二 冒険者稼業はヤクザな商売
パズパシャ帝国帝都ナザーブイは巨大な都市だ。各地方と帝都を結ぶ水路と整備された街道とで物流が発達し、人も物もここに集まる。
その帝都にはいくつかの組合の本部が置かれていた。冒険者組合――通称ギルドもそうである。
「たっだいまー!」
明るい声を上げてティザーベルが入っていったのは、ギルド本部の建物だ。国中にあるギルドを統括する場であり、帝都の冒険者の窓口でもある。
それだけあって、帝都のギルド本部は帝国のどの街の支部よりも建物が巨大だ。受付窓口も多く、常に人で賑わっていた。
ティザーベルは、そのうちの一つに立ち寄る。
「はいこれ。街道を行く個人商人の護衛完了ね」
「はい、確かに。今回も無事のご帰還おめでと」
顔なじみ……というより、個人的な友達でもあるギルド職員セロアの言葉に、ティザーベルはにっこりと笑った。
「ありがと」
セロアとは、故郷であるラザトークスからの付き合いだ。彼女が提案した情報共有化が認められて帝都のギルド本部に栄転になるのに合わせて、ティザーベルも故郷を出ている。
セロアに誘われたからというのもあるが、同時期に幼馴染みで一応恋人だった相手に二股掛けられた挙げ句振られたからだ。今思いだしても忌々しい。
そんなセロアはティザーベルの差し出した依頼票を処理している。
「あれ? 盗賊報奨金も書き加えられてるわよ?」
「ああ、うん。お金はもうもらってるから、それはギルドの査定に加えるように書いてくれたんだ」
あの盗賊達は、いい臨時収入になってくれた。特に頭は賞金額が一人で二百万メロー近くかけられていたのだ。相当悪どく稼いでいたのだろう。
依頼を受けていなくとも、賞金首の討伐などをすると、報奨金とは別にギルドからプラス査定がされるよう、依頼票などに一筆書いてくれる事がある。
こうしたものも加点され、一定点数になると冒険者等級が上がるのだ。ちなみに、ティザーベルの個人等級は中堅の五級で、ヤードとレモが三級、パーティーとしては四級である。
ティザーベルの言葉を聞いたセロアが、手元から目を離さず呟いた。
「へー。人外専門のあんたがねえ……」
「しょうがないでしょ。向こうが襲撃してきたんだから」
「命知らずな盗賊もいたもんだ。こちらが今回の依頼料になりまーす」
「サンキュー」
カウンターに出された硬貨を肩から掛けているバッグに放り込む。境遇が同じセロアは話が通じやすくて助かっていた。
そんなティザーベルを眺めながら、セロアが尋ねてくる。
「で? お仲間はどこよ?」
「鍛冶屋直行。武器の手入れを頼むんだって。もうじき来るんじゃないかなー……ああ、噂をすれば」
セロアに聞かれたティザーベルが入り口を見ながら答えていると、そこから見慣れた二人が入ってきた。鍛冶屋に武器を預けてきたらしく、ヤードの腰にはトレードマークの大剣が見当たらない。
結構な数の盗賊を斬ったようだから、メンテナンスにも時間がかかると見た。
「お疲れー。やっぱり手入れが必要だったんだ?」
「明日一杯はかかると言われた」
ティザーベルの言葉に、ヤードはむすっとした様子で答える。愛用の剣が側にないのが落ち着かないのだろう。その様子に、レモと顔を見合わせてこっそり笑う。
そんな三人に、セロアから声がかかった。
「んじゃ、全員揃ったところで、上からお呼び出しよー」
「は? 帰ってきたばっかりよ?」
ティザーベル達は、帝都から片道十日かかる街までの護衛依頼を受けていたのだ。当然、戻ってくるのにも同じ日数がかかる。
普通、長期の依頼を受けた冒険者は二、三日は休養に充てるのだ。それを知らないセロアでもあるまいに。
怪訝な表情で彼女を見ると、天井を指さしながら声を潜めている。
「とにかく、あんたらが戻ったらすぐに来るように、って本部長からのお達しだからー」
そう言うセロアは苦笑いを浮かべていた。本部長からの呼び出しでは、さすがにバックレる訳にもいかない。ティザーベル達は溜息を吐きつつ上階へ登る階段へ向かった。
ティザーベルは、前世が日本人という記憶を持つ転生者だ。前世の記憶を幼い頃から持っていた為、周囲からは気味の悪い子供と思われていたからか、育った孤児院でそのまま成人を迎えてしまった。
ティザーベルの地元では、孤児院で成年まで残った孤児は「余り者」と呼ばれて蔑まれる。おかげでろくな仕事に就く事が出来なかった。だからこそ、冒険者という職に就く事になったのだ。
この国で冒険者といえば、一般社会からドロップアウトした人間がなる職業とされている。そうした連中を放っておくと犯罪に走るので、防犯の意味もこめて冒険者組合――通称ギルドが設立されたのだ。
なりたくてなった冒険者ではなかったが、これがティザーベルには向いていたらしく、成人の十五歳からやり始めてわずか一年半ですでに中堅と言われる等級にまでなっている。それには、彼女に魔法の才能があった事も関係していた。
この国、モリニアド大陸の半分以上を占める大国パズパシャ帝国では、魔法を使えると食いっぱぐれないと言われている。国でも魔法を使える魔法士の育成には力を入れていて、勉強の為の魔法書が格安で流通しているのは国から補助金が出ているからだ。
各市町村では、子供は一定年齢に達すると全員魔法の才能の有無を検査する。ここで才能ありと認められれば魔法の勉強をする事が出来るし、将来も開けるのだ。
ティザーベルも検査を受け、才能ありと認められたのだが、いかんせん彼女が生まれ育ったのは帝国でも東の端にある辺境で、しかも彼女は孤児だった。
いくら魔法教育に力を入れている帝国といえど、辺境にまで手が届かなかったらしく、教師は派遣されなかったのだ。
その代わり、魔法書は初級から上級まで全てそろえて無料で送ってきた。それらを使い、ティザーベルは幼い頃から独学で魔法を覚えたのだ。
おかげで少々個性的な使い方をするようだが、これが冒険者という職業にぴったりだったのは皮肉としか言いようがない。
そんなティザーベルが自分と同じ境遇の「前世日本人」もしくは「転移した日本人」を探そうと思ったのは、同じ街で同じ日本からの転生者を見つけたからだ。それがセロアである。彼女はギルドの職員で、ティザーベルの数少ない友人でもあった。
これだけ狭い地区で二人も同じ境遇の人間が見つかったのだ、探せば国内、いやこの大陸に元日本人もしくは現役日本人が他にいるかもしれない。
そんな境遇の仲間が生活や何かで困っていたら、自分達で出来る限りの支援が出来ないだろうか。そんな思いから、将来冒険者としてパーティーを組む時には名前を日本に関するものにしようと思っていた。
そこでつけたのがこの「オダイカンサマ」だ。日本の地名や有名人の名前にしても良かったのだが、これにしたのは単純にティザーベルの趣味である。
とにかく、この「オダイカンサマ」という名前に噴いたり笑ったりした相手なら、まず日本がらみの可能性がある。そう思って活動する際には積極的にパーティー名を名乗っているのだが、これまで芳しい結果はなかった。今回捕縛した盗賊の中にも、反応する人間はいなかったのだ。
帝国は広い。同じ街でセロアという同じ転生者を見つけられた事が奇跡であって、他にはいないのかもしれないし、いても見つけられないかもしれない。
無理に見つけるつもりはない。見つかったらいいなあ、程度だ。見つけたからといってどうこうするつもりもない。
県人会的な、転生者会のようなものを作るのもいいか、とセロアとは話していたものだ。
ギルド本部は四階建ての大きな建物だ。一階は受付や買い取り所、相談窓口などがある。二階には応接室や会議室、職員の控え室などがあるのもここだ。
そして三階には、本部長室他役員の部屋が集まっていた。
「失礼しまーす」
ドアをノックし、挨拶しながら開けると、広い室内の奥に置かれた大きな机の向こうから、見知った本部長が顔を上げる。
「ふむ、今回も無事に戻ってきたね。いい事だ」
そう言うギルド本部長ポッツは、いつもの好々爺然とした様子で微笑む。今にもぽっきり折れてしまいそうな爺さんだが、現役時代は泣く子も黙ると言われた凄腕冒険者だったそうだ。最終等級は級の上の段で三段までいったと聞いている。
そのポッツに招かれるまま、三人は応接セットの方へ向かった。