平和な日常がログアウトしました
私の家には古い井戸なんてない。そもそも神社じゃない。
テストで0点取り続けて悲惨な未来を変えるためにやってきた猫型ロボットなんかに会ったことはない。高校初日に宇宙人未来人超能力者を探している発言をした友人なんかいない。理科室で転んでクルミみたいなのを腕に当てて数字が現れてなんかいない。
ペットのクワガタにチョップなんてしないし、七つの玉を集めて龍に願い事なんか言わないし、喋る猫を追いかけたこともなければ、電車にも大型トラックにも轢かれたことはない。
私の人生はそれこそ何かの模範みたいな人生だった。
高校二年生現在まで大きな病気怪我はなく、人並みにインフルエンザにかかり一週間かけて薬と根性で直した。事故にあったのは小学生の頃に自転車と自転車で衝突したくらいだったし、好きな人が出来て告白する前に彼女が出来たと聞いて諦めた。
高校は取り敢えず真ん中のところで真ん中の成績を取り続け、運動は中学三年間やっていたバトミントンが人並み以上に出来てそれ以外はできたりできなかったり。
身長は全国平均より二ミリ上。体重は平均をギリギリキープ。見た目は10人並み。四人家族で上には姉が一人。テレビより本が好きで部屋には本や漫画が溢れている。
得意なのはその場の空気を読むこと。苦手なことは人の名前と顔を覚えること。
間普 七瀬、十七歳。苗字が珍しくて読み間違えられることと、名前と苗字が逆だと勘違いされること以外は、至って平凡。凡人の鏡。
私は自分が世界的に平均な人間であることを知っていた。
だからこそ、だからこそだ。まさかこんな常人の模範みたいな自分がこんな目に合うなんて、小学生の頃に書いた将来の夢が叶うこと以上にありえないと思っていた。因みに小学生の卒業文集で書いたかつての夢は弁護士だったなので、既に叶う見込みはない。
「え、ここどこ……?」
何かよく分かんないけど異世界に飛ばされて、聖女様とか言われた。そんでこの国にいてくれるだけで良いです! とか言われて、心配しなくてもそのうち帰れますからとか言われて気がついたらこの世界にやってきて早三日。何故か私の周りには色んな人がいて、しかもそれがなんか凄いイケメンばかりで、その皆が口々に私のことを素敵だとか言う。
これ、なんていう恋愛シュミレーションゲームのイベント?
「マナミさん、私は貴方ほどの素敵な女性には出会ったことがありません」
「もっと周りをよく見た方が良いのでは? あちらのメイドさんの方がずっと美人ですけど」
「こちらの宝石、貴方の瞳と同じだと思った時にはこの手に取ってしまいました。受け取ってください」
「私の目は一般的な黒目だと思うんですけど、それがどうしたらこんなサファイヤに……?」
「今度我が家主催のお茶かいが開かれまして、そこでマナミさんを家族にご紹介したいのですが」
「出会って数日の知り合いをご家族に紹介したら皆さん戸惑われませんか」
「この前新しくできたお店がありまして、是非一度ご一緒しませんか。初デートに適した場所でして」
「え、あの、失礼ですが、貴方とは初対面ですよね……?」
「こちら超一流の人気デザイナーに特注で作らせた一点ものでして、是非こちらを着た貴方とダンスを踊りたく用意させていただきました」
「いや、私盆踊りとソーラン節しか踊れないので……。それにドレス着れませんし」
うん? 乙女ゲームってなんか……こんな感じじゃないな。やったことないから分からないけど、確か好感度とかがあったはず。なんか攻略対象? のキャラクターたちと色々な話をして徐々に好感度を上げていく……とかだった気がするけど覚えてないや。
覚えてないけど、少なくともログインして数日で全員好感度マックスで攻略終了みたいなクソゲーではなかったはず。そんなん誰がやるんだよ。現実舐めすぎ。いや、今実際に私の身に起きてる現実がそんな状態なんだけどね。
何これ、私記憶ないけどもしかして二周目イージーモードでプレイしてるの? 無双中なの?
「つ、疲れた……!」
与えれた部屋のベッドに倒れ込んで、お付きの女中さんたちを皆下がらせて、私は大きく溜め息を吐いた。
何、何、何なのあれ? 私と言う、つまり異世界からやってきたという聖女と言う存在が国にとって特別なのは分かるけど、だから周りの人が私に取り入りたいのは分かるけど、だからって加減ってものがあるでしょ? それともこの世界には順序ってものが存在しないの? 大人の階段は全てエスカレーター方式なの? 一生懸命一段一段登っている人間をエレベーターに放り込む、それが異世界のやり方かー?!
「はぁ……第一、どんな言葉も、心が籠もってないんじゃあ嬉しくないよ……」
私はちゃんと気づいていた。私を好きだという彼らの、目の中に宿る光を。
それがなんなのかは分からない。だけどあれは多分、聖女に取り入って~とかそういう類のものじゃない。少なくとも好意なんてない。いや、寧ろ、私と目が合っていない時の彼らが私を見つめるその視線は……。
うん、どう考えても好きな女の子に向けるものではないよね。
多分何かがこの国にはある。多分
「私は普通の女子高生なんですけど……」
巻き込まないでほしい。
そう溜め息をついた私は気付いていなかった。この国で起きたこと。今の現状。私の立ち位置。この時私の部屋の扉の外にいた人のこと。私が見上げる天上で、私の台詞に息を飲む音が聞こえていたということ。
そう、何もかも。全部。
○主人公
間普 七瀬
よく七瀬真奈美だと勘違いされる。女子でも男子でも呼ばれる名前は大体マナミ、もしくはナミ。まず苗字をちゃんと読んで貰えない。ゲームは音ゲーとパズルゲーしかやらない。