二百四十六 決戦
予告日時まであともう少し。フェーヘルがあった場所には、既に映像が投写されている。
「今更だけど、どうせなら聖都で対戦、って事になれば良かったのに」
「そりゃ無理ってもんだぜ、嬢ちゃん」
「わかってるけどさ」
思わず、愚痴もこぼれようというものだ。それに、実際に聖都で異端管理局とぶつかる事にでもなったら、おそらく教皇との連戦は避けられまい。疲労を蓄積したまま最強の敵と戦うのは、回避すべき事だ。
――現実的ではないのは、わかっちゃいるんだけどね……
それでも出てくるのが愚痴というものだった。
パーラギリアの王都フェーヘルの周辺には、多くの小さな村が点在している。農業や牧畜を行うそれらの村は、王都の食料庫でもあった。今回、王族の方からの申し入れもあり、その村も王都同様、一時的に移動させている。
異端管理局がフェーヘルを襲撃するという話は、マレジアからフォーバル司祭や反教皇派の国々に通達済みだ。
あれだけ派手に予告した割には、周辺諸国に情報が出回っていなかったらしく、通達を受けた国々は慌てていたという。無論、フォーバル司祭もだ。
本日、異端管理局とティザーベル達がぶつかる事も併せて通達してあるので、多少の派手さなら問題ないとマレジアは言っていた。
予告時刻まで、あと数分。
「ここで異端管理局を壊滅出来れば、この後が楽になるのだろうか?」
「どうかな。ラスボスの教皇も、多分強敵になってるはずだから」
「らすぼす……? とは?」
ティザーベルの返答に、フローネルは意味がわからず困惑気味だ。言った当人は、フォローする気はないらしい。
教皇がラスボスなら、異端管理局はエリアボスクラスか。それにあそこまで苦しめられたのだから、こちらのレベルが知れるというものだ。
もっとも、ここはゲームのように「強さ」が簡単にわかる世界ではない。それでも、ここに来るまでに出来る限りの手は打ってきた。その事が、ティザーベル達の支えとなっている。
襲撃予告時刻丁度に、彼女達は姿を現した。予想外にも、空を飛んでやってきたのだ。
「有りかよ……」
思わずそんな呟きが漏れる。空を飛ぶ移動方法が使えるなら、馬車よりも楽に移動出来たのに、とこれまでの行程が頭に浮かんだ。
馬車も、かなり手を入れたので、乗り心地はそこらのものより大分いいものなっていたが、それでも空の方が直線距離で移動出来る分、何かと便利だったのに。
ふわりと前方四、五メートルの距離に下りた異端管理局側は、カタリナと以前見た男性、その後ろに中年の男性が二人と、少女という年齢の女性が三人の計七名だ。
一番前に立つカタリナが、腕を組んで言い放った。
「この日を待ちかねたぞ、神敵共。潔く神の裁きを受けるがいい!」
「誰よ、神敵って」
「お前達の事に決まっている! 禁じられた魔法を使い、亜人を連れ、神の教えに背く輩め!」
呆れて言葉も出ない。言い返さないティザーベルに、言い負かしたと思ったのか、カタリナが上機嫌で配下達に命令する。
「さあ、今日この日で神敵を滅殺し、お父様への土産とするのだ!」
その言葉に何も返さず、背後にいた局員が前に出てくる。下卑た笑みを浮かべる中年男性達に比べて、少女達は妙に表情がない。
不意打ちで、片方の男性の手から、衝撃波が放たれた。だが、ティザーベル達も十分仕度はしてきているので、よりパワーアップした結界が敵の攻撃を無効化する。
攻撃が効かない事に怯んだ敵の隙を突き、ヤードとフローネルが切り込んだ。悲鳴を上げる暇すらなく、中年男二人が切られる。
最初に攻撃してきた男は、まず腕を切り落とされた後、返す刃で胴を大きく切られて絶命した。その隣で攻撃準備に入っていた男は、フローネルが喉を一突きしている。
それらを黙って見ているカタリナではない。彼女はまっすぐにティザーベルを目指してきた。
カタリナが伸ばした指先は、ティザーベルの前方五十センチの場所で止まっている。
「結界か。こしゃくな真似を!」
驚いた事に、カタリナはさらに圧力をかけてきた。指先に力を集中させているのか、聞こえないはずの結界がきしむ音まで聞こえてきそうだ。
とはいえ、逆にそこに魔力を集中させておけば、結界が壊される事はない。彼女が攻撃に夢中になっている間に、反撃する事にしよう。
「うぐ!」
まずは小手調べとばかりに、腹部への衝撃波を放つ。防いだが、先程の攻撃へのお返しだ。
向こうは防御用の結界を張っていないらしい。すんなり攻撃が通って少し意外だった。
衝撃で押し返されたカタリナは、獰猛な笑みをこちらに向ける。そのまま、スピードを乗せて再び襲いかかってきた。
カタリナ以外の連中も、それぞれ攻撃してくる。見覚えのある男性はレモと、少女三人はヤードとフローネルが担当している。
その前衛二人に、少女達が攻撃を仕掛けた。といっても、手に持ったハンドベルを鳴らしているだけなのだが。
だが、その音が微妙に歪んで聞こえる。音そのものに魔力を加えて、波形を変えているようだ。
『音波を攻撃にしています。魔力も乗せているので、物理攻撃であり、魔法攻撃でもあるようです』
ティーサから、リアルタイムでの解析結果が脳内に報告された。それと同時に、前衛二人の結界が破壊される。
「嘘!?」
一瞬慌てたが、すぐに結界は張り直された。今回全員が装着している魔法道具には、常時結界を張り続ける機能がある。壊されても、すぐに張り直すよう、術式が組んであるのだ。
とはいえ、あの結界を破壊するとは。少女達の攻撃はまだ続いていて、結界は破壊されては張り直されていく。
援護射撃でもするか構えた時、再び脳内にティーサからの報告が響いた。
『詳細がわかりました。あの攻撃は、三つの音に魔力をかけて歪め、それを重ねる事で威力を上げているようです』
「ありがと!」
ならば、あの三人の一人でも無力化出来れば問題ない。見たところ、向こうの三人も防御用の結界は張っていないらしい。
ティザーベルは、三人の手元へ向けて魔力を弾丸のように放った。それらは全てハンドベルに命中し、持っていた少女達が驚きに目を丸くする。
「どこを見ている!」
ハンドベルを破壊したティザーベルは、よそ見をした罰だとでも言わんばかりにカタリナからの猛攻撃を受けた。
――いや、でも全部結界で阻まれてるって。
だが、そう安心もしていられない。やはり彼女の攻撃はこちらの結界を壊すのが目的のようで、知らぬうちに何度も破壊と張り直しを繰り返していた。
こちらも、目の前の敵に集中しなくてはならないらしい。
◆◆◆◆
ベノーダはカタリナが心配だったが、現状よそ見をしている余裕はなかった。
自分が相対した中年男性は、見た目に反して動きがいい。それに、細かい攻撃をいくつも仕掛けてくるので、いい加減いらだちが収まらない状態だ。
対して、こちらからの聖魔法具を使った攻撃は、相手になんの痛手も与えていないように見える。
いや、実際そうなのだろう。本来なら、今頃全身から血を流して倒れているはずなのに。
――なんておっさんだよ!
ぼやきは内心だけにしておいて、攻撃の手を緩めない。いや、緩められない。
向こうからの手数の多い攻撃を、こちらの攻撃で相殺しているのだ。少しでも手を緩めれば、確実にこちらがやられる。
どうにも決定打を打てないでいるが、それは向こうも同じだ。粘り勝ちさえ出来れば、ベノーダはそう考えていた。
聖魔法具は壊れない。一度起動させてしまえば、制止させるか「主」が死亡するまで機能し続ける。
ベノーダの聖魔法具は、筒状の先から力そのものを固めて射出するものだ。硬い岩どころか、分厚い鋼鉄の盾ですらぶち抜く。
なのに、その攻撃が通らないのだ。相手の攻撃の数が異常な証拠である。何やら丸い物体を放り投げてくるのだが、最初にそれを攻撃で落とした際、破裂したのだ。
おそらく、何かに当たった瞬間、破裂するように仕組まれているのだろう。破裂そのものは、あまり強いとは言えない。けれど、あれを何発も食らう事を考えたら、被害は少なくないだろう。
しかも、敵は放ってくる間隔を時折崩してくる。無意識のうちに次はこのくらいで来ると構えてしまっていたので、それが狂うと追いかけるのにほんの少し時間がかかった。
その隙を、敵は見逃さなかったらしい。いつの間にか、足下に転がってきた丸い物体が、足下で破裂した。
「う!」
白い煙が上がり、吸い込んだ喉の奥が焼ける。毒か!
ベノーダが気づいた時には、もう遅かった。彼の意識は遠のき、目の前まで、敵が歩み寄ってきてる。
彼が最後に見たのは、自分を見下ろす表情のない敵の姿だった。




