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百九十四 治療完了

 ヤードの治療は順調に進んでいる。こちらに出来る事はないし、本人が眠ったままなので、見舞いには行っていない。


「これなんかどうかな?」

「どれ……何だこりゃ? 随分丈夫な布地だなあ」


 開いた時間で、レモの装備を見直す事になった。元から都市で作る服に着替えさせようと思っていたので、いい機会である。


 今レモが手にしているのは、デニム生地に似た素材だ。レモに前世風の服を着せてみようという、ティザーベルのちょっとした悪戯だ。


 デニムのボトム、ダメージ入りのベストという、いつの時代だと言いたくなるアイテムを選んでみた


「これをかあ? いやあ……」


 モニター上に映し出されるデザインを見て、レモは渋っている。わからないなりに、何か不穏なものを感じているのだろうか。


「似合うと思うんだ、おじさんに」

「……嬢ちゃんがそういう言い方をする時は、要注意だよな」

「なんでよ」


 結局悪戯は失敗に終わり、無難な装備に決定した。布とはいえ下手な革鎧よりも防御に優れた素材で、斬撃にも強く打撃もある程度ショックを吸収してくれる。


 ついでにティザーベル達のものと同じく、体温調節機能を付けておいた。


「ヤードの分も作っておくのか?」

「それは……本人が目を覚ましてからでいいんじゃない?」


 ヤードの治療は、眠らせてから行うものらしく、治療が終わる二日後まで彼は薬で眠り続けるそうだ。


 検査の後、一度病室で目を覚まし、食事を取っていると聞いている。食べられるなら、体の方は心配いらない。少しだけほっとした。


「にしても……」


 改めて周囲を見回しながら、レモが唸る。


「何回見ても、これが地下とは思えねえな」

「そうだね」


 ドーム型の天井には、外の天気を反映した疑似映像が映し出され、雨まで降る設計だ。今も少し重い空模様だから、もうじき雨かもしれない。


 再起動後の一番都市は、人がいないせいか綺麗ではあるけれど、少し寒々しく感じる場所だ。


 支援型達からの記録によれば、最盛時この都市には数万人の人が住んでいたという。それも頷ける設備の数々だった。


 どうも、施設の整い方から見るに、戦争時のシェルターの役割も果たすべく設計されているのではないだろうか。無論、最優先で守るのは研究者達だったのだろうけれど。


 長く地下で過ごす事を前提に設計されているせいか、環境によるストレスが最大限軽くなるよう配慮されている。この天井に映る空もその一つだ。


 そこまでして造り上げた都市が、内部に入り込んだ人間の手によって機能停止に追い込まれるとは。なんとも皮肉な話だ。




 地下都市でのゆったりした時間を過ごす事三日目、朝食を食べ終わる頃にその報せは来た。


「あ、姉様から連絡ー。治療が終わったっぽいわよー」

「本当!? パスティカ!」

「ついさっき終わって、これから本人に色々説明するんですって。来るなら病室の方へどうぞーだってさー」


 相変わらず軽い口調だが、この報せはありがたい。ティザーベルはレモを見た。


「おじさん!」

「おう」

「あ、待て二人とも、私も行くぞ!」


 食器類もそのままに、走り出したティザーベル達の背後から、フローネルが追いかけてくる。


 宿泊施設から病院までは少し距離がある。都市内移動用の魔法動力のカートがあるが、それを呼び出して到着するまで待っている時間すら惜しい。


 治療が終わったとはいっても、まだヤードの記憶の問題がある。欠損はどうしても避けられないとして、一体どの記憶が消えたのか。問題はそこだ。


 走り通しで到着した病院で、彼がいる病室に行くまでがまた酷く長く感じた。病室は三階、角部屋だ。


 エレベーターで三階に上り廊下を走ると、天井付近から機械的な音声で「廊下は走らないでください」とアナウンスが流れる。どのみちここには四人しか人間はいないのだ。構う事はない。


 目指す一番奥の病室の前まで来ると、ティザーベルの動きが止まった。彼女の後ろをついてくる形で走っていたレモとフローネルが、不思議そうな顔で彼女を見ている。


「何だ? 入らねえのか?」

「いや、入るんだけど……なんと言うか……」


 覚悟が決まらない。入って開口一番「あんた誰だ?」と再び言われた日には、立ち直れそうにないからだ。


 思えば、これまで「仲間」と呼べる冒険者はティザーベルにいなかった。セロアは友達だけれど、彼女は冒険者ではない。あくまでギルド職員であって、頼もしくはあるけれど危険を共にする「仲間」ではないのだ。


 幼馴染みのユッヒに関しては、常にティザーベルに負担がかかるばかりで共に危険な道を行くという間柄ではない。


 ヤードとレモと出会って、初めて「仲間」を得た。それは、ティザーベルにとって思っていた以上に大事な存在だったらしい。


 それを、こんなところで自覚させられるとは。


 躊躇するティザーベルの肩を、レモが軽く叩いた。


「大丈夫だって。記憶が欠けるったって、最小限にするってあのちっこいのも言ってたろ? 嬢ちゃんがそれを信じなくてどうする?」

「おじさん……」


 レモの気遣いが嬉しい。いつもなら憎まれ口で返しそうなものだが、今は素直に聞き入れられた。


 フローネルも負けじと、励ましの言葉を言ってくる。


「そうだぞ、ベル殿。それに、もしヤード殿がベル殿の事を忘れたとしても、これからまた共に思い出を作っていけばいいではないか」

「ネル……あんた、里を出てからいやにポジティブ……前向きだよね?」

「そ、そうか? 自分ではわからなかったが……」


 全ての人間を敵視していたあの頃の彼女が懐かしく思える程だ。フローネルは元々情が厚いのに、あの里ではそれが妹にしか発揮されなかっただけなのかもしれない。


 ――まあ、あの閉鎖的な里では無理もないのか。


 そういう意味では、彼女は里を出て正解だったのだろう。これが決定通り妹のハリザニールが追放を食らっていたら、生き残れなかったのではないか。


 扉の前であれこれ言い合いっていたら、中から扉が開かれた。


「主様? そのようなところで、どうなさったんですか? お入りください」

「あ、はい」


 病室内は、以前見た時同様シンプルな造りをしている。ベッドとサイドチェスト、椅子が二脚、衝立の向こうには追加の椅子がもう三脚。


 カーテンで仕切られた向こうには、簡易の洗面台とシャワー室がある。そしてベッドの上には、入院着を来たヤードが座っていた。


「っ……」

「おう、どうだ? 調子は」


 言葉が出ないティザーベルとは対照的に、レモはどこまでもいつも通りだ。


 ヤードの方はと言えば、少しぼんやりした視線でこちらを見ている。その口が開いた。


「……そこにいるの、誰だ?」


 その場の空気が一瞬凍った。やはり、忘れているのは……


 嫌な考えが頭をよぎった時、ヤードがこちらの様子に気づいたのか怪訝な表情をした。


「どうした? 変な顔をして」

「いや……お前……」


 さすがのレモも、声が震えている。それに対し、ヤードは首を傾げるばかりだ。


「? 仲間の後ろに見た事がない奴がいるから聞いたんだが、そんなにおかしいか?」


 一瞬で空気が緩む。緩みすぎて、ティザーベルは膝から力が抜けた。


「危ない!」

「だ、大丈夫か!? ベル殿!」


 咄嗟にフローネルが支えてくれたので、倒れずに済んだ。


「だ、大丈夫……何か、気が緩んだわ」


 心配そうにこちらを見るレモ達に、問題ない事を告げる。ヤードはベッドから降りかけていた。


「本当に、大丈夫なのか?」

「……この場合、それはこちらの言葉なんだけど?」


 何せ相手は病み上がり。治療が終わったばかりなのだ。




 擦り合わせの結果、ヤードが失った記憶とは、あの獣人の里でのものだけのようだった。


「何だか凄く都合がいい記憶欠損だねえ」

「本当だな」

「俺にとっては、恩人の事を忘れている事になるんだが?」


 ヤードの言はもっともだが、ティザーベル達にとっては自分達を忘れられるよりは、という思いがある。


 何はともあれ、これで無事仲間との合流が果たせた。


「で? そこに立っているのは誰なんだ?」

「ああ、えっと、飛ばされて一人で行動している時に知り合った、フローネル。訳あって、しばらく一緒に行動してるんだ」

「フローネルだ。よろしく頼む」

「ああ」


 一瞬だけ迷ったが、これから行動を共にするのなら、早めにエルフの事を説明しておいた方がいい。


 その場でフローネルの事、教会の事、エルフの事、獣人達の事を簡単に説明した。


「それで、行きがかりでその教会の組織改革の手伝いを頼まれてるんだよね……」

「おま……ティザーベルにしては珍しい依頼だな」

「言いかけた言葉に関しては置いておくとして、確かに珍しい依頼ではあるけれど、そもそも冒険者にそんな依頼をしてくる人がいないって事を忘れないでよね」


 決して自分が危ない依頼ばかり受けている訳ではない。それに、ギルドの上から依頼された各支部の不正を暴く仕事も、似ていると言えば似ているではないか。


 ブチブチ文句を言っているティザーベルを余所に、ヤードとレモが何やら話し合っている。


「とりあえず、お前さんの体調が戻ったらすぐ動き出そうと思うんだが、いいか?」

「問題ない」

「あとな……言いにくいんだが、どうもお前さんの愛用の得物がな……」

「俺の剣がどうかしたか?」

「なくなったらしい」

「はあ!?」


 その日一番、大きな声をヤードが上げた。

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