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百九十八 故郷の味

 里の朝は早い。日が昇ると同時に起き出し、一日を始める。遠くに人の動く音や声を聞きながら、ティザーベルは目を覚ました。


「……あー、そういや、里に泊まったんだっけ」


 見慣れない部屋を見回して、ようやく動き出した頭で思い出す。あの後、マレジアから依頼内容の詳細を説明してもらい、改めてヤード達に了承してもらった。


 その後、教会内部の手引きをする人間を紹介するというので、人物が来るまで里にとどまる事になったのだ。


 今彼女がいるのは、里におけるマレジアの邸宅だという。祈りの洞は、言って見れば逃げ込み先らしい。


『あそこなら、祈りを捧げているって建前で人と会わずに済むからね』


 そう言ってからからと笑うマレジアに、毒気を抜かれた思いだった。


 身支度をして部屋を出ると、居間に当たる部屋には既に全員が揃っている。


「おはよう。私が最後か」


 挨拶を交わして席に着くと、マレジアが使用人に合図を出す。このままここで朝食になるそうだ。


「よく眠れたかい?」

「まあまあ」

「そうかい」


 笑うマレジアは、端から見れば柔和な老婆だ。だが、中身が見かけ通りとは限らない。その辺りも、帝国のネーダロス卿を思い出させた。あの好々爺然とした老人も、内に何を隠し持っているか知れない。


 出された朝食を見て、思わず笑い出しそうになる。完全に和朝食だ。魚の焼き物、海苔、味噌汁、白飯、漬物。それに生卵と納豆までついているのには驚く。


 卵を生で食べる習慣は、さすがの帝国にもない。必ず火を通すのだ。


 だからか、殻付きのまま出された卵を、ヤード達はゆで卵と思っていたらしい。目の前でマレジアが器に割って落としたのを見て、驚愕している。


「卵を、生で?」

「おいおいおい、勘弁してくれよ。腹壊しちまう」

「問題ないよ。これはきちんと処理された卵だからね。あんたなら、わかるだろう?」

「詳しい方法までは知らないけどね」


 生卵であっても、殻ごと消毒して菌や汚れを取り除けば、食中毒の危険はなくなる。魔法のあるこの世界なら、いくらでも殺菌方法はあるだろう。


 それよりも、内陸のこの里で海苔が出てくる事の方が驚きだ。海沿いで作っているのを、ここまで運んでいるのだろうか。


 黒い海苔を一枚、箸でつまんで持ち上げてみる。綺麗な色だ。


「いい海苔だろう? 作るのには苦労したけどねえ」

「内陸のここで、作ってる訳じゃないでしょ?」

「いいや、この里で作ってるんだよ」


 ティザーベルの手が止まる。どういう事だ。仲間達からの視線を感じるけど、それどころではない。


「……どうやって?」

「魔法士のあんたがそれを聞くのかい? 言っただろうに。ここは都市の施設だって。あり得ない環境下で色々作るのは、エルフの里で見たんじゃないのかい?」

「あ!」


 思い出した。フローネルがいたクオテセラ氏族の里には、ダンジョンがあり、そのままダンジョン畑と呼んでいなかったか。


 階層に分かれたダンジョン内は、外とは全く異なる自然環境が作られていた。ダンジョンの外の影響を受けない、管理された「自然」。


 だったら、あの中に海や海岸も作れるのではないか。そしてその技術を応用して、この里でも海の幸を得ているのでは。


 ティザーベルの表情から、考えが読み取れたマレジアがにやりと笑う。


「何なら、後で案内してやろうか?」

「いや……人に会うんじゃなかったの?」

「到着までは、まだ間があるさ。見ておいて損はないよ。何なら、少し物資を融通しようか?」


 この誘惑には、さすがに勝てなかった。


 帝国内にも、以前日本からの転生者か転移者がいたらしく、和食のようなものが存在する。昆布や鰹節、煮干しなどから出汁を取る技術もあるし、水路による運送速度の向上もあって、海辺からの海産物を帝都で安価に食べる事も出来た。


 帝国に戻ればそれらを仕入れる事も可能だが、基本的にあの国では人の多い街程一般家庭での自炊がなくなる。


 おかげで、調味料を仕入れるには地方の小さな村に行くか、業者に小分けしてもらう以外にないのだ。当然、小分けの場合は割高になる。


 マレジアはすぐにダンジョンの視察を手配してくれた。


「なんと言うファンタジー……」


 思わず、目の前の光景を見てティザーベルが漏らす。今彼女が立っているのは、隠れ里のダンジョン第三層にある浜辺であり、そこかしこにある岩場では、海苔の採取を行っている人達がいた。


 沖の方には漁をする船が何艘か見える。


「これが全部作りものたあなあ……」


 隣でレモが唸った。ヤードは声も出せない様子で、辺りを見回している。


 一人、フローネルだけが笑顔だ。


「こういうダンジョンもいいな。里には畑か森しかなかったから」

「こういったダンジョンの使い方は、クオテセラが発祥なんだよ」

「そうなのか!?」

「ああ」


 マレジアの話では、フローネル達が住んでいたクオテセラの里のダンジョンが、最初に作られた実験的なものらしい。


 そこでノウハウを蓄積し、他の地域へも広まっていったそうだ。


「一時、地上は開発ばかりで自然が減っちまってねえ。危うくこの惑星自体が死に絶えるところだったんだよ」

「げ」

「それで技術開発が急がれたんだ。地下都市も、最初の構想はその頃に出来たって聞いてる」


 この惑星を捨てて、別の星に移住するという計画も立てられはしたが、それ以上に魔法技術を使った方が早くて確実だとなったらしい。


 地下都市が造られ、地上の都市も統廃合が進められた。人の住む地域と自然を保護する地域が明確に分けられ、居住区にも魔法技術がふんだんに使われていく。


「高層建築と地下の利用で、狭い地域にも人が多く住める街が作られた。そんな中で、ダンジョンの基礎技術が開発されたのさ」


 ダンジョンの基礎技術とは、空間湾曲にあるという。その技術は、後に地下都市建設にも用いられた。


 その後もダンジョン作成の研究は進められ、地下都市建設から数年後に実験的なダンジョンがクオテセラの里に作られたそうだ。


 ここで取れるのは魚介類、海藻類、天然塩だという。浜辺の奥に塩田や加工場があるらしく、そちらで分けてもらえるようだ。


「昆布に鰹節に海苔、干物、佃煮もあるよ」

「どんだけだよ……」

「味噌と醤油も、ここの塩を使って作ってるんだ。蔵は別階層だね」

「ぜひよろしく」


 昔懐かしい味噌汁が飲めそうだ。大豆や米を作っている階層もあるそうで、そちらでもいくつか融通してもらえるらしい。


「まあ、これも依頼料の一部と思いな。成功した暁には、いつでも無料で分けてやるよ。量には上限を設けるがね」

「よし、頑張る」


 米は帝国のものと種類が違うようで、味が良かった。これは帝国に帰ったら、セロアにもお裾分けしよう。絶対に喜ぶ。


 ――ネーダロス卿はどうしようかね……クイトも食いつくだろうなあ。インテリヤクザ様は……ネーダロス卿と一緒に扱っておこう。


 何よりも、まずはマレジアからの依頼を成功させなくてはならない。




 ダンジョンから戻ると、待ちかねていた相手がそろそろ到着するという。場所はあの隠れ蓑の里の方だ。


「じゃあ、行こうかね」

「マレジアも来るの?

「そりゃそうさ。あんたに依頼するのは誰だと思ってるんだい」


 依頼人として、助け手との仲介を自らの手でするという事らしい。


 彼女の考えは理解出来るけれど、里の方は大混乱だ。それもそうだろう、生き神に等しい存在が隠れ里から出てくるのだ。しかも余所者と一緒に、別の余所者に会いに来るというのだから、混乱しない訳がない。


 それでも何とか場を設けてくれた。あの長の家で、バーフも同席するという。


 てっきり妹のモーカニールの方が出てくると思ったのだが、違ったようだ。


「妹の方じゃないのね」

「あれは……ここにはもういない」

「え?」


 苦い顔のバーフに、最後に見たモーカニールの様子を思い出す。彼女はマレジアに心酔していて、彼女に容易に近づいたティザーベル達を嫌っていた。


 何があったかは、聞かないでおこう。


 広い部屋に通され、腰を下ろしてからマレジアが聞いてきた。


「そういや、あんた七番都市は再起動したのかい?」

「へ?」

「へ? じゃないよ。お仲間がいる場所の近くにあるって教えたじゃないか。ちゃんと再起動はしたんだろうね?」

「ああ!」


 忘れていた。いや、あの時はそれどころではなかったから、致し方ない。


 ティザーベルの様子から、忘れていた事を察したらしいマレジアから冷たい視線が飛んでくる。


「何やってんだい。言っとくが、スミスはかなり厄介な存在になってるんだよ?」

「き、肝に銘じておきます……これが終わったら、すぐに行くよ」

「そうした方がいい。どうにも、嫌な予感がするからね」


 マレジアはそう言うと、眉間に皺を寄せて腕を組む。部屋には、重苦しい空気が漂い始めた。

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