百八十九 再会
翌日は、あいにくの曇天。この時期、ここら辺りは雨が多いという。
「梅雨……いや、雨期かな?」
雨の日は怠くなるのであまり好きではないが、行動するのに好き嫌いを言ってはいられない。
何より、今日はやっとレモとの合流を果たす日だ。無事に会えるといいのだけれど。
出発はいつも通り、一番都市中央塔一階奥にある移動室からだ。
「対象の現在地を捕捉します。……捕捉成功。座標情報を起こします。……座標確定。これより、移動を開始します」
やや機械的な言葉を並べ、ティーサ主導での移動が始まる。こちらの大陸では何度も使ったので、いい加減慣れたものだが、やはり寸前の緊張は消えそうもない。
一瞬で周囲の景色が変わり、ティザーベル達は木立の中に立っていた。
「ここ?」
「いえ、現在対象はすぐ脇の道を北に向かっているようです」
どうやら、都市からの移動先はレモのすぐ側にしたようだ。確かに、いきなり目の前に人が現れたら、いくらレモでも驚くだろう。
木立の隙間から道の方を見ると、何やら人の列が動いている。
「もしかして、あれの中にいるの?」
「はい」
一体、レモは何をやっていたのだろう?
一団からは見えないように気をつけつつ、後を追う。荷車も多く、どうやら家財道具を積んでいるらしい。
「……夜逃げの最中とか?」
「今は朝ですが」
ティザーベルのぼやきに、ティーサが律儀に返す。いや、そうじゃなくてと返しかけて、癖で伸ばしていた魔力の糸に触れたものに気づく。
騎馬の集団だ。それがこちらに向かっている。そこまでの速度はないけれど、目の前の一団の足は遅い。いずれ追いつかれるだろう。
さて、どうしたものか。相手の素性がわからないうちに、片方に力を貸すのはどうなのか。
迷ったのはほんの少しで、すぐに決断する。簡単だ。追われている方にはレモがいて、追っている方には仲間はいない。
「じゃ、ちょっとやっておくか」
幸い、魔力の糸は既に追っ手に絡めてある。まずは全員馬から落とし、そこに魔力の糸を通して電撃を送った。全員、声もなく倒れたので任務完了である。
後はこの事を目の前の一団に知らせればいいのだけれど。
「おじさんと合流出来るまで、待つか」
子供や老人もいる一団だ。遠からず休憩の為に足を止めるだろう。そこを狙ってレモにだけわかる合図を送ればいい。
果たして、それからしばらくして、一団は道から逸れた木陰で休憩を取っていた。
以前レモに聞いた、鳥の鳴き声を模した指笛を吹く。高く低く三回。座って休んでいる一団から、一人が立ち上がるのが見えた。レモだ。
無事だったのだ。いや、無事なのは情報としては報されていたけれど、この目で確認した訳ではない。
ややくたびれた様子は見せているものの、健康上の問題もなさそうだ。その彼が、指笛の音をたどってこちらにやってくる。
ティザーベル達は、以前フローネルが地下に潜入する際に使った結界を使っているので、向こうからはわかりづらくなっていた。
もうそこまで、レモが来ている。
「おじさん」
「! 嬢ちゃんか?」
声を潜めた彼からの問いに、結界を解いて姿を現した。離れていた時間は、二ヶ月もなかったはず。なのに、今こんなにも懐かしい。
「お、おじさん……無事で良かったあああ」
「おおう!」
レモを目の前にして、ティザーベルは泣き出した。自分でも自覚していなかったけれど、相当気を張っていたらしい。
レモに飛びついてわんわん泣くティザーベルを、レモが困った様子でなだめていたそうだが、当の本人だけは知らなかった。
ひとしきり泣いてすっきりした後、状況も状況だから、レモには一度集団に戻ってもらって、もう危険は去ったと説明してもらった。
一団は半信半疑だったようだが、足の速いのが何人か道を戻り、確かに倒れている集団を発見した事で、信じてもらえたらしい。
彼等はそのままその場で夜明かしをするつもりらしく、仕度をし始めた。その中からレモは抜け出して、再びティザーベル達の前にいる。
「あっちはいいの?」
「ああ、追っ手がいないのなら、心配はねえだろ。で? 一体あの時何があったんだ」
まずはそこが気になるところだろう。ティザーベルはあの場に罠があった事、その後自分はここから北東にある海岸に打ち上げられた事、そこで元帝国民に出会った事などを話た。
「で、紆余曲折の後、こっちの彼女の一族に手を貸して、人さらい……じゃなくて誘拐犯を捕まえた後、里の奥にある地下都市に入ったのよ」
「地下都市ってえと、あの大森林の地下のような場所が、他にもあるってのか?」
「うん、しかも複数」
「なんてこったい……」
その後、里の奥にある一番都市を無事再起動させたおかげで、一度帝国に戻れた事、ネーダロス卿に手紙を書いた事、再びこちらに戻って街を回りながらレモとの合流を目指した事なども話す。
「俺の方が、嬢ちゃんのいる場所から近かったのか……」
「うん。ヤードは、ここから北にいったところの山にいるって」
「そうか……無事なんだな?」
「怪我とかはしていないみたい」
レモは大きく息を吐いた。彼にとって、ヤードはたった一人残った甥だ。心配もひとしおだろう。
「でね、こっちの彼女、フローネルって名前なんだけど、彼女がね、ちょっと普通と違ってて……」
「嬢ちゃんみたいな魔法でも使うってのか?」
「いや……そうじゃなくて……」
レモに、どうやってエルフという存在を説明すればいいのやら。これがセロアなら一言で片が付くのに。
悩んでいたら、フローネルがずいと一歩前に出た。
「気味悪く思われるかもしれないが、私はこういう種族なんだ」
そう言うと、それまでかぶっていたフードと帽子を一挙に脱ぎ捨てると、エルフ特有の長くとがった耳が露わになる。
「こいつは……また……」
ぽかんとするレモに、また長い説明をしなければならないかと、少しうんざりするティザーベルだった。
話が長くなるのなら、落ち着いた方がいいという事で、家を出して居間で話す事にした。
テーブルの上にはお茶とお茶請け。レモは腕を組んで唸っている。
「その、えるふ……ってのと、じゅうじん? 獣と人の特性を持った種族だったか? は、俺らを追っていた教会組織から迫害を受けている、という訳か」
レモなりに聞いた話を整理しているようだ。獣人には、まだティザーベルもお目にかかっていない。
これまで、街で捕らえられていたエルフ達を解放してきたという話には、レモも眉をひそめていた。しかも、エルフを捕まえているのは、教会の下部組織である。正確には、管理局の下部組織であるが。
「しかも、あの地下都市を凍結させたのも、教会組織の上にいる人間なのよ」
「ちょっと待った。あの都市とやらは、六千年眠っていたとか言っていなかったか?」
「うん。六千年生きている人、いるよ?」
「嘘だろ……」
レモは両手で顔を覆った。そろそろ彼のキャパを超えるのではないだろうか。心配そうに見ていると、ややして彼は顔を上げた。
「まあ、嬢ちゃんに付き合ってると、これまでの常識ってものが音を立てて壊れているからなあ」
「ちょっと、失礼じゃない?」
「俺は間違っていない」
言い切ったレモに、返す言葉がない。実際、ここしばらくのあれこれはティザーベルの常識も覆す事ばかりだった。レモにとっては更に、だろう。
一応悔し紛れに「私のせいじゃない」と言っておいたが、相手がどこまで信じた事やら。
だが、拒絶せずに全て受け入れるのはレモのいいところだ。
「エルフやら獣人に関しては、そういうものと思って。あと六千年以上生きた人も。それが複数いるってのも、頭が痛いけど本当のようよ」
「何をどうすれば人間がそんなに長く生きられるのやら」
「多分、人間捨ててるんだと思う」
マレジアはまともそうに見えて違うし、あのエルフの里の長も、そしておそらくスミスもそうだ。他にもいるかもしれないけれど、多かれ少なかれ人間やめなくては長い時を生きられないのだと思う。