魔法少女☆セーブ&ロードのできるコヨミちゃん!
「……コヨミ……コヨミ……起きるでセブ!」
目を覚ませばまったく知らない場所にいた。
遠くには鏡張りの高い建物があちこちに立ち並び、広い道では車輪のついた巨大な金属塊がすさまじい速度で駆け抜けている。
ガラス張りの雑貨屋らしきものが道ぞいに3軒ぐらいあって、こちらを見る人々は見慣れない服装をしていた。
「……うう……ここは?」
起き上がる。
どうやら石の道に寝転んでいたらしい。
わけがわからない状況に混乱していると、視界に入り込んでくる物体があった。
それは青い光の球だ。
ガラスとも違う、宝石とも違う、光そのものを球体にしました、という様子のそれは、男性の裏声みたいなものを発して語りかけてくる。
「コヨミ! 早くダンジョンマスターを倒して、このあたりに閉じ込められてしまった人たちを助けるでセブ!」
「ええ……? なに? どいうこと? だいたい、ぼくはコヨミなんて名前じゃあないし……」
「さっき頭を吹き飛ばされた時に記憶がやられちゃったでセブか? ……ふむ、興味深い現象でセブね。俺の能力はそういったことが起こらないはずでセブが……」
「あの、考え込まないで状況を教えてくれる?」
「おや、失礼したでセブ。実は――」
しかし、状況説明はされなかった。
説明を待たずにコヨミは真上からなにかとてつもない重量のものに潰されて息たえたからだ。ぐちゃり。
◆
「……コヨミ!」
「んんっ⁉︎ あ、ぼく、死んだね⁉︎」
「そうでセブ! コヨミは俺と契約して魔法少女になったんでセブ! おかげで『セーブさえしていれば死んでも死なない能力』を持ってるんでセブ! その力で東京に突如出現した『ダンジョンメイカー』という悪い連中をやっつけるセブ!」
「んーそうだっけ? いやほら、ぼくはもっとこう、こういうんじゃない世界で宿屋とかやってた気が……あと、ぼく、コヨミって名前じゃないし……」
「コヨミは魔法少女名でセブ! 実名活動はプライバシー保護の観点から非推奨でセブからね。とにかく、能力を使ってこのあたりをダンジョン化したダンジョンマスターをやっつけるセブ!」
「んー……まあ、それしかなさそうだねえ」
「ここのダンジョンマスターは重力を操るでセブ! その攻撃を潜り抜けてコヨミの通う高校の屋上にいるそいつのもとまでたどり着いて、倒すでセブ!」
「さっき潰されたのそれかあ。で、ぼくはなにができるの?」
「『セーブしていれば、死んでも死なない』でセブ」
「…………魔法とかは?」
「ここは現実なのでそういった都合のいいものはないでセブ」
「力が強いとか、そういうのは?」
「高校生なみにはあると思うでセブ。しかしコヨミは小柄でセブ。あまり腕力に期待しない方がいいでセブ」
「武器とか」
「銃刀法という法律があるでセブ」
「いや⁉︎ 相手、なんかモンスター的なのなんでしょ⁉︎ そんなの気にしてる場合⁉︎」
「というかセブね、厳密に言えば、魔法少女活動も違法でセブ。もちろん、このあたりの人たちは、ダンジョンメイカーどもには困らされていて、ダンジョンマスターが現れるたび直接的な被害に遭うし、それには国や都も対策を講じているでセブ」
「だよねえ!」
「しかし……コヨミは非公式にそいつらに対応しているのでセブよ」
「なんで⁉︎」
「国が『魔法少女』だなんていう、うさんくさい、唐突にあらわれるコスプレ女を信用する理由は一個もないんでセブ」
コヨミ(源氏名)は自分の服装を見下ろした。
そこにはパステルカラーでやけにフリフリして短いスカートでニーソックスななんかアレがあった。
ちょっとセーラー服をモチーフにしてるところが見受けられて、コヨミが学生であることが暗に示されている。
「コスプレは必要⁉︎」
「必要ではなく仕様なのでセブ。逆に考えてみるでセブよ。こうして目立つ格好で活動し、実績をあげていけば、政府の目にとまりやすくなり、そのうちインディーズ自警団のコヨミもメジャーデビューするかもしれないでセブ」
「いや、そうかな……?」
「今、効果があるように見えない活動でも、振り返れば『ああ、意外なことが役立ったな』と思えるようなことが、生きているうちには何度もあるでセブ。すべての行動を『意味あるもの』だけでそろえる人生は、『学者は世の中の役に立つ研究だけしろ』というのと同じで、将来、予想もつかないことが起きた時に、大変もろいんでセブよ。だいたい、コヨミは若いんでセブから、無駄なことをする権利があるのでセブ。人生を豊かにするための冒険――コスプレはその一種だという考え方もあるのでセブ」
「うーん……」
「というわけで、徒歩二十分かかる道のりを超えて、ダンジョンマスターを倒すでセブ。そして報道がここに入れたらヒロインインタビューを受けて、魔法少女の活動の政府公認を求めるでセブ」
「あの、せめて、徒歩はちょっと」
「しかしコヨミには徒歩二十分の距離を走っていったあとでダンジョンマスターと対峙する体力はないのでセブ」
「そのあいだに何回死ぬの⁉︎」
「大丈夫、セーブしてるでセブ」
反論をしようと口を開きかけたコヨミに、再び重力波が襲いかかった。
ぐちゃり。
なお、衣服は魔法少女の肉体の一部なので、どんなに乱暴に扱われてもロードと同時に再生します。
ブルーレイ版ではマスコットが消えます。
◆
歩道橋と長い上り坂をふくむ徒歩二十分の道のりを歩ききり、ようやくコヨミはダンジョンマスターの待ち受ける高校にまでたどりついた。
どうやら自分は高校生らしい――高校生というものは知っているのだけれど、それはどこか遠い世界のものという印象で、『自分がそうだ』と言われてもあまりピンとこなかった。
閉じている校門をよじのぼってグラウンドに侵入する。
そのさいにまた重力につぶされたがいい加減慣れてきた。というかもともと死ぬのはなんか慣れている気もした。
うまく思い出せない。自分がコヨミという名前ではないこと以外がよくわからなかった。
グラウンドを抜けて校舎内に入って、階段をのぼって屋上の扉前までたどりつく。
ノブを捻って扉を開けようとするが……
開かない。
「コヨミ、最近の高校は生徒が屋上に出られないようにそこの扉には鍵がかかっているのが普通なんでセブよ。職員室で鍵を借りてくるでセブ」
「途中で言ってよ!」
借りてきた。
扉を開けるとそこにはダンジョンマスターがいた。
光をまったく反射しない真っ黒い体を持つ四足歩行の獣だ。
目がないが鋭く大きな牙があるのが特徴的で、体の全高だけでコヨミの倍ぐらいある。
自分よりはるかに大きな四足歩行の獣……
「ねぇ、あれ、どうやって倒すの? ぼくの身体能力は普通の学生なみで、魔法はなくって、武器もなくって、ぼくの力は『死んでもよみがえる』だけなんでしょ?」
「コヨミの必殺の戦法があるでセブ」
「あ、そうなの? どんなやつ?」
「『魔法少女☆ゾンビアタック』でセブ」
命がよく熱したバターみたいにとろけていく。
人間は最強の種族だが、それはきちんとした武装や戦術、人数があってのことだ。一対一で素手の人間は相手が猫であろうとも四足歩行の獣に勝つのは難しい。
なるほどまず筋力量が違う。あと相手は重力を操る。奇跡も魔法もあった。ただしそれは相手側だけのものだった。
戦っていくうちに自然と思考が『死』を戦術の中に組み込んでいくようになってきて、コヨミのまだ冷静な部分が『あ、自分の中でもうなにかが変わり始めてる』と気づいたけれど、踏みとどまる余裕なんかなくって、だんだん壊れていく自分を半笑いで見つめることしかできなかった。
最終的に相手の口の中に入り込んで内臓パンチをするというのを二十回ぐらい繰り返したあと、のたうちまわる相手を屋上から落とすことでトドメを刺すことにした。
屋上には落下防止用のフェンスがあったけれど、これは相手が攻撃のついでに壊してくれたのだった。
しかし落とした相手はしぶとく生きている。
「コヨミ! 今でセブ!」
「え、なにが?」
「重力を使えるのは相手だけではないでセブよ! さあ、必殺の『重力加速度タックル』をお見舞いしてやるでセブ!」
『ここから飛び降りろ』ということらしかった。
なんかもう……
コヨミは屋上のふちに立っていったん空を見上げた。
もう夕暮れだ。なにかひどく疲れた。
そのまま、死んだ目のまま、ふらりと一歩踏み出す。
すると体は重力に引かれて落下を始め、すぐ下でうごめいているダンジョンマスターにまっすぐ吸い込まれていった。ごきん。ぐしゃ。
ロード。
「勝ったでセブ! さあ、ヒロインインタビューが待っているでセブよ!」
「ぼくがもしも、普段からこんな感じの戦い方をしてるとしたら、定期的に記憶をリセットすべきなんじゃないかって思うよ」
「コヨミ……どれほど記憶を消せたところで、今までやってきたことが、なかったことになるわけではないのでセブよ」
「……」
「過去をなかったことには、できないのでセブ。だから……受け止めて、受け入れて、それを未来へ踏み出す力に変える。そういうのが、『生きる』ということなのではないかと、俺は思うのでセブな」
「生きるとは」
「進むことでセブ。さあ……ダンジョンメイカーたちを全員ぶち殺すまで、コヨミの活動は終わらないのでセブよ」
「ぼくはこれ、『夢でした』みたいに終わるんじゃないかと思って、その瞬間をずっと待ってるんだけど」
「なるほど、この世界は誰かが見ている夢である――そういう考え方も、あるでセブね。しかし、たとえここが夢の中でも、あなたは今、生きているのでセブ。ならば、進むしかない……」
「やだなあ……」
このあとコヨミは仲間が増えたりつまらないケンカをして追い詰められたり、敵のラスボスが死んだと思っていた父親だったり、その父親を改心させたりしてどうにか世界を救うのだが、それはまたべつなお話。