肉体の死
桜は、自分の肉体が道路に倒れているのを見た。
「私、死んだの...?」
死んだらどうなるんだろうと疑問に思っていた事があったが、まさに今、死んでいる。
いや、肉体が死んでいるだけであり、
何事かを考えている自分がある。
物事を眺めている自分がある。
死んだのだけど、桜という意識は存在している。
肉体の死を迎えただけで、魂は、死なない。
顔が青ざめた状態のトラックの運転手と、
事故を目撃した人たちが上から見える。
誰かが救急車を呼んでくれたみたいで、
遠くからサイレン音が聞こえてくる。
パトカーもやってきた。
桜には、色んな人の心の声が聞こえてきた。
「俺は、なんてことをしてしまったんだ...。
この子の家族にも、俺の家族にも、顔向けできない。人生、終わりだ...。」
トラックの運転手は、罪悪感と絶望に打ちひしがれていた。まだ20代半ばといったところだろう、髪の毛は金髪でピアスもつけている若い男性だった。
警察官は、トラックの運転手に淡々と事情聴取をしている。
「この男、居眠り運転だったのか?
女の子も、不運だったな。家族も気の毒だな。」
こういう事故は沢山経験しているためか、何万件もある事故の内の一件、ということで、この警察官もあまり同情しないようにしているらしい。
仕事柄、仕方のないことかもしれないが、桜は少し寂しかった。
この警察官は、背が高く、歳は40代後半くらい、顔は落ち窪んだ頬に、目が鋭かった。毎日様々な事件や事故を取り扱っているのだろう。
気づけば、事故の現場を見に、人だかりが出来ていた。
「可哀想に。まだ若い学生さんぢゃない。
ご家族も気の毒だわ。」
おばちゃんが、同情していた。
「え、やばくない?うちの学校の制服なんだけど。誰?誰?」
同じ学校の女子学生は、ひどく動揺していた。
携帯で友達に連絡をして、事故の話をしていた。
桜は、色んな人の気持ちが聞こえて、複雑だった。
「肉体を抜けると、人の心の声が聞こえるようになるのね。色んな人の気持ちが聞こえると、聞きたくないことも聞こえてしまうような気がする。なんだか、複雑だわ。」
空を見上げると、太陽が眩しい。
雲が太陽に照らされて、金色に光っている。
「私、死んだのに、どうしてこんなに冷静でいられるのかな。私の家族に会いに行かなきゃ。」
桜は、家族の顔を思い浮かべた。
と同時に、自分の家に帰ってきていた。
瞬間移動でもしたかのようだ。




