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二百二十八 西へ

 暗く広い森を抜けると、一気に視界が広がる。


「おお……」


 なだらかな丘陵が連なる様子に、思わず声が漏れた。フロントガラス越しに見える景色はとても美しい。


 しばらく地下都市の人工的な景観ばかり見ていたせいか、余計にそう感じる。


「さて、目的地は……と」


 目指す三番都市までは、ここからもまだ距離がある。この車で移動しても、どれだけの日数がかかる事やら。


 とりあえず、方向さえ間違わずに進めば何とかなるはずだ。丘陵を縫うようにして、人が作った道が続いている。ここらにも、人が住んでいるらしい。


「道に出たら、運転代わってみる?」


 助手席に座るヤードに提案してみたが、前を向いたままぶっきらぼうに答えてきた。


「……レモの方がいいんじゃないのか?」

「これだけ運転しやすい道の方が、練習には向いてるよ? もっと面倒な道になったら、練習とか言ってられないと思うんだけど?」

「……わかった」


 彼にしては珍しく、渋々といった様子で引き受ける。後部座席のフローネルを伺うと、話題を振られたくないのか、そっぽを向いていた。


 確かに、この二人は運転には向かないのかもしれない。しばらく楽な道で練習させてみて、ダメなようなら諦めよう。


「何とかなるか」

「何か言ったか?」

「何でもない。じゃあ、交代しようか」


 車を止めて、外に出た。森での運転は、思っていた以上に疲労をもたらしていたらしい。体をぐっと伸ばすと、気分がいい。


 回ってきたヤードと交代し、今度は助手席に座る。運転に慣れていない人間の隣は、なかなかスリリングな体験だった。


「そっちじゃない! ああ、木にぶつかる!!」

「ハンドル切って! 湖に落ちるよ!!」

「スピード出しすぎいい!!」


 助手席で、何度怒鳴った事か。再び車を止めてヤードを運転席から下ろす頃には、ティザーベルは運転していた時以上に疲れていた。


「うん、よくわかった。ヤードは運転やめよう」

「そうだな……」

「少し、ここらで休憩していこう。空模様も怪しいし」


 森を抜けてから約三時間。途中村らしきものもみかけたが、素通りしてきた。向こうからこちらが見えたかどうかは知らないが、今のところ不審者として追いかけられている気配はない。


 街道から少しそれたところに、移動倉庫から自前の家を取り出す。代わりに、車を移動倉庫へ。


 家の周囲に結界を張り、四人は中へと入っていった。ちょうど最後のレモが玄関に入る頃、ぽつぽつと雨粒が振ってくる。


「ちょうど良かったな」

「だね。もう、今日はここで泊まろうか」

「いいんじゃねえか? あのくるま、ってやつなら、雨の中でもいけそうだけどよ」

「雨の運転は疲れるし、事故も起こりやすいからね」


 もっとも、ここらで事故を起こすとしたら、野生動物か無謀な馬車くらいだろう。車はティザーベル達が乗っているもの以外はない。




 家の中で熱い風呂に入り、疲れを取る。昼風呂とは、なんとも贅沢な話だ。


「あー……」


 変な声が出るけれど、気にしない。この家の風呂場は大きく作ってあるので、複数人入っても問題なかった。


 その為、フローネルが一緒にいる。


「その……申し訳ない……」


 フローネルの謝罪は、運転を代わろうとしなかった事か。確かに目をそらされたけど、ヤードで懲りたので、今日はもう運転をしてもらうつもりも運転をするつもりもなかった。


「ああ、へーきへーき。運転って、向き不向きがあるから」

「あ、明日は! 頑張ってみる!」

「そんなに肩肘張らなくていいって。苦手なら無理する必要はないからさ」


 一人で運転する事になっても、目的地への到達時間がかかるだけなので、さほどの問題はない。


 都市を再起動させて戻るまで、マレジアが現状維持をしてくれるはずだ。地上にマレジアやティザーベル達がいなければ、教皇庁とて動けまい。


 唯一心配なのは、この隙にヤランクス達が活動を活発化させないかという点だが、そちらもマレジアが対処してくれるという。


 どうやるのか、具体的な話はしてくれなかったが、悪い顔をしていたのでろくでもない方法を取るのではないだろうか。


 どうせ相手はヤランクス達だ。今まで散々罪もない亜人達を苦しめたのだから、多少痛い目をみたところで問題あるまい。


 風呂上がりには、冷たい飲み物片手に地図とにらめっこをする。こういう時、支援型がいない事に不便さを感じるようになった。彼女達がいれば、空間投写の技術で地図を見る事が出来るのに。


 それでも、支援型が用意してくれた地図は見やすい。


「ここがあの森で、記録から割り出した距離がこの辺り……現在地点がここだね」


 地図は複数にわかれていて、今広げているのは縮尺が小さめの地図だ。聖国西側全体の、縮尺が大きい地図は別で受け取っている。


 目の前にある地図に、現在地をペンでマークした。


「初日だから、ちょっと距離が稼げていないね」

「明日からは、もうちょい急ぐかい?」

「うーん。とりあえず、ヤードは運転からは外して、明日はネルの運転を見ようと思うんだ。結果次第で、三人で回すか、二人で回すか、私一人かに決めようと思う」

「嬢ちゃん一人で大丈夫かよ?」

「うーん。休憩回数を多く取れば何とかなる……かな」


 正直、前世でも長距離運転はした事がない。せいぜい旅行の時に高速を三時間程走る程度だったのだ。


「やっぱり負担になってるんじゃねえか」

「そうは言ってもね。大体、馬車よりは確実に距離稼げるんだから、問題はないんだよ」


 馬車の最高速度が約時速三十キロ程度だというから、車で出せる速度の半分にも満たない。これは車体の構造や車輪そのものの問題もあるから、あまり速度を上げられないようだ。


「車は馬車の二倍以上、一日に走れるんだもん。それを考えたら、多少の休憩くらい」

「そうは言うけどよお」

「正直、運転向いていない人に命預ける方が、体には悪いから」


 ぴしゃりと言ってのけると、ヤードの「うぐ」という声がどこかから聞こえた気がした。


 ともあれ、レモもようやく引き下がったので、明日以降にこの問題は持ち越しとなる。


「さあ、お腹空いたから、そろそろお昼にしよう」


 朝早めに都市を出立したからか、森の中の運転に気を遣いすぎたからか、はたまたその後のヤードの運転で神経をすり減らしたからか、大分空腹を感じる。


 昼食とするには少し早めだけれど、移動倉庫から料理を取り出す。地下都市で、出立前に数多くの料理を移動倉庫に入れてきたのだ。出来たてをそのまま入れてあるので、温かいままである。


 メニューに関しては、栄養面と精神面を考慮したメニュー表を支援型達が作ってくれたので、それに従って出した。


 ちなみに、今日の昼食メニューはキッシュと温野菜、鶏肉とジャガイモのローストだ。


「うん、このキッシュおいしい」

「確かにうまい」

「こりゃどこの料理だ?」

「優しい味だ」


 仲間にも好評らしい。ちなみに、地下都市で出される料理は全て調理機械で作られており、レシピを登録すればどんな料理にも対応出来るそうだ。そのうち、帝国でよく食べていた料理も登録したい。


 その為には、レシピを手に入れる必要があるのだが、店や屋台側が簡単にくれるとも思えない。どうしたものか。




 雨は翌日も続いた。


「やむまでここにとどまろう」

「そうだな」


 窓から外を眺めながら、レモと決める。雨の中の運転は危険度が増すし、何よりここらの街道は舗装されていない。雨が降れば途端にぬかるみと化す。そんな中を走るのは、神経も使うしやめておこうという、ティザーベル達の意見だった。


 運転ローテーションから早々に外されたヤードと、ローテーションに入れるかどうか未知数のフローネルに発言権はない。


 そうして雨は翌早朝に上がった。やれやれ、これで出発できると安心したティザーベルの耳に、レモの緊張した声が届く。


「嬢ちゃん、囲まれてるぜ」


 慌てて窓に近寄り外を見ると、レモの言う通り、武装集団が家を取り囲んでいた。

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