僕の貌_裏面
お爺ちゃんはお面職人だった。
屋台で売っているヒーローの類ではない。神楽舞や奉納舞の面。
田舎の家。裏の小さな御神山は材木の切り出し場。
お爺ちゃんはだいたい作業場にいた。
木の塊を前ににらめっこでもしているように、怒った顔や泣きそうな顔。たまに呆けたような顔をすることもあって、本当にボケてしまわないかと心配になることも。
「面はわしが彫っておるんとは違うの」
背中を眺めていると、聞いてもいないのにそんなことを言う。
「木の奥の方から声がするんじゃ。わしは手伝うだけだの」
「お爺ちゃんもお面の顔してるよ」
「さぁて」
「別の人の顔みたいに。時々怖い顔も……」
ふぅむとひとつ頷き、少しだけ困った顔で僕の方を向いた。
「たまぁに、よくない顔が出ることもある」
「よくない?」
「そういうんは置いとけん。すぐ神様ん所に返すんじゃ」
そのお爺ちゃんも数年前に他界した。
無人の家を訪ねたのは、来月結婚することになったから。
勤め先の小企業、その社長令嬢。
真面目に働いていたら社長に気に入らってもらった。
会社の飲み会や催しで面識があって、物静かで綺麗なお嬢さんだと知っている。
何度か社長家族の食事に呼ばれ、そのうち互いに連絡を取るようになった。
関係が進めば後戻りもできない。
嫌いなわけではない。親分気質の社長には恩も感じている。
ただ自分が結婚するのだという実感がないまま成り行きで。
自分がよくわからない。
昔の自分を探してこの作業場に来ていた。
壁いっぱいにかけられた面。
怒った顔。泣いた顔。すねた顔。呆れた顔。僕は今、どんな顔なのか。
転がっていた木の塊を作業台に乗せて。
お爺ちゃんの背中を思い出しているうちに僕の手が動いていた。
ノミに似た大小の道具を使って、理由もわからないまま霧吹きで湿り気をつけたり、なめしたり。
工作が得意でもないくせに、ただ無心で。
気づけばすっかり日が暮れて、月明かりに照らされた面。
僕が彫り出した顔はどんな表情なのか。何も映さない無表情なのか。
面は笑い顔。
婚約者の見たこともない満面の笑み。
これは神様に返した方がいい。すぐに。