一章
開けっ放しの窓と、太陽の光が差し込んでくる静かな病室。
俺はベッドの上に横たわり、なんの理由もなく天井を見上げていた。
心臓の病気だと、医者の人がそう言っていた。
長く生きられるかもしれないし、もしかしたらあと半年で死ぬかもしれない。
あの日から·············俺の時間は止まったままだ。
楽しかった学校にも行けなくなった。
大好きなサイクリングもできなくなった。
まだ16年しか生きていないが············自分の人生はこれでよかったのか?
そんなふうに思ってしまう。
正直··················やりたいことがたくさんある。
(死にたくない···········死にたくないんだよ俺はっ!)
瞳が潤み、心の中でそう叫んだ。
生きていたい········死んだらもう··········なにもできなくなってしまう。
「あいつ」に会うことだって···············。
「お~~~い~~~!」
その時。
見知った大声が病室の外から聞こえてきた。
”ドン”
勢いよくドアが開かれ、声の主が入ってくる。
ちょうど今、俺が会いたくなっていた人物。
「さ~ち~む~らっ!
元気してる?········お見舞いにきたよ!」
満面の笑顔を浮かべているこいつの名前は福子。
小学生の頃からの幼馴染だ。
俺が彼女に興味を持ち、話しかけたのがきっかけで、休みの日も遊んだりするような仲になった。
なんで興味を持ったのかと聞かれたら············「なんとなく」としか言いようがない。
不思議と福子とは仲良くなれそうな「予感」がしたのだ。
「早く良くなってよね!
また一緒にサイクリングしたいからさ!」
「あんまり大声を出すなよ?
院内では静かにって張り紙なかったか?」
「なんだよ~~。
別にいいじゃんか、久しぶりに親友に会ってテンションが上がってるんだ!」
「お前昨日も来てただろ」
「細かいことは気にしない気にしない」
こいつと話しているこの時間だけは·········生きている心地がする。
「残酷な現実」をほんの少しだけ忘れることのできる大切な時間。
俺にとってなくてはならないもの。
「フフン♪フフン♪フフ~~~ン♪」
福子はベッドの傍にあった椅子に座り、自分で持ってきたりんごの皮を楽しそうに剥いている。
「··················」
····················彼女には、病気のことをあまり詳しく伝えていない。
というか伝えたくなかった。
こいつの哀しむ顔をみたくないのと··········なにより、あと半年で死ぬかもしれないという事実を、受け入れたくなかったのだ。
「はいどうぞ♪」
食べやすいサイズに切り揃えられたりんごを皿にのせ、福子が差し出してくる。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
「···················なぁ」
「なに?」
「ほとんど毎日ここに来てるけどさ··········福子は学校の友達と遊んだりしないのかよ」
「いま遊んでるじゃん」
「···········は?」
「友達·········ていうか親友と遊んでるじゃんか········今ここで」
「················」
「僕にとっては、幸村と話してるだけでも、遊んでるうちに含まれるの!」
「そんなのつまんねぇだろ」
「幸村がいない「日常」の方がつまんないよ。
毎日毎日退屈で仕方ないから··········僕のために早く退院してよね!」
「·················」
こいつは昔からよく笑うやつだ。
出会った頃はあんまりだったが············気がついた時には、他の誰よりも表情が豊かな女の子になっていた。
「あれ?
幸村··········顔赤いけど大丈夫?」
「べ、別に赤くなんてなってねぇから」
「えー嘘だよー。
だって耳まで真っ赤だもん!」
「気のせいだ!気のせい!」
「あっ!ちょっと!布団にくるまるの禁止!
出てきてよ!容態が悪くなってたらどうするの!」
「悪くなりかけてる原因に言われたくないな」
「わけわかんないよ!
せっかく剥いたのにこのりんご食べないの?
置きっぱなしにしてないで早く食べてよ!」
「後で食うから·········今はそっとしておいてくれ」
本当に不思議なものだ。
一人でいる時は、暗い感情に押しつぶされそうだったのに、彼女といると生きる活力が湧いてくる。
福子が一緒にいてくれれば、どんなことが起きようと、絶対に生きてやるという強い意志が芽生えてくる。
··················生きよう。
少しでも、長く生きることのできる可能性があるのなら、それを信じ抜こう。
俺はそう心に誓うのだった。
突然だけど、僕の好きな人の話をしようと思う。
その人と出会ったのは小学生の時だった。
転入してきてまだクラスに馴染めず、教室の中で孤立していた僕に··············「そいつ」は話しかけてきた。
「ドッジしようぜ」
「·············え?」
最初はなにがなんだかわからなかった。
自分が話しかけられているとは思えず、周りをキョロキョロしてしまう。
「人数がちょっと足りないんだよ」
「·····え········えっと·········」
「ほら行くぞ」
「あっ········」
手を握られて、少し強引に引かれたけど·············なぜか悪い気はしなかったな··········。
「福子お前スゲーな!」
「いやいや幸村のおかげだって!」
はじめて話しかけられた日から、1ヶ月が経った頃。
僕達二人の距離はかなり縮まっていた。
「やっぱり福子がチームにいると負ける気がしねぇよ!」
「もう~やめてよね~。恥ずかしいじゃんか~!」
今は体育の授業中でサッカーをしていたところだ。
僕と幸村のコンビネーションは抜群で、相手チームから点をたくさん取っていた。
「おい、またバカ夫婦がイチャついてるぞ」
「みんないるのに仲良く肩組んで恥ずかしくないのかな?」
「もうお前ら結婚しちゃえよ」
幸村と仲良くしてると、こんなふうによくからかわれることが多い。
「···················」
そのたびに顔が赤くなってしまう。
ちょっとやめてほしい。
だって·········せっかく幸村と一緒にいるのに··········気まずくなっちゃうよ·············。
「·····さ······幸村·······」
助けを求めようとして、彼の顔を覗き込むと···········。
「···················」
わかりやすいくらいに照れた表情をしていた。
肩を組んでいたためよくわかった。
「「·················」」
お互いに恥ずかしくなり、顔が合わせづらく、俯いて黙ってしまう。
いつも格好良い幸村だけど···········この時の彼は少し可愛かった。
新鮮な一面を見れた気がして、僕はとても嬉しいと感じたのだった。
これからもこんな日々が続くと思っていた。
休みの日は二人でサイクリングに行って、綺麗な景色を見ながら、僕の作ったお弁当を幸村が食べる。
高校生になったら··········「告白」でもして···········もしかしたら付き合うことができて··········「恋人同士」になれるかもしれない。
そんな幸せな未来予想図を·········馬鹿みたいに考えていた。
まさか彼が病気にかかり、長く入院することになるなんて··············この時の僕は知る由もなかったんだ。




