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二百五 廊下での一幕

 スンザーナ殿下との話しも終わり、枢機卿の部屋を出る。


「では、また会いましょう」

「はい」


 会話は殆どノリヤに任せた。殿下との会話の殆どを担ってくれたのも、彼女だ。内容が内容だから、外部の協力者という立場のティザーベルではわからないものが多すぎた。


 ともかく、これで対外的に「スンザーナ王女殿下は修女ノリヤの知り合いである」という体裁が整う。この先、二人が何かで一緒にいる場面を見られても、言い逃れが出来るというものだ。


 これで今度こそ宿舎に帰れると思ったのもつかの間、再び枢機卿が目の前に現れた。


「おお、修女ノリヤ。殿下との歓談は終わったのか?」

「は、はい。猊下の寛大なご配慮に感謝申し上げます」

「何、構わぬよ。スンザーナ王女殿下はシーリザニアの第一王女であらせられる。女性故王位は継げぬが、父君である国王陛下や兄の王太子殿下とも親密な方だ。私の立場としても、無下には出来んよ」


 そう言った枢機卿の目は笑っていない。そして、最後に小さく「生意気な女だが、利用価値はある」と呟いた。


「はい? 何か仰いましたか?」

「いや、何も。ノリヤはこれで教区に帰るのかね?」

「いえ。司祭様のご厚意により、しばらく聖都にとどまる事が決定しております。このまま、宿舎に戻ろうかと」

「ほう。聖都に逗留……」


 何だろう。先程の呟きといい、今の視線といい。どうにもこの枢機卿には含むところがありそうだ。


「確か、君の教区にも孤児院があったね?」

「ええ。親を亡くしたり捨てられたりした子供達の面倒を見ております」

「そうか……何人か、聖都に行儀見習いに出すといい。幼いうちからならしておけば、後々本人の為になる」

「そう……ですね。心にとめておきます」


 資料によれば、ヨファザス枢機卿は重度の小児性愛者だという。それだけでも唾棄すべき存在にしか思えないが、加えて彼は嗜虐趣味もあるという。


 行儀見習いの名目で地方の孤児院から子供を集めては、自身の屋敷の地下で夜な夜な享楽に耽っているそうだ。


 そんな男が、教会組織の上層部にいるとは。クリール教滅ぶべし。


 ――とはいえ、そんなクズばっかりじゃないってのも、悩ましいところよねえ……


 真面目に信仰に生きている人達や、教会を最後の寄る辺と縋る人達を支える聖職者達にとっては、教会はなくてはならない存在なのだ。それを忘れてはならない。


 正直、地下都市が絡んでいる以上、力押しで教皇を倒せるかどうかも怪しいところだ。特に、二番都市は魔法道具の研究を主にしていたところだそうだから、こちらの把握していない道具が出てくる事も有り得る。


 自分の行動から受けざるを得なくなった依頼だけれど、なんとも面倒で大事になるものを受けてしまったものだ。


「ヨファザス!!」


 修女ノリヤとヨファザス枢機卿が他愛もない世間話に興じている背後から、若い女の声がした。


 全員がそちらに視線を向けると、大演武会に出場していた姿があった。異端審問官カタリナ。管理局最強の少女である。


「ここにいたのか。おとう……聖下がお呼びだ」

「なんと、それはいけない。教皇聖下をお待たせするなど。ではノリヤ、色よい返事を待っておるぞ」

「はい」


 枢機卿一行は、足早にその場を立ち去る。これから、大聖堂の奥で教皇に謁見するのだろう。


 教皇が人前に姿を現す事はないという。常に大聖堂の一番奥に座し、許可を与えた者以外とは会おうとしないのだとか。


 世話係さえ側に置かない教皇の私生活は、分厚いカーテンに隠されているようだ。


「ねえ」


 てっきり枢機卿一行と一緒に行ったと思っていたカタリナは、その場にとどまっていた。彼女の目は、ノリヤの背後にいるティザーベルに固定されている。


「何か、ございましたでしょうか?」

「あんたじゃなくて。後ろの子」

「こちらは見習いの身。何か粗相をいたしましたら、代わりまして私が謝罪申し上げます」


 ノリヤの言葉など聞いている風もなく、カタリナは大股で近づいてきたかと思うと、いきなりティザーベルの顔を覗き込んだ。


 咄嗟に一歩後ずさる。下から覗き込んでくるカタリナの顔には、好奇心があふれていた。


「うーん……何か変」

「あの……カタリナ様?」

「あんた、それが本当の姿?」


 危うく、喉から声が出るところだった。まさか、全てバレている!?


 背中に冷たい汗が流れる中、カタリナはすんすんと鼻を鳴らした。


「何か、臭いが変」

「は?」

「カ、カタリナ様! そのような事を、婦女子に申してはなりません!」


 あまりの言葉にティザーベルが固まっていると、ノリヤが慌てて割って入る。


 カタリナはそれに気を悪くした様子もなく、首を傾げていた。


「うん、やっぱり変。あんた、本当に人間?」

「カタリナ様!!」


 暴言の数々に、ノリヤが悲鳴のような声を上げる。それに気づいたのか、廊下の奥から誰かがこちらに来た。


「あれえ? カタリナ嬢ちゃん、こんなところで何やってるの?」


 軽い口調の男性は、まだ若く細身、顔立ちは整っている方だが、どこか軽薄そうだ。


 カタリナは声をかけてきた彼に対し、心底冷たい目を向ける。


「うるさいうざい消えろ」

「おいおい、同じ局にいる仲間に、そんな言い方ないでしょー?」

「消えろ失せろ邪魔」


 男性の言葉が正しければ、彼もまた異端管理局の審問官という事か。厄介な敵が二人に増えた事で、ティザーベルの中の警戒レベルがぐんと上がる。


 まさか、人相手にこんな感覚を覚えようとは。ここはまるで、ラザトークスの大森林のようだ。


 目の前には手強い魔物が二匹。さしずめ、ノリヤは保護対象者か。普段ならここで遮断結界を張るところだけれど、この場でそんな事をするのは自殺行為だ。


 第一、自分はここでは見習い修女であり、先輩であるノリヤを差し置いて行動する自由はない。全てノリヤを通さなくてはならないのだ。


 面倒だし古臭い考え方だとも思っていたが、今となってはありがたいシステムである。こんな場の切り抜け方は、多分彼女の方がよく心得ているだろう。


「あの、申し訳ございませんが、私共はこれで失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいよいいよ。俺らももう戻らなきゃならないから」

「勝手に決めるな! ベノーダ」

「戻らなきゃ駄目だって言ったでしょー? 局長がお呼びだからねー」

「触るな! 私はまだ――」

「じゃあねえー」


 あれこれ叫ぶカタリナをいなしつつ、ベノーダと呼ばれた男性は彼女をその場から連れ去った。その姿が見えなくなって、初めて肩から力が抜ける。相当緊張していたようだ。


「大変でしたね」

「そう……ですね」


 カタリナの言葉の真相が気になるけれど、彼女を追って聞く訳にもいかない。


 それにしても……


「……あの、別に臭いませんよ?」


 思わず自分の袖などを確認していたら、ノリヤに苦笑交じりに言われてしまった。なんとも気まずい空気が流れたが、これもカタリナのせいである。

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