二百 レニル
七番都市の入り口は、あの獣人の里のすぐ近くだ。
「気が重い……」
「まあ、見つからなきゃいいんじゃねえか?」
そうだろうか。どうしても、里を出る際の彼女の姿が思い出される。叶わない恋に身を焦がす女。物語のようだけれど、現実に見るとなんとも苦い思いしかない。
しかも、こちらは彼女から恋の相手を取り上げる立場なのだ。なんという悪役……いや、悪女か。
だからこそ、獣人達には見つかりたくない。支援型達に頼んで、姿を隠す術式を使ってもらった。
都市への入り口は、獣人の里の周辺に散らばっている森の一つ。その中心付近にある。
入り口までの案内は、支援型達が請け負ってくれた。
「こちらですわ」
「歩きにくそうな森ねえ」
「人の手が入っていないとこんなものよ? パスティカ姉様ったら、知らないのねえ」
「むっ」
「痛たたたたたた! ほっぺた引っ張るのやめてええええ」
なんとも賑やかだ。賑やかすぎて、里に気付かれはしないかと心配でならない。
「ご心配には及びません。音が漏れないよう、結界を張ってあります」
「あ、本当だ。ティーサは気配りがうまいねえ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「ねえちょっと! 私は?」
「主様! 私は私は!?」
「君達は少しくらいティーサを見習ってほしいな」
ティザーベルの言葉に、パスティカとヤパノアはブーブーと文句を言っている。ティーサの方は我関せずと涼しい顔だ。
本当に、支援型というのは表情が豊かだと思う。人工の人格が搭載されていて、そのモデルになる人間が実在していたそうだから、そこからの影響か。
何にしても、賑やかだ。
「でも、そろそろ静かにしてほしい」
さすがにギャーギャー騒ぎながら移動するのは、いい加減飽きた。
入り口は、何の変哲もない巨木の洞だという。
「これですね」
「でか!」
巨木も巨木、ラザトークスの大森林でも滅多にお目にかからないサイズだ。その根元付近に、確かに大きな穴が空いている。
これが、入り口らしい。
「入り方は、一番都市と同じです」
という事は、奥にある板に魔力を流せばいいはずだ。魔法で明かりを出して洞の中を見ると、確かに奥に四角い板がはめ込まれている。
「これか……自然物の中に人工物が埋まっているのが、なんともシュール……」
もっとも、この巨木自体が自然物だという保証はない。どちらかと言えば、ラザトークスの大森林にある巨木同様、都市の端末の一部だと言われた方が納得出来た。
板に魔力を流し、全員で中に入る。この辺りの入り方も、他の都市と一緒だ。規格を統一しているのだろう。
都市内部に入ると、予備機能で薄ぼんやりとした明かりだけがついている。動くものが何もない、廃墟と化した街は何回見ても不気味だ。
「ここも、他の都市とあまり変わらないね」
「研究実験都市は、ある程度規格が決まっていますから」
やはり規格があったらしい。だとするなら、向かう場所は中央塔だろう。
チリ一つ落ちていない中央通路を進む。入り口からまっすぐ伸びる通路は幅が広く、片側三車線だ。この都市が現役だった頃は、ここにも多くの人がいて、この通りも車やそれに類する乗り物が多数行き来していたのだろう。
中央塔まで辿り着くが、入り口が開かない。これは今まで経験しなかったパターンだ。
「何で開かないの?」
「おかしいですね……予備機能が生きていれば、緊急事態につき入り口は開けてあるはずなんですけど……」
なんとなく、嫌な予感がする。ヤード達は全員下がらせて、支援型だけ集めた。
「この扉、罠が仕掛けられている可能性って、ない?」
「わかりません。今、調べてみます」
通常ではない場合は、全て疑ってかかった方がいい。何せ即死系の罠まで仕掛けてあったのだ。移動系なら何とかなる。今なら都市の機能を使って、一瞬で戻る事も可能だろう。
支援型三体が集まって扉の側で何やらしている。待つ事数分、ティーサが代表としてこちらに向かってきた。
「罠がありました。物理的な力でこじ開けようとした場合、爆発するようになっていました」
なんとも物騒な罠が仕掛けられていたようだ。
「爆発系か……今までの罠では、なかったね」
「そうですね。パスティカ達と協議したのですが、一度支援型の元まで私達だけで行ってきます。途中で罠がないよう確認もしますから、それまでお待ちください」
「わかった。お願い」
「こちらで待ちますか? それとも、一番都市まで戻られますか?」
ティーサの申し出に、ティザーベルはしばし考える。一瞬で行き来出来るとはいえ、都市まで戻る必要はあるだろうか。
彼女の背後から、レモが声をかけてきた。
「いいんじゃねえか? ここで待ったところで何が出来る訳でもねえんだし」
「そうだな」
「一旦、戻る事にしないか? ベル殿」
三人の意見に、それもそうかと納得する。支援型の元までティーサ達が辿り着くのに、どのくらいの時間がかかるのかわからないのだ。
だったら、居心地のいい都市で待った方が楽だろう。
「じゃあ、一番都市に戻ってるね。支援型まで辿り着いたら、すぐに報せて」
「はい。では、お送りします」
ティーサによって、一番都市まで戻ってきた。
都市には娯楽施設が豊富にある。ここで暮らす人達の為に設けられたものだが、今は使う人間が限られていた。
その中でも、四人が好んで使っているのは図書館だ。読めない文字でも、自動翻訳機がある為困らないし、映像資料も豊富で飽きる事がない。四人がそれぞれ、好みの資料に没頭した。
レモは雑学全般を、ヤードは武器類の資料を、フローネルは昔の病気関連の研究資料を、ティザーベルは映像資料を見ている。
色鮮やかなものから、モノクロ、映像の粗いものまで多種多様だ。中でも記録系の映像資料は面白い。
当時の世相や風俗を映したものや、ドキュメンタリー風のもの、再現系のものまであって、全てを見るには相当な時間がかかりそうだ。
夢中で見ていたら、ティーサから報せが届いた。
『支援型の元までの経路、安全が確認出来ました。一度こちらにおいでください』
脳内に響く彼女の声に、図書館にいた仲間の様子を見る。三人とも夢中で、こちらに気づいてもいない。
支援型を起こすだけなら、行って帰ってでそう時間はかかるまい。ティザーベルは一人で行く事にした。
ティーサに呼び出してもらい、再び中央塔の前へ。さすがに支援型のすぐ側に呼び出す事は控えたらしい。
「二重三重で調べましたから、危険はないと思いますけど、念の為に」
支援型が呼び出す術式に反応する罠がないとも限らない。どうにも、最初と次の罠でとんでもないのが出たせいか、疑心暗鬼に陥っているようだ。それが支援型にも伝わっているのだろう。
「いいよ。歩くくらいはなんでもない」
元から移動は歩きが基本の生活だ。隣村まで一日歩けという訳でもあるまいし、問題はなかった。
ティーサを案内役に、中央塔の中を行く。予備機能から供給される魔力だけでは明かりにまで手が回らないようで、暗い廊下だ。そこを自前の明かりで進んでいく。
エレベーターで地下へ降り、そこから横移動、またエレベーターと移動を繰り返す。
支援型はどこも地下深くで眠るらしく、部屋はかなり下にあった。フロアに下りると、廊下がまっすぐ奥へと伸びている。
「この奥です」
「わかった」
一応、自分でも魔力の糸で辺りを探りながら進んだ。特に問題なく、奥の部屋へと到着する。思わず、ティザーベルの口から溜息が漏れた。
「お疲れ様です」
「ありがと。さあ、まずは支援型を起こさないとね」
部屋の中央には、見慣れた台座。その上に、支援型が格納されているボール状のものが置いてある。
そこまで進み、魔力を注いだ。予備機能とのやり取りは、ティーサ達が代行してくれているので必要ない。
魔力を受けたボールは淡く発光し、ゆっくりと台座から浮かび上がる。支援型を目覚めさせるのは四回目だが、いつ見ても美しい光景だ。
浮かんだボールには等間隔に縦に筋が入り、十六分割されたように見える。そのまま、みかんでも剥くように、一斉に外側へとめくれていく。
中から現れた支援型は、薄い紫色の髪をふわふわと広げて浮かび上がる。
「ああふ……あら、姉様方、お久しぶりですね。ヤパノアもいるなんて、珍しい事」
柔らかそうな薄紫の髪を広げ、スミレ色の瞳とおそろいの色のドレスに身を包んだ支援型が、ティザーベルの前まで来て顔を覗き込む。
「あなたが新しい主様ですのね。私はレニル。この七番都市を預かる支援型でしてよ」
そう言うと、優雅に一礼した。




