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百九十二 別れ

 やっと再会したヤードを前に、ティザーベルとレモは何も言えなかった。


「どうしたんだ? 俺の事を、知ってるんじゃないのか?」


 やや不安そうなヤードを見て、ティザーベルが笑みを浮かべる。


「ええと、ちょっとびっくりしただけ。ええ、私達はあなたを知ってる。というか、仲間なの」

「仲間?」

「そう、仲間」


 自分は今、うまく笑えているだろうか。作り笑いをする機会など今まで殆どなかったから。


 物心ついた時には既に前世の記憶があったからか、孤児らしくない孤児だった。それが原因でどこにも養子にもらわれず、孤児院で成人したのだ。


 その後も冒険者などという、自由すぎる自由業に就いた為、周囲とうまくやっていく必要がなかった。


 まあ、孤児院出身に加えて成人まで院に残った「余り者」を虐げる風習があった故郷だ。冒険者にならずとも、うまくはやっていけなかっただろう。


 ヤードは少しだけ安心したのか、薄く笑んだ。


「そうか……仲間か……」


 何だか、久しぶりに見る彼の表情だ。和やかな空気が流れる中、それをぶち破る声が響く。


「ツイクス!! 駄目よ、彼等と行っちゃ! あなたはずっとここにいるの! 私と一緒にいるの!!」


 先程エジルと呼ばれた獣人の女性だ。彼女は必死の様子でヤードの腕にすがりついている。


 思わず、レモと顔を見合わせた。これは、ひょっとしなくても……


「あの獣人、女だよな?」

「多分ね」

「って事は……」


 レモとこそこそ話し合う。お互い、意見は一致していた。というより、どう見てもそれしかないだろう。


 エジルは、ヤードに恋をしている。だが、問題なのは、エジルはウェソン族獣人で、ヤードは人間というところだ。


 支援型から受け取った情報の中に、エルフや獣人のものもあった。そこには、エルフや獣人は基本、同種族としか子孫を残せないというものがあったのだ。


 エルフの場合、治療で遺伝子から変化した元人間だが、獣人はまた少し違う。


 人の見た目が強いガソカト族は、人と獣の遺伝子の配合から生まれた実験体の末裔だ。


 そして、獣の見た目が強いウェソン族は獣の遺伝子を操作して生まれた実験体の末裔である。


 生命倫理はこの際置いておくとして、その種族も遺伝子の問題から、同種族間でしか受精しないのだ。


 獣人の里は小さいコミュニティだ。おそらく、子孫を残すという事は、ティザーベル達が考える以上に重要な事だろう。


 となれば、里の女性であるエジルの恋は、誰にも歓迎されないものだ。


 ――でも、ここでそれを説明しても、本人も覚悟の上だろうしなあ……本当、どうしよう?


 里の獣人達には、人間であるのにヤードを助けてもらった恩がある。あまり手荒なまねはしたくないし、第一彼等は人間に不信感を持っているのだ。


 ここで下手な事をすれば、彼等はこの先ずっと人間を忌み嫌うだろう。それは出来れば避けたい。


 エジルは未だにヤードの腕にしがみついて泣いていた。ヤードの方はと言えば、いつもの何を考えているのかわからない様子で彼女を見下ろしている。


 さて、どうしたものか。


「エジル」


 先程エジルが「おじいさま」と呼んでいた獣人だ。彼の背後には、屈強な体つきの獣人四人が立っている。


「エジル、彼をこのまま村に置いておく訳にはいかない」

「でも!」

「聞け、エジル。ウェソンはユルダとは子をなせない。それはお前も知っていよう」

「子供なんて! ウェソンの夫婦でもいない人達だっているじゃない!」

「だが、彼はユルダの元に戻れば、子を持つ事も出来よう。お前はその未来を、彼から奪うのか? その資格があるとでも?」

「でも!」


 祖父からの言葉も、エジルは聞こうとしない。彼女の祖父は重い溜息を吐いた。


「元々、彼は村を出るつもりだったのだ」

「え?」

「ユルダとウェソンは相容れぬ」


 重い言葉だ。エジルの祖父は、エジルだけでなく、ティザーベル達にも聞かせているつもりではないか。


 エジルは祖父の言葉にわなわなと震え、縋る腕を見上げてヤードに詰め寄った。


「嘘よね!? ねえ、ツイクス! あなたは私の側に、ずっといてくれるわよね!? この里を出て行ったり、しないわよね!?」


 必死なエジルに対し、ヤードは酷く落ち着いている。


 ――ああ、こりゃ駄目だなあ。


 そう思った途端、ヤードはエジルから腕を抜き取った。


「エジル、助けてくれた、ありがとう。俺は、ここを出る」


 たどたどしい言い方ではあるが、はっきりと村を出る意思を示した。エジルはショックのあまりか、固まって言葉が出ない。


 そんな彼女に構わず、ヤードはエジルの祖父に向いた。


「村長、彼等と、行く」

「わかった」


 エジルの祖父は、背後に立っていた獣人達に何事か囁くと、彼等はあっという間にエジルを抱えていずこかへと立ち去る。


 エジルの祖父、この里の長がティザーベル達に向き直った。


「孫娘が粗相をした。あれが傷ついた彼を見つけたのだ。それで情が移ったのだろう。許して欲しい」

「謝罪はいりません。こちらこそ、仲間を助けていただき、感謝します」


 ティザーベルの言葉に、里の長は肩の力を抜いたようだ。そのせいか、めっきり老け込んだように見える。


「……今のうちに、里を出て行ってくれ。彼の姿がなければ、エジルもやがて諦めるだろう」

「わかりました」

「……すまん」


 里の長が小さく付け加えた言葉に、彼の思いが込められているように思う。ヤードを保護して、今の今までここで暮らす事を許してくれた存在なのだ。


 人間との和解は遠いだろうけど、この長のような存在が絶えなければ、いつかは叶うかもしれない。


「じゃあ、行こうか」

「だな。ヤード、どこか具合の悪いところはねえか?」

「ない……と言いたいところだが、何だか何かが足りない気がする。それが落ち着かない」


 言われて彼を見るが、何か変わったところはないように見える。だが、そういえば何かが足りないような……


「あ! 剣じゃない? 愛用の剣がないんだよ」


 彼の剣はかなり大きい。あれがないとなると、確かに見た目でも何かが足りなく感じる。


 ティザーベルの指摘に、レモも頷いた。


「ああ、そういやあそうだな。どこにやったんだ?」

「わからん。見つけられた時、側になかったのかもしれん」

「そうか……なら、どこかで代わりの剣を探そう」

「そう……だな……」


 少し寂しげに見えるのは、愛用の剣をなくしたからか。それとも……


 ――ちょっとあの子にあてられたかな。


 この里を出るのに、思うところがあるのでは、などと考えるなんて。ティザーベルはロマンスからもセンチメンタルからもほど遠い性格だ。


 なのにそんな事を考えついたのは、おそらくあのウェソンの女性のせいだろう。なんとなく、胸に引っかかるようなものを感じた。




 里を出る際、見送りなのか確認なのか、門の側には多くの獣人達がいた。その中に、里の長もいる。


 彼等が軽く挨拶して、再び木立の中へと入り込む。


「そういえば、どの辺りに出現したんだろうね?」

「聞いた話では、あの森の中だそうだ」


 ヤードが指差したのは、木立からは少し離れたところにある森だ。といっても、この辺りは森だらけなので、その一部といったところか。


「ふうん。ねえ、あの森で探せば、剣が見つかるかもよ?」


 どうする? とヤードを見上げると、彼はこちらを見下ろしていた。少しして、ふっと微笑を浮かべる。


「いや、いい。なくした事にも、多分意味がある」

「そうなの?」

「長く愛用したものが手元から消えるのは、主の災いを代わりに受ける為だと聞いた。だから――」

「おい!」


 ヤードが話している最中に、彼の肩をレモが乱暴に掴む。


「その話、憶えているのか?」

「憶えているも何も――」


 驚いたヤードが言いかけた途端、彼はそのまま意識を失って倒れてしまった。


「ヤード!!」


 倒れる瞬間、結界が間に合ったようでヤードの体は中空で止まっている。ティザーベルはレモと顔を見合わせた。


「どういう事?」

「わからん」

「もしかしたら、お二方と再会した事で、彼の記憶が戻ったのかもしれません」


 脇から声をかけてきたのは、ティーサである。


「記憶喪失って、そんな簡単に戻るもの?」

「詳しくはないのでわかりませんが、意外なきっかけで記憶が戻った事もあるとか。とりあえず、都市まで戻りませんか? そちらで精密検査をすれば、何かわかるかもしれません」

「そうね……おじさん、それでいい?」

「ああ」


 魔法でヤードの体を持ち上げたまま、ティーサによる移動で一番都市に戻る。


 何事もなければいい。そう祈りながら。

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