百八十七 隠れ里
都市の再起動が完了した事で、都市の機能をフルに使える。という事は、機能を使った移動も可能だ。
「隠れ里の位置は把握出来てる!?」
「問題ありません」
「では、近くまで移動を」
「はい」
十二番都市は本来ヤパノアの管轄だが、支援型の長姉にあたるティーサがいる為か、その権利の一部を彼女に譲渡しティーサが扱えるようにしている。
ティーサによる移動で、隠れ里の入り口まで瞬時に飛んだティザーベル達の目に、真っ赤に燃える里が入った。
「これは……」
「急ぐよ!」
「あ、ああ」
一瞬怯んだフローネルに声をかけ、二人と支援型三体で里に入る。
中は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。あちらこちらで人が斬り殺され、焼き殺されている。手近なところから、敵と思われる相手を無力化していった。
人外専門なのに、どうしてここでも対人戦を強要されるのか。もっとも、今回は自分から首を突っ込んでいったようなものだけれど。
次から次へと相手の意識を刈り取っていく。電撃一発で失神させられるのだから簡単だ。
こちらの存在に気づいたのか、敵の司令官らしき人物の檄が飛ぶ。
「エルフが入り込んでいるぞ! 魔法無効化の道具を使え!!」
その声に、フローネルの足が止まる。彼女の肩を軽く叩いて、ある情報を教えておいた。
「大丈夫。あいつらの道具は全部壊すから」
その言葉と同時に、あちらこちらで慌てた兵士達の声が聞こえた。「何故だ!?」だの「どうして!?」だのと聞こえてくる。声を頼りに電撃をお見舞いし、すぐにその場を離れて次の敵を探した。
それにしても、この里にどれだけの兵士を送りこんだのやら。建物が燃えているので、そちらの消火もしつつ進む。消火は燃えている部分を結界で覆って、中を真空状態にすればすぐに終わった。
「どういう事だ!? 何が起こっている!!」
騒ぐあれが司令官だろう。確かに他とは違う甲冑を身につけている。狙いを定めて電撃を放っておいた。気持ち強めになったせいか、悲鳴すら上がらなかったけれど気にしない。他にも無力化すべき兵士はたくさんいる。
どれくらい里の中を回ったのか。やっと敵の全てを無力化出来たようだ。彼等を今後どうするかは、里の人間に任せる。
辺りを見回していると、背後から声がかかった。
「お前達! どうしてここに!?」
モーカニールだ。手に剣を持っているところを見ると、彼女も戦っていたらしい。
彼女はその剣を、ティザーベル達に向けた。
「お前達も、あいつらの仲間か!!」
「剣を下ろしなさい。助けてやったのに、礼も言わずに剣先向けるなんて、躾がなってないね」
「何だと!?」
わざと煽ったのは自覚している。モーカニールのようなタイプは、正直嫌いなのだ。相手が物理攻撃しか出来ないのなら、負ける事はないのだし。
剣を振りかぶった彼女とティザーベルの間に、フローネルが入り守ろうとするが、モーカニールの剣が振り下ろされる事はなかった。
その前に、制止の声がかかったからだ。
「おやめ!!」
マレジアだ。両脇を側仕えの女性二人に抱えられ、小さな体でよろよろとこちらに歩いてくる。
「恩人に剣を向けるなど、恥知らずな。モーカニール。お前の役を今この場で解く。表の村で今後三年は反省するといい」
「そんな! マレジア様! お慈悲を!!」
「慈悲を請う相手すらわからんとはね……もういい、村に戻りな」
マレジアの言葉を受けて、彼女の背後にいた男達がモーカニールの両脇を固めて彼女から剣を取り上げた。引きずられながらその場を去るモーカニールは、マレジアに慈悲を請い続けたけれど、マレジアは聞く耳を持たない。
「さて、身内がとんだ粗相をしたね」
「いえ……」
「色々話したい事もあるから、ご足労願いたい。いいかい?」
「ええ」
こちらも、聞きたい事がある。ティザーベルはフローネルを伴ってマレジアに続いた。
祈りの洞は無事だったらしい。マレジアの庵も傷一つなかった。
「さて、改めてすまなかったね。あの子があんな態度を取るとは、思わなかったよ」
「まあ……ね」
最初から彼女の思い込みの激しさには危ういものを感じていたが、まさかあそこまでとはティザーベルも思わなかった。里が襲われた事で興奮し、たががはずれた結果かもしれない。
とはいえ、あの場で正常な判断が下せないのは危険だ。彼女の立場を考えれば、今回の措置は当然かもしれない。もしかしたら、兄である村長のバーフにも影響があるのではないか。
――まあ、いいか。通りすがりだし。
この里にも、あの村にも深く関わる気はない。今回は緊急事態という事で手を貸したけれど、これ以上深入りはしたくないのだ。
「都市の再起動は、うまくいったようだね?」
「おかげさまで」
「なに、こっちにとっても利益のある話だ。これで結界を張り直せるよ」
おそらく、予備機能のリソースをこっそり拝借出来たのは、目の前の老女がいたからだ。研究実験都市の生き残り、しかも研究者だ。いくらでも細工は出来ただろう。
それを今更どうこうするつもりはない。
「あの襲撃者は?」
「クリール教の奴らだよ。スミスめ、本腰入れてこっちを潰しにかかるつもりらしい」
忌々しそうに吐き捨てるマレジアを見て、襲撃者の未来に少しだけ同情した。もっとも、あの宗教の連中は、魔法を禁じて使った者や、使ったと思われる者まで捕まえては殺している。
――同情の余地なし、か。
「あんた達は、これからどうするんだい?」
「仲間を見つけて、国に帰るわ」
「そうかい……」
何だか、居心地の悪い視線だ。これ以上ここにいてはいけない。そんな直感に従って、お暇する事にする。
「じゃあ、私達はこれで――」
「待ちな」
「……まだ何か?」
いつの間にか、マレジアの側仕えが出入り口を固めている。排除出来ない訳ではないけれど、後々を考えると戸惑われる。
こちらのそんな心を、マレジアに見透かされているのがまた悔しい。
「一つ、依頼を受けちゃくれないかねえ?」
「断る」
「そうすぐ断るもんじゃないよ。ちゃんと報酬も考えてる」
そう言って笑うマレジアは、ネーダロス卿を思い起こさせる。
「老人はどこも一緒か」
「何か言ったかい?」
「何でもない」
年寄りのくせに、耳はいいらしい。それにしても、どうしたものか。ちらりとフローネルを見ると、彼女は話を聞く気満々のようだ。
「ほら、こっちの嬢ちゃんはやる気になってるよ?」
「はあ……わかったよ。話を聞くだけは聞く」
「そうこなくっちゃね」
にやりと笑うマレジアに、何だか負けた気分になるティザーベルだった。
マレジアは側仕えに何やら指示し、部屋から退出させる。
「今地図を持ってこさせる」
「地図?」
「六千年前の情報が書かれた地図だよ」
ティザーベルは、目を見開いた。そんな情報が残っていたとは。いや、目の前にいる人物は、その年月を生きながらえた存在ではないか。
「そんなに驚く事じゃないだろう?」
「そうね……それで? その地図と引き換えに、何をさせようっての?」
「まあお待ち。せっかちだねえ。地図には、地上の都市の位置と、地下の研究実験都市の位置が記されている。言いたい事は、わかるね?」
「……他の都市も、再起動させろって事?」
「まあそんなところだ。だが、依頼はそれじゃあないよ?」
てっきり、彼女からの依頼は再起動の事だとばかり思っていた。それが顔の出たのか、マレジアは笑った。
「まあ、再起動だけなら、放っておいてもあんたはやりそうだからね。今回、その手間を省くのは、目的がその先にあるからさ」
どうやら、残りの都市の再起動と、マレジアの依頼には関係があるようだ。
「一体、何をやらせようってのよ」
「何、単純な話さ。スミスを殺して欲しいんだよ」
今度こそ、その場の空気が凍り付いた気がした。