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二百四十九 開始

 その日、ヴァリカーン聖国東の周辺諸国と時を同じくして、聖都でも騒動が起こった。


「一体何事だ!?」


 いつも通り大聖堂で朝の祈りを済ませたヨファザス枢機卿は、表から聞こえてくる騒ぎに青筋を立てている。教皇が好む静寂が破られるなど、この大聖堂ではあってはならない事だというのに。


 いらつく枢機卿の下に、ようやく調べに向かわせた部下が戻った。


「も、申し上げます! 東の諸国が一斉に軍を我が国に進めてきました!」

「何だと!? 一方的な侵略か……おのれ……」

「そ、それと」

「まだあるのか!?」

「せ、聖都にも、武装集団が」

「何!?」


 表の騒動は、主にその武装集団が起こしているという。ただ、彼等は民衆には手を出さないが、ヨファザス枢機卿とサフー主教、それと大聖堂の周辺を手当たり次第に破壊して回っているという。


「何!? 私とサフーの屋敷を!?」

「は、はい。他にもいくつか教会関連の施設を壊して回っているようですが、特にお二方のお屋敷が狙われているようで――」

「こうしてはおられん!」


 ヨファザス枢機卿は、部下の報告も早々に部屋を飛び出した。彼の屋敷には、人目に触れさせてはならないものが多くある。


 何より、長年かけて集めた「収集品」がある。他人に見つかりでもしたら、大問題だ。


 大聖堂の長い廊下を、枢機卿は周囲も憚らずに走る。痩身とはいえ、普段運動など殆どしない彼は、ほんの少し走っただけでも息が上がっていた。喉の奥が焼け付くようだ。それでも、急がなくてはならない。


 目の前に迫った角を曲がり、そのまま直進すれば上位聖職者用の出入り口がある。ヨファザス枢機卿はそこを目指していたのだが、角の向こうから見知った人物が歩いてくる。


 ヨファザスの敵、ヒベクス枢機卿だ。


「おや、何をそんなに慌てておられるのかな? ヨファザス枢機卿」

「お、表が何やら騒がしいようなのでな。教皇聖下を煩わせてはいかん。騒ぎを抑えに行こうと――」

「その必要はない」


 ヒベクスは、ヨファザスの言葉を遮って一歩前に出た。


「ヨファザス枢機卿、あなたを幼児虐待並びに殺害の容疑で捕縛します」

「な!」

「証拠なら、あなたの屋敷から大勢救出されましたよ。生き証人がね。それと、酷い状態にされた子供達も」

「そ……」


 ヨファザス枢機卿は、もはや反論すら出来ないでいる。痩身がさらに薄くなった印象だ。


 今にも倒れそうな彼に対し、ヒベクス枢機卿は追撃の手を緩めない。


「それと、彼女達からの告発で、今まで多くの孤児を殺してきた事も判明しています。そこで生き残った者達が、どこへ送られているかも」


 ついに、ヨファザス枢機卿はおかしな声を上げてその場に倒れ込んだ。その姿を見下ろしながら、ヒベクス枢機卿が吐き捨てる。


「クズが」


 彼をよく知る人間なら、現在のヒベクス枢機卿を見て驚いた事だろう。それくらい、普段の彼からはほど遠い、文字通りゴミクズを見るような目でヨファザスを見下ろしていた。



 ◆◆◆◆



 ヒベクス枢機卿と共に大聖堂に入ったティザーベルは、表の騒動とは全く違う、静寂に包まれた空間にある種の驚きを感じていた。


 壁に使っている石材の厚みがあるせいで、外の騒動が届きにくいという構造になっているだけなのかもしれないけれど、ここには確かに静寂と共に神聖さが漂っている。


「……人造の神を崇めるようなものだと思っていたけどな」

「そうかね?」


 前を歩くヒベクスが、苦笑交じりに聞いてきた。


「悪かったわ。あなた達の信仰を否定する気はなかったの。ただ……」


 どうしても、自然発生の宗教とは思えないのだ。誰が持ち込んだものかが、わかっているからというのもある。


 大聖堂という名の通り、ここは本当に大きな建物のようだ。大聖堂は表側の誰でも入れる部分とは別に、奥院と呼ばれる限られた人間しか入れない区域がある。


 これからティザーベル達が入るのは、その奥院だ。警備が厳しいのかと警戒していたが、すんなりと通れた。


「警備がザル過ぎない?」

「いや、普段は聖堂騎士に護られているのだが……おかしい、何故一人もいないんだ?」


 ヒベクス枢機卿も、一戦交える覚悟でここまで来たようで、敵の姿がない事に動揺している。


 ティザーベルは、大聖堂に入ってからずっと魔力の糸による探索を続けているけれど、この奥院には現在彼女達以外に人がいない。奥の奥まで探った結果だ。


「さっきから魔法で探索してるけど、人はいないよ?」

「本当か? やはり、おかしい……」


 この期に及んで、教皇が周囲の者達と共に逃げ出したのだろうか。


 ――いや、それはないか。


 大聖堂周辺は、マレジアの隠れ里の連中で囲んでいる。外に出たら連絡があるはずだ。


 そこまで考えて、教皇スミスが逃げ込む先がもう一つある事に思い至った。


「二番都市……」

「地下か?」


 同行しているヤードの問いに、ティザーベルは無言で頷く。ヒベクスにも地下都市の事は教えてあるし、何よりこの計画を立てた場所は一番都市だ。


 三人で顔を見合わせ、黙り込む。


「二番都市は、現在も稼働中という事だったな?」

「ええ。しかも、都市の主がスミスになっている可能性が高いそうですよ」

「教皇は、都市の機能を全て使える訳か……」


 ヒベクスが考え込んでいるのを横目で見ながら、ティザーベルは地下の二番都市へ魔力の糸を伸ばしてみる。


 地下都市はその性質上、外部からの魔法攻撃に対する備えをしている。だが、単純な魔力の塊である糸にまで、反応するかどうかは、支援型達にも判別がつかないそうだ。


 なので、試してみた。魔力の糸も、都市を複数再起動させた影響かより細くしなやかに使う事が出来る。


 大聖堂の床をすり抜け、下の大地を潜り、さらに下へ。この時点で、下方からの膨大な魔力を感じる。


 それと同時に、その魔力が歪な事もわかった。


 ――何だこれ?


 下からの魔力を歪と感じ取ったのも、他の都市を再起動させた経験からだ。各都市の動力炉はそれぞれ個性があるけれど、どれも一定のリズムを刻んでいる。


 だが、下から感じる魔力は、所々でリズムが微妙に崩れているのだ。微妙過ぎるからこそ、かえって不快に感じる。


「大丈夫か?」


 探索に集中していたら、隣のヤードが声をかけてきた。ちらりと横目で見ると、心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫だよ。そんなに具合悪そうに見える?」

「眉間に皺を寄せて、苦しそうにしているぞ」


 集中しすぎていたらしい。しかも、不快なリズムを刻む魔力を感じ取っていた事で、知らず知らずにストレスを感じていたようだ。


「辛いようなら、中断した方がいいのではないか?」


 ヒベクス枢機卿までそんな事を言い出す。重ねて大丈夫と口にしようとしたが、その言葉は彼女の口から出てくる事はなかった。


「な!」

「地震!?」


 大聖堂の床が、揺れている。地の底から振動が魔力の糸を通して伝わってきた。


 一瞬、都市の機能を使った擬似的な地震かと思ったが、違うらしい。この揺れに魔力は感じられない。


 では、本当にただの地震なのだろうか。それにしては、揺れている時間が長いのが気になる。


 ともあれ、今はこの揺れに対する対処をしなくては。


「揺れが、おさまった?」


 ヤードにしがみついているヒベクスが、呆然としつつ呟いた。


「いえ、結界を張って、それごと床から持ち上げているんです。揺れはまだ続いています。ひとまず、これで安全は確保出来るかと」


 ティザーベルの言葉を聞いて、ヤードがそっとヒベクスを押しやっているのが見える。


 それにしても、揺れの時間が長過ぎる。これはやはり、普通の地震ではないのだろうか。


「奥へ行こう」


 そう言い出したのは、ヒベクス枢機卿だ。


「今なら人もいない。この揺れに乗じて、教皇の命を」


 地震の騒動に紛れて、暗殺してしまおうという事か。元々、ここに来た目的はそれだからいいのだが。


 ティザーベルは浮かせた結界ごと奥へと移動させる。さて、この奥で何が待っているのか。

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