二百八 フラグが立った?
口頭での説明に加え、ティザーベルが「見た」光景を全て映像としてみんなに見せた。
「こりゃまた……」
「あれが敵か」
「なんと言う……」
三者三様の反応だ。映像には大演武会だけでなく、その後のあれこれも全て写っている。
特にフローネルはヨファザス枢機卿の段で顔をしかめていた。
「あれは、よくない事を考えている顔だ」
全くの当てずっぽうだというのに、いい線をいっている辺り、彼女の勘はかなり鋭いのではなかろうか。
――勘の良さもエルフの特徴とか、言わないよね?
自分のバカな考えを振り払うように、ティザーベルは咳払いをした。
「これはほんの一部。多分、私が見る事が出来たのは表の部分だけで、重要なのはその裏にあるんだと思う」
「まあ、そうだろうよ。やべえもんは隠すってえのは、どこの国でも同じだ」
「隠すとして、一体どこへ?」
ヤードの質問に、支援型が投写してくれた聖都の地上の地図の一点を指す。
「多分、大聖堂の奥」
聖都の北、実に旧市街区域の三分の一の敷地面積を誇る場所。大聖堂を一言で言い表しているけれど、いくつかの建物が同一の敷地の存在している。それら全てを合わせて「大聖堂」と呼ぶそうだ。
「この一番奥にいるらしいよ」
「突破すんのが面倒そうだなあ、おい」
レモが苦い顔で言う。確かに、奥まで行き着くまでに、いくつもの建物を通らなくてはならない。建物を通らずに行こうとすると、大きく迂回する必要がある。どのみち面倒そうだ。
「まあ、実際にここまで行くかどうかはわからないけど」
「どういう事だ?」
ヤードが怪訝な顔をして聞いてくる。
「私に依頼されている内容は、異端管理局と対する事なんだよね。で、管理局の連中はこんな奥にはいない。もっと手前。何なら、街中で事に至るかもね」
教皇暗殺は、教会内部の反教皇派の連中がやるだろう。確実に教皇の息の根を止めなければならないし、そうなると部外者に依頼するよりも、お膳立てだけ頼んで実行は自分達でやった方が確実だ。
もっとも、普段から戦闘になれていない聖職者達に暗殺を遂行出来るかどうかは謎だが。それはこちらが考える事ではない。
「まあ、管理局の実力にしても、今回見られたのは一部分だけだから、ぶっつけ本番になりそうだけどね」
「……いけるのか?」
眉間に皺を寄せたヤードに言われて、思わず苦笑を返す。
「まあ、何とかするよ」
行き当たりばったりだけれど、これまでもそうして生きてきた。管理局の実力を測れる場が他にない以上、今まで通りでいくしかあるまい。
聖都の下見を終えた後は、待機時間だ。それぞれが次に備えて準備している。
そんな中、ティザーベルはのんびりと過ごしていた。
「そろそろ出来たかな?」
「設計は出来上がったそうよ。後は意匠ね」
ティザーベルと会話しているのは、姿を現しているパスティカだ。彼女以外の支援型は、全員自分の都市の世話に向かっている。
十二番都市の支援型はヤパノアなので、本来なら彼女がここにいるべきなのだが、ティザーベルと一番付き合いが長いパスティカが側についている事になったらしい。
彼女の都市は五番都市で、帝国の東、ラザトークスの側にある大森林の地下にある。
「意匠って……そんなに凝る事ないよ」
「何言ってるのよ! 魔導具の意匠は大事なのよ!? それを見れば、どの都市産なのかわかるようにしてあるんだから」
「マジで?」
初耳だ。そして、彼女達支援型は魔法道具を「魔導具」と呼ぶ。この辺りのずれは、さすがは六千年というところか。
「ちなみに、今回の魔導具はティーサ姉様が気合い入れて設計したから!」
「そこまでするような物だったっけ?」
「気分よ気分」
相変わらず調子のいい支援型だ。彼女達にはそれぞれ特徴があって、ティーサは万能型、パスティカは攻撃型、ヤパノアは文字通り支援型、七番都市の支援型であるレニルは幻惑系が得意だという。
都市の運営を支援する為に作られたはずの支援型なのに、何故こうも戦闘を見越した能力が付加されているのか。
「それは秘密。まだ教えられないわ」
「って事は、支援型本人は知ってるんだ?」
「ええ」
なら、大体予想がつく。都市同士の戦争を想定したか、あるいは地下の都市対地上の都市の戦争を想定したか。おそらく後者だろう。今側にいる四体だけでも、揃えた方が連携を取りやすく作られている。
ティーサは司令塔、先頭切って切り込むのがパスティカ、レニルが幻惑で敵を惑わし、ヤパノアは全体を支える。
これにまだ再起動させていない都市の支援型を加えれば、足りない能力はなくなるのではないか。
――それもあって、マレジアは都市の再起動を急かしたのか……
やっぱり食えない婆さんだ。マレジアとスミスは、六千年越しのいがみ合いを続けているようなものと言える。それに巻き込まれたこちらがいい迷惑だけれど、そこはそれ。こちらの都合もあるのだ。
支援型に発注した魔法道具が間に合いそうだし、少しは先が明るく感じられた。
夕食だけは、全員で必ず取るようにしている。その日の夕食時、ティザーベルが提供した話題は例の結界を張れる魔法道具だ。
「近々、みんなに渡すものが出来上がるよ」
「何だ? 急に」
レモがきょとんとした顔で聞いてくる。ヤードやフローネルも、似たようなものだ。
「前から考えていたんだけどね、都市の機能を使えば楽に作れるかなーと思って」
「何を?」
「私が側にいなくても、いつもの結界を張れる道具」
これに反応したのは、ヤードとレモの二人だ。フローネルは今ひとつわからないようで、ぽかんとしている。
「おいおいおい、そんなもん作って大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が?」
レモの質問の意図がわからず聞き返すと、彼は眉間に深い皺を寄せた。
「またご隠居にあれこれ言われるぞ? 下手すりゃ取り上げられるかもな」
「だったら、教えなきゃいいじゃん」
ティザーベルの返答に、レモは驚いている。何故そこまで驚くのか。
ネーダロス卿とは、依頼主と冒険者という関係性しかない。そんな相手に、一から十まで全てを話す必要はないのではないか。
だが、ティザーベルのこの考えは、レモには不思議なものに感じられるらしい。
「……たまに、嬢ちゃんはどこか別の世界の人間のように思えるよ」
「半分は当たってると思うよ?」
「ああ……そうだったな……」
前世の記憶があるという事は、今の世界とは違う価値観を持っているという事でもある。
――でも、それを言ったらネーダロス卿だって同じなのに。まあ、向こうは身分があるから、ごり押しも出来るしやるんだろうけど。
いざとなったら、帝国を捨てる事も考えなくてはならない。セロア達に会えなくなるのは寂しいけれど、守るべき家族がいないというのは身軽でいい。
帝国自体にそこまで恩義も感じないし、故郷のラザトークスに関しては恩義どころか恨みしかない。
――あれ? おかしい。これ、私が帝国捨てるフラグじゃね?
研究実験都市にこもっていれば、生活には困らない。衣食住は事足りるし、娯楽もそうだ。唯一魔物討伐が出来ないけれど、あれだって趣味ではなく生活の糧を得る為のものなので、他で代替出来るのなら別に出来なくてもいい。
考えれば考える程、故国へ帰る理由が薄くなっていった。
いっそセロアも巻き込んで、研究実験都市のどこかで暮らそうか。人恋しくなったら、地上のどこかの街に行けばいい。
大分堕落した生活になりそうだけれど、危険がなく生活の保障もされているというのは魅力だ。
半分本気になりかけていたが、フローネルの言葉で現実に戻される。
「先ほど見た……スンザーナ……だったか? 彼女は大丈夫なんだろうか?」
「え? 何が?」
「自国で、獣人を保護しているのだろう? 教会に目をつけられるのではないか?」
確かに、彼女と同じ事を考えた事もある。だが、あの時のヨファザス枢機卿の言葉があるように、おそらく教会にとって彼女の国、シーリザニアは利用価値があるのだ。そうである以上、スンザーナ王女殿下の命も、安泰だろう。
問題は、利用価値がなくなった時だった。その時こそ、彼女と彼女の国は危険にさらされるだろう。
今はまだ、大丈夫のはずだ。




