朱に交われば赤くなる
開けられた窓から差し込む日光、廊下中を満たす心地良い喧騒。学校祭を直前に控えた校内は、既に学校祭一色ムードとなっていた。
「松原。これ下に持ってってくれる?」
綾子は、自分で作業を引っ張るというような事は当然無かったが、最低限作業には参加していた。それは、綾子がちゃんと学校行事に参加する事を望む川越と約束したからであり、嫌々ながらも一切作業に参加していないという様子ではなかった。
「はーい。三浦さんだよね」
「うん、お願い」
まあ、とは言え綾子が学校祭に意欲的な訳ではないのは明らかであり、頼まれるのはこういった荷物運びや簡単な装飾程度であった。
綾子の学校では、一クラスで行灯製作と教室発表とを行い、綾子は行灯製作を担当していた。それは、行灯製作の方がより多い人手を要し、普段からこういった行事に意欲的に参加していない綾子の希望は最後の最後に回されたからである。でなければ、何度も教室と外とを行き来するような行灯の製作なんか、綾子は望まない。
外に出て、行灯の製作場所に目を向けると、もう各クラス完成に向かいつつあるのが分かった。後は色を塗った半紙を骨組みに貼り付けるだけであり(もっとも、それが一番大変なのだが)、早いクラスではその作業も四分の三ほど進んでいるようだった。
綾子のクラスはと言うと、他のクラスと比べると少し遅れ気味のようで、見たところ半紙を貼り付ける作業は半分以下しか進んでいない。綾子は、別に一人ぐらいいてもいなくても変わらないと自分に言い聞かせる事で、作業が進んでいない事の責任を心の中で否定した。
「三浦さん。はい、これ」
綾子は、三浦春子に木工用ボンドを手渡した。割と重量のある代物で、それは作業の大変さを物語るようだった。
「あっ、綾」
基本的に、クラスの女子は下の名前で互いを呼び合う。だから、ここで春子が綾子の事を「綾」と呼んだ事に特別な理由は無かった。
「今ちょうど取りにいこうと思ってたのに。わざわざ持ってきてくれたの?」
春子は額に溜まった汗を右手で拭った。
「いや、別に。柳沼くんに言われて」
綾子は、そんな春子の様子を直視しないように視線を逸らした。
「ありがとう!」
春子は満面の笑みを浮かべて言った。それは別に、春子にとって特別な事では無かったが、綾子はきょとんと目を丸くした。
「さ、それじゃもうひと踏ん張り。うちのクラスは遅れてるからね」
そう言って春子はボンドを両手で抱え、活動場所へと走って戻った。少し申し訳無さそうに駆ける春子はこの時、思わず「綾もやらない?」と言いそうになったのを飲み込んでいた。
綾子は、悪くないなと思っていた。
少し強めの風にまざって、爽やかな気持ちが込み上げてくる。こんな風にクラスメイトから礼を言われることなんて、綾子にとっては暫く振りの事だった。
そして、別にこんな事で意欲が湧いた訳では無かったが、この日綾子は半紙を骨組みに貼り付けた。