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二百六十三 これから

 翌日、クイト達はネーダロス卿を連れて帝都に帰るという。


「個人的には、もう少しここを見て回りたいんだけどねえ。爺さんをあのまま放っておくのも、寝覚めが悪いしさ」


 朝食の席に下りてきたクイトは、薄く笑みながら言った。今はインテリヤクザ様がネーダロス卿に付いているという。


「ネーダロス卿、具合はどう?」

「なんかさあ、すっかり気落ちしちゃって、ボケる一歩手前って感じ?」

「……そんなに?」

「うん。よっぽど『帰れない』ってのが、響いたみたいなんだ……」


 朝食の席が、しんと静まりかえった。この場で事情を知らないのは、フローネルだけだが、彼女にとって「帰れない」というワードはかなり刺さるものらしい。何も言わずとも、ネーダロス卿の落ち込みに共感しているようだ。


「よほど故郷に思いを残しておいでなのだろう。辛いな」

「そう……だね……」


 同じ転生者でも、前世は様々だ。ネーダロス卿が帰りたい理由は、ティザーベルには推測すら出来ない。


 朝食の後、地上に向かうまで少し時間があるので、セロアと二人でホテルの庭を散歩する。


「ネーダロス卿、そんなに日本に未練を残してたんだね……」


 ぽつりとこぼすセロアに、ティザーベルは思い切って聞いてみた。


「あんたはどう? 私より、前世に関する記憶ははっきりしてるんでしょ?」

「うーん。そりゃはっきり憶えているけど、こっちでの生活で感情的な部分は上書きされてる感じかなあ。両親とか、兄弟とか、友達とか、置いて来ちゃったのは寂しいけど、その分こっちでも大事な人が出来てきているし」

「そっか……」

「あんたは?」

「私の場合、前世を憶えてるって言っても、かなり虫食い状態だしね。何せ、名前もろくに覚えていないくらいだもん」


 ティザーベルの前世の記憶は、かなり欠けが多い。それはセロアも最初から聞いていたので知っている。名前も覚えていないというのも割と早い内に聞いた情報だ。


「ま、こういうのは人それぞれだからねえ」

「だねえ。今度マレジアにも聞いて見ようっと」

「ああ、向こうで会ったっていう、お仲間のお婆さん?」

「うん、ちょっとイェーサに似てるかも」

「何それ? 見てみたい!」




 一通り歩いて話したおかげか、大分胸のモヤモヤは晴れた気がする。


「ねえ、これ、帝都に持って帰っていいかな?」

「いいけど、他の人に見つからないようにね。出所聞かれて困るの、あんただよ?」

「そこはほら、冒険者の友達にもらったって言うから」

「鬼か!」


 それでは、こちらが困る事になるではないか。怒るティザーベルを余所に、セロアは更なる要求をしてきた。


「ねえねえ、私の移動倉庫はー? 作ってくれるって約束だったよねー?」


 しまった、すっかり忘れていた。地下都市発見からのあれこれは、さすがに他の事を忘れるだけ濃いものだったのだ。


「……そーだっけー?」

「約束したよ! 今ちょうだいすぐちょうだい! この服持って帰るんだから」


 こうなったセロアは手に負えない。仕方なく、ティザーベルは真実を口にする。


「ネーダロス卿からの依頼でそれどころじゃなくて、作ってねーわ」

「じゃあ、あんたのに入れさせて」

「了解」


 タダで服が作れると聞いて、セロアは山のように注文をしたのだ。服だけでなく靴や小物、下着も含まれるので、実は彼女の荷物は隣の部屋に全て置いてある。確かにあの量では、移動倉庫が欲しいだろう。


「帝都に戻ったら、なるべく早く作ってね?」


 笑顔のセロアは、目だけ笑っていない。


「そんなに欲しいか? 移動倉庫」

「そんなに欲しいよ? 移動倉庫。あれの便利さは、作ったあんたが一番よく知ってるんじゃないの?」


 確かに。ぐうの音も出ない程の正論を言われて、ティザーベルはとうとう降参した。


 手持ちの素材で足りない部分は、都市に来て作ってもいい。さすがにこれだけの都市を造る技術だ、空間をいじる事などお手の物のようだ。




 セロアの山のような荷物を移動倉庫にしまい、ホテルのロビーに向かう。既に全員集合していて、ティザーベル達が最後だった。


「遅くなってごめん」

「いや、大丈夫」


 クイトの前には、車椅子姿のネーダロス卿の姿がある。俯いて座る様子からは、以前の怪物じみた雰囲気は感じられない。


 人は、ほんの数日でここまで変わるものなのか。


 ――望みを絶たれた事が、そんなにも辛かったのかな……


「こんな車椅子、あったっけ?」

「私が作ったの。ちょっと乗り心地は悪いけど、その分地上の素材だけで作ってるから」

「そうなんだ、ありがとう」

「どういたしまして」


 地上に地下の技術を持ち込む訳にはいかない。特に帝国には。下手に魔法技術が発達した国だから、向こうの大陸のように迫害するのではなく、取り込んで利用しようとするだろう。


 そうなったら、ティザーベルは二度と帝国に帰る事は出来ない。


 ――別に、それはそれでいいのかもしれないけど。


 ちらりとこの場にいる皆を見る。ヤードとレモ、フローネルは一緒に来てくれるだろうけれど、他の人達は無理だ。


 それに、帝都に戻れば友達や顔なじみもいる。ザミやシャキトゼリナは元気だろうか。イェーサにも、長く部屋を開けた事を謝罪しなくては。


 部屋の方は、引き続き借りられるよう手配してくれるという事だったけれど、まだ有効なのかも知りたい。


 何はともあれ、これで本当に帝都に戻る事になるのだ。




 船の旅は順調で、来た時同様あっという間に帝都に到着した。


「船着き場で、また別の船にそのまま乗り込むなんてね……」

「まずはネーダロス卿を隠居所まで送り届けないと」

「だよね……」


 それに、フローネルの問題がある。肝心のネーダロス卿が意気消沈しているけれど、その問題を引き継ぐのはなんとクイトなんだとか。


 その辺りも話を詰める必要があるので、全員で隠居所へ向かう。ネーダロス卿は、車椅子の上で始終無言だ。まるで話す事を忘れたように思える。


 この場にいる誰もが気にしているけれど、誰も何も言えない。どんな言葉も、今のネーダロス卿には届かないと知っているからだ。


 帝都内の水路を行く船も特に問題もなく進み、ネーダロス卿の隠居所に到着する。ここの船着き場は狭いので、ネーダロス卿は車椅子ごと船から直接魔法で玄関先まで運んだ。


「こういう時、魔法って便利だって思うよなあ」

「本当にね」


 そんな事をクイトと言いつつ、隠居所に入る。玄関まで出迎えに来た使用人は、ネーダロス卿の姿を見て驚いていた。


「まあまあ、大旦那様。これは一体、どうした事です?」

「うーん、まあ、ちょっと、本人的に辛いことがあってさ」

「そんな……」


 おろおろする年配の女性使用人を相手に、クイトが何とか誤魔化す。車椅子の汚れを玄関先で落とし、ネーダロス卿は車椅子のまま玄関を上がった。ここでも魔法が大活躍だ。


 船着き場でも玄関でも、魔法を使ったのはクイトである。彼はそう見えないが、帝国魔法士のエリート集団である魔法士部隊に所属しているのだ。


 女性使用人と共に、インテリヤクザ様がネーダロス卿を彼の寝室まで連れて行く事になり、残された面々はクイト主導でいつもの大広間に向かう。


「さて、まさか爺さんがあんな事になるとは思わなかったけど、今回の経験はいい財産になったと思ってる。それと、来る途中でも言ったけど、フローネルさんの問題は俺が引き継ぐから、安心して。大手を振って帝都を歩けるようになるまでは、彼女達と一緒にここにいてもらう事になるけど」

「え? 私も?」

「当たり前でしょ? 君は言わばフローネルさんの身元保証人なんだから」


 そう言われては、嫌だと言う訳にもいかない。


「じゃあ、セロアも一緒で!」

「うえええ!? 何で私!?」

「道連れ」

「鬼いいいい!」


 仕事があ! と騒いでいるが、幸いここには彼女の一番上の上司に当たるギルド統括長官インテリヤクザ様ことメラック子爵がいる。


「クイト、後でよろしく」

「任されたー」

「任されるなー!!」


 具体的に「何を」よろしくと頼んだのか、わかっているのかいないのか。ともかく、これでしばらくこの隠居所での生活が決定した。


 いつになったら下宿屋へ帰れるのか。ティザーベルは晴れ渡った外を眺めつつ、今後の事に思いをはせた。

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