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ドジっ子メイドの願望

 聖女様。

 あの日、私たちの国がかの人に救われて以来、私たちは来訪者の方々をそう呼んだ。

 彼女たちは皆、どこか私たちとは違う人のようで、だけど良く見れば何も違わなく見えた。


 一番初めの聖女――この国の英雄とも言えるイチジョウ様は、とても優しい人だった。


 私のような一介ののメイドにすら優しくて、私が誤って紅茶に塩を入れてしまったり蜂蜜と間違えて油を入れてしまったりしても、失敗は誰にでもあると笑ってくれた人だった。


 だけど勤勉で自分には厳しくて、一度図書室に篭ったら食事も忘れて国の為の読書や勉学に没頭していた。それをよく、エド王子やテッド様たちご友人、セリム様たちなんかが少しは休んでくださいって言っていたっけ。

 そんな記憶が、皆様の笑い声が、昨日のことのように残っているのに。


 それがぱったりとなくなってしまったのは、二人目の聖女様がやってきた時から。


 その人は見たこともないくらい綺麗な人だった。皆が皆、不自然なくらい急に彼女を好いているといい、彼女に気に入られるために皆が今まで培ってきた全てのものをいとも簡単に捨てた。

 王子が鍛錬や学問を疎かにし、執事たちが仕事を放棄し、その他の人達が異常なくらい王宮に通い詰め、彼女への贈り物が山のように届けられるようになったのはそれからもうすぐのことだった。


 当時、それがとても不思議で、不気味にすら感じたことをよく覚えている。

 どうして、皆が皆同じ人を好きになるんだろう? 確かに、聖女様はとても魅力的な人だとは思うけど、ろくに話もせずに好きになるなんておかしいんじゃないのかな。


 そもそも、彼女は本当に聖女様なのかな。


 古来より我が国が保護してきた来訪者であることは確かだ。しかし彼女はここにきて何をしたんだろう?

 私たちが始めに聖女と呼んだ、イチジョウ様は我が国の窮地を救った。だけどそれは決して神様が与えたような不思議な力でもなんでもなくて。


 イチジョウ様を毎日見ていた私は知っている。彼女が我が国の為に寝る間も惜しんで動いていたことを。功労として王様からいただいた金品を全て協会に寄付したことを。ある夜、お一人で忍び泣きをされていたことを。


 怖くなかったはずがない。訳も分からず見知らぬ土地に一人で。

 寂しくなかったはずがない。例え国にいる全てが彼女を聖女と慕おうが、彼女の家族や友人はここにはいない。

 帰りたいと思わなかったはずがないのだ。例え必ず元いた世界に帰れるのだと言われたとしても。


 だけどイチジョウ様はいつも明るく、笑顔で、優しく、強く……。

 そう。聖女様だった。聖女様と言うお名前は、決して来訪者だからと言う理由でつけられたわけではなかったはずだ。


 それなのに。


「わぁっこれ美味しいね! でもこんなに沢山……、いいのかなぁ?」

「良いのですよ。聖女様が笑顔でいられることが一番なのですから。なぁ、シェリー?」

「そ、そうですね……」


 そうだったけ?


 毎日出される最高級な食事に手を付ける。王族とその婚約者しか入れない王宮の大浴場で毎日湯あみをし、王女と遜色ないドレスを纏い、まるで王様にでもなったような顔で王宮を歩く。

 王子やそのご友人、執事たちまでもがそんな彼女についていく。誰もそんな彼女を咎めることなく。王宮の外に一歩出れば、王族の護衛部隊が当たり前の顔をして彼女を護るようについていく。一体いつから、そんなことになっていたのだったか。


 そうしているうちに、王宮で王族のような暮らしをすることがまるで当たり前の用になった彼女が、贈り物を売って手に入れたお金で散財し、夜会を遊び歩くようになった。

 気がつけば王子たちの仲が悪くなり、笑い声が消え、時には泣き声が響くようになった。


 ぱたりとその音すら病んだのは、聖女様がいなくなった時。


「シェリー……君には僕らがどう見えていた?」

「……おかしく……なられてしまったのかと……。本当に、無礼を承知で申し上げますと……恐ろしかったです。聖女様のことになると人が変わったようになられて……」

「すまない。本当に……どうかしていたのだと思う。こんな言葉で、許して貰えるはずもないが……」

「いいえ、そんなこと……」


 聖女様にお渡しするお菓子を零してしまった時。私はその場にいる全員に物凄い剣幕で叱られた。今までに一度だって、そのように怒られたことはなかったのに。

 王様にお出しする紅茶を誤って落とした時にですら言われたことなどなかった。


「なんて無礼な!」

「これでもう何度目だ?!」

「この役立たずが……」

「シェリ―、お前は今後、聖女様には二度と近づかぬようにしろ!」

「……!」


 失敗ばかりの役立たず。そんなのは自分が一番分かっていた。王宮勤めが決まった時だって、夢だと疑って頬を引っ張り過ぎて真っ赤にしたほどだ。

 同じことを何度やっても間違える。分かっているのに間違える。失敗して泣いて二度と間違えないと決心して寝ずに特訓しても失敗する。


 理屈じゃないのだ。努力したって無駄だった。なのに努力が足りないと言われてきた。お前は何もしようとしないから駄目なのだと、昨晩の努力をその一言でなかったことにされた。


 注意力が足りないと言われても、右を注意している間に左の注意不足で失敗するのをどうしろと言うのか。右と左を同時に見ることは出来ないはずなのに、私だけがまるで欠陥品みたいになるのはどうしてなのか。私だけ、見えている世界が違うの? そんなことを思う夜すらあった。


 だけどこんな私が何を言おうと所詮全ては言い訳。努力そこそこに何でも出来る天才は、その数倍努力しても底辺にすら届かない出来損ないの気持ちなど分からないのだろう。

 どうして出来ないのか? そんなことは、この世界にいる誰よりも、私が私に問いたい。




「聖女様! そのような雑務は私がやりますので、」

「え? いえ、自分が食べたものくらい自分で片します」

「でもお皿を落としたりでもしたらお怪我を、きゃっ」

「!」


 世の中には何をやっても駄目な奴が存在する。そう、それが私――。

 誰もが呆れて指を指して見下して笑った。何も出来ない愚図。そう言われても反論が出来なかった。だってその通りだったから。

 言い返せる余地などなかったのだ。誰も反論なんて出来やしない。この世界は物語のように都合よくは出来ていない。脇役は一生脇役人生のまま。主役は彼女たちのように輝いていて。

 私のような鈍間は、そんな主役の踏み台にでもなるのが関の山なのだろう。


「あ、っぶなかった~……」

「……え?」


 何が起きたのか。

 理解するより先に、自分の真上から聞こえて来た声に驚いて上を見上げた。


「っ、聖女様!」


 さっと血の気が引いたのは、私が聖女様にもたれかかる形になっていたからか。聖女様に抱きしめられている状態だったからか。

 それとも、聖女様が私を庇って、倒れた机の上にあった食器を全部その身で受けてしまわれたからか。


「た、たいへん、そんな、お、おけがは、」


 上手く舌が回らない。何を言えばいいのか。どこからお詫びするべきなのか。

 そもそも、今更謝罪などしたところで許していただけるものなのだろうか?


「わた、わたし、」


 脳内で木霊していたのは、王子たちの私を責める言葉。もうあの時とは違ったのだと分かっていても、"聖女様"を前に失敗すると、蘇って来るあの光景。

 私を責める声。見下ろす目。さされる指。今でも夢に出る、恐ろしい、


「大丈夫ですか?」

「ぇ、」


 心配そうにこちらを見下ろす彼女が、私の中の恐ろしい顔でこちらを睨む女性の顔を消し去った。そこで私はふと気づいた。

 この人は、こんな顔をしていただろうか。


「だ、大丈夫、です……」

「よかった。あ、私も怪我とかはないです。お更に残ってたスープとかはかかっちゃったけど」

「! お洋服が、それにお顔も、」

「これくらい大丈夫ですよ。あー……あまりにも美味しいスープだったので、頭からいただいてしまいました」


 あっはっは。

 そんな風に笑う彼女に。動きにくいからと着ている平民の服をソースや油で汚して、顔にまでつけて、尚そんな風に笑う彼女に。


「……ふふっ。マナミ様って、物凄く変わっていらっしゃいますね」


 ぽろっと、出てしまった言葉に思わず口を噤んだ。なんてことだ。国賓級の方に、そんな、友人のような言い方でそんなことを言うなんて。

 

「す、すみません失礼なことを、」

「いえ。よく言われますし。それに……」



「そんな風に畏まる必要なんてありませんよ。私は別に王族でも貴族でもないんですから」



 この国の人達が、ただの小娘によくしてくださるだけです。

 そんな風に言う彼女の顔を、私はもう一度よく見た。ああ、何故気づかなかったのだろう。


「……そんなことをおっしゃるのも、マナミ様だけです」


 そうか、見えていなかったのは、私の方なのだ。

 彼女は"あの人"じゃない。"今までの聖女様たち"でもなければ、"イチジョウ様"でもない。

 マナミ様はマナミ様であって、それ以外の人にはなり得ない。例えそこにどんな理由があったって。


 誰にどんな名前を宛がおうと、その人自体が変わってしまうわけではない。


 そんなの、当たり前のことなのに……。


「私のせいで申し訳ありませんでした」

「そんなこと。私だって初日に井戸の使い方が分からなくて何度も同じことを聞いてしまって。それなのに何度も根気よく教えてくださって助かりました。これは、あの時のお礼だとでも思ってください」

「……勿体ないお言葉です。けれど、私は当然のことをしたまでですので、」

「それなら私も当然のことをしたまでです」


 にっこりと笑う彼女は、きっと心の底からそう思っているのだろう。それは分かる。昔から人の感情には敏感だから。


 甲高い笑い声も、誰かの怒声も、泣き声も、今はもう聞こえない。

 だけどその半分はきっと、聞こえていないだけでそこにある《・・・・・・・・・・・・・・・》。私の耳に聞こえていなくてもそれがなくなったわけでは決してない。

 だけど、それでも。


 私にとっては、それが全て。


「分かりました。それでは、もし何か《・・・》ありましたら、その時は是非私をお頼りください。これは今のお・・・・です」

「――! あは、」


 この国にとって本物の聖女様はきっと正式に国中で謳われたイチジョウ様ただ一人だけなのだろう。

 だけど。


「……分かりました。ありがとうございます、ジュエリーさん」

「シェリ―です」

「……」


 私にとっては、貴方が初めての聖女様なんです。

○ドジっ子メイド

 シェリー・コットン

 壊滅的に何も出来ない天然ドジっ子。そこそこの家のご令嬢だが、このままではどこにもお嫁に行けないと、花嫁修業として奉公に出された。

 お見合い話が出ても最初の顔合わせでお断りをされること5回目。現在も記録は更新中

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