
夕食後、三河屋さんであったことを教えると、夫はすぐにふてくされてしまう。
「ゆっくりお茶なんて、そんな時間はないわよ? 主婦はけっこう忙しいのですから」
「それは分かってる。俺が言いたいのはだな?」
「はいはい。分かってます。私のだんな様はけっこう嫉妬深いのよね。私が他の人と会話してると直ぐに拗ねちゃうんだから」
「この嫁は……はあ、もう、いいよ」
心配してくれているのは分かります。でもね、それほどあなたに大事にされてるって実感ができて、嬉しいものなのよ?
「あのね、三河屋さんはいいのよ。それより、最近街の郊外に、デスなんとかショットって大きなお店ができて、そこだとなんでもお安く買えるそうなの」
「ディスカウントショップな? たぶんきみが言ってるのは、ドンドンキテホーイのことだろう?」
「あら、あなた、知っていたの? 教えてくれてもよかったのに……」
「……この流れだと、週末そこに車で連れていって欲しい、ってとこかな?」
「さすがはあなた。以心伝心ね♪」
おい、とか、アレ、とかで会話して、伝わらなくてケンカになるって家庭もあるのに、私のだんな様はなんでも理解してくれちゃう。嬉しい。
「そりゃあね。分かるさ。きみのことだもの。……でもね、よく考えた方がいいよ?」
「え……? どうして? 安く買えるのなら、そっちの方が家計が助かるんじゃない?」
「まず一つ。普段の買い物は、きみが徒歩で歩ける範囲で済ませてる。持ち運びは大変だけれど、必要以上のものを買わなくて済んでいるね」
「ええ、いい運動になっているわ」
ネットショップでばかり買い物をしていたら、ほとんど出歩かなくなって太ったという話を同級生から聞いてしまうと、太ってだんな様から見限られるようなことにならないようにしないと! と、気が引き締まるのよね。
おかげで、結婚してからはむしろ痩せているのがちょっとした自慢です。
「いつもありがとう。二つ。郊外への移動は、車だね。そのガソリン代が考慮されてない」
「あ……。確かにそうね。ガソリン代の分が赤字になったら、わざわざ行く意味がないわ……」
ガソリン代。そこは考えてなかったわ……。
「そうだね。三つ。たくさん種類があって、あれもこれも安いとなると、必要ないものまで買ってしまうだろう? 洗剤のように腐らないものならいいけれど、食べ物は賞味期限があるからね。牛乳とかお肉とか、賞味期限切れで腐って捨てなきゃならないとかなったら、もったいないだろう?」
「そうね。冷凍しておくにも、容量は限度があるわね。捨てるなんてもったいないわ」
いざというときのために備蓄しておくにも、二人ならたくさん買い置けばむしろ保管するスペースが問題になるわね……。
「最後に一つ。徒歩圏内の馴染みのお店で必要なものは揃うんだからさ、彼らの顔を立ててあげようよ」
「……そこまで考えてるなんて……。さすがね。素敵よあなた」
こんなことで、と、毎回思うのだけれど、色々考えを巡らせているだんな様を見ていると、惚れ直してしまうというか。
「ありがとう。よく、事前に相談してくれたね。助かるよ」
「私、頭はよくないから……。あなたなら、いつも良い知恵を授けてくれるじゃない? 信頼しているのよ?」
「ありがとう。愛してるよ。…… ……」
「ねーえ、だんなさま?」
だんな様の座るソファーの隣に腰かけてしなだれかかると、ちょっと驚いた顔になる。
「……うん? どうしたんだい?」
「……愛してるっていう言葉より、態度で示して欲しいな、って」
「…………おねだりするなんて……。いけない子だね」
二人で微笑み合って、お姫さまみたいに抱っこされて寝室まで運ばれる。
……これで、結婚してから太っていたなら、こんな風にお姫様抱っこしてはもらえなくなるんだろうな……。
それなら、だんな様と週末の車デートするより、歩いてスタイルを維持した方がいいわよね?
その日は、いつもより蜜のように甘~い夜を過ごすことができました。
三河屋さんに狙われていることは知っているけれど、それとなく口説かれてることを言うと、だんな様は私への愛を態度で示してくれます。
早く子どもが欲しいとは思うけれど、だんな様と二人の時間をもう少し楽しんでからでもいいかなって。
優しくて頼りがいがあって、ちょっと嫉妬しやすいだんな様だけれど、私は幸せ者です。
オイルショックは、30年40年昔の話でしょうか。
その際、ガサチリと呼ばれる質の悪いガサガサしたトイレットペーパーを、大量に、それこそ大量に購入した人物がいたそうです。
後の値上がりを見込んで、転売する目的で、それこそ大量に買い漁ったとか。
しかしその後、より安くて質の良いトイレットペーパーが販売されるようになり、オイルショックの混乱も収まったことで、大量に購入したガサチリは転売できなくなりましたとさ。
噂によると、そのガサチリ、今になっても在庫が尽きずに自分で使い続けているとか。
いったい、どれほど買ったのでしょうか?
それほど買ったのなら、どこか倉庫など借りていたのでしょうか?
だとしたら、丸損でしょうね。ざまぁ。
また、東日本大震災の時のガソリンが不足した際に、1リットル250円で販売したガソリンスタンドがあったそうです。
当時はたしか、リットル160円~170円くらいだったと思います。
その店舗にしか入荷しない日もあり、それはそれはボロ儲けだったことでしょう。
しかしのちに、暴利を貪ったとして行政指導が入ったとか。ざまぁ。
目の前の欲に目がくらみ、人の足元を見て商売しようとすると、いずれしっぺ返しが来るといういい例ですね。
まさに、因果応報。