百八十六 三つ目の都市の再起動
避難場所は、下りてきた階段の反対側にある隠し扉から行くそうだ。
「こっちよ」
つい先程まで鬱陶しい程に喋っていたヤパノアが、今はなんともおとなしい。だが、パスティカすらツッコミもせず、黙って彼女の誘導に従っていた。
隠し扉の向こうには、やはり隠し通路が延びていて、いくつかの隔壁の分厚い扉を抜けて奥へと向かう。
隔壁を三つ越えた先の扉が、避難場所だった。
「なるほど、確かに避難場所だね」
だだっ広い空間には、壁際にいくつか棚があり、保存食らしきパックが乗っている。これも六千年前の代物だろう。
それと奥に二つの扉があり、片方がトイレ、片方が洗面所、その奥に風呂場があった。
「とりあえず、ティーサが来るまで待ってましょうか」
ティザーベルは移動倉庫からテーブルと椅子を出し、部屋の真ん中に置いた。テーブルの上には、お茶と茶菓子。椅子はティザーベルとフローネルの分だけだ。支援型達は小さいので、そのままテーブルに乗る。
皆無言のまま、静かなお茶会が始まった。
重苦しい空気の中、堪りかねたのかとうとうフローネルが音を上げる。
「勘弁してくれないか。どうにも息苦しくてたまらん」
「そうは言っても……ねえ?」
いつもは明るいパスティカも、鬱陶しいくらい喋っていたヤパノアも、暗く沈んで声すら出さない。
「いや、何も場を盛り上げてくれとは言わない。でも、無言のままというのがどうにも……」
「じゃあ、フローネルが話題を提供してよ」
「え?」
「言い出した人が、まずやってみせなきゃ。はい、どうぞ」
ティザーベルに振られたフローネルは、何も思い浮かばないらしくあーだのうーだの唸っている。
彼女の気持ちもわからないでもない。確かに広さはあれど閉鎖空間の中、これだけ重苦しい空気ではたまらない。
とはいえ、ティザーベルにも提供出来る話題などそうなかった。フローネルもそうだったらしく、唸った挙げ句に白旗を揚げている。
「うう、無理だ……」
「だろうねえ」
「もうここに入って、どのくらい経ったのだろうか?」
「そんなには経っていないと思うよ?」
いって三十分程度か。確かに罠の分解に時間がかかっている気はするけれど、あれだけ動力炉にべったり仕掛けられては、ティーサでも大変だと思う。
それからもぽつりぽつりと話しつつ待つ事しばし。パスティカとヤパノアが反応した。
「どうかした?」
ティザーベルの問いに、パスティカが緊張した様子で答えた。
「終わったらしいわ。ティーサ姉様が呼んでる」
「姉様!」
「ヤパノア!」
パスティカが止めるのも聞かず、ヤパノアは避難場所を出てすっ飛んでいく。その後を追いかける形で、ティザーベル達も避難場所を出た。
動力炉からここまで、一本道だから迷う事はない。その通路を走り抜けて動力炉まで辿り着くと、炉の前でヤパノアが叫んでいる。
「姉様! しっかりして、姉様!!」
よく見たら、床にティーサが倒れ込んでいた。慌てて近づき、両手の上にすくい上げる。ぐったりしたティーサは、本当に人形のようだ。
「大丈夫なの?」
パスティカに尋ねると、難しい顔でティーサを覗き込んでから答えた。
「魔力の使いすぎだわ。そのまま、少しの間触れていて。あなたから魔力を供給されれば、元に戻れるから」
使いすぎと言っても、そこまで深刻なものではないらしい。ティーサを目覚めさせたのもティザーベルの魔力なので、本人から供給されればすぐに復調するだろうとの事だ。
「今は先に、都市の再起動を急いだ方がいいわ」
「そう?」
「この都市、予備機能が弱いのよ。なんでこんなに弱いのかしら……変なところに力を削られているんじゃないの?」
辺りを見回しながら怒るパスティカの言葉に、マレジアの事を思い出す。もしかしたら、隠れ里に何かしらのリソースを割いているのではないか。それが最初から組み込まれたものではなく、後付けだったら。
――そりゃあ、予備機能のリソースが足りなくもなるわな……
だが、ここでそれを口にする訳にもいかない。といっても、パスティカの事だ。こちらの思考はダダ漏れだろう。
「再起動なら、ここからはヤパノアの仕事かな?」
「そうね。ヤパノア! 仕度を」
「わかってるわよ」
まだティーサを心配そうに覗き込むヤパノアは、パスティカに言われて動力炉の上に陣取る。
「じゃあ、再起動、いくわよ」
そう言うと、ヤパノアは動力炉の上に浮かんでいった。一旦止まると、彼女のドレスの裾が広がり、動力炉を覆う程になる。
「おお」
これまでにないパターンだ。スカート部分は薄く透けていて、動力炉が淡く見通せる。その様子がまた美しい。
そのまま、ヤパノアが歌い出した。透き通るソプラノボイス。それと同時に、魔力が持って行かれる感覚がある。
つい、手の中のティーサに目を落とした。彼女にも、ちゃんと魔力の供給がなされている。本当に、自分の魔力量は増えているのだなと思わされた。
ヤパノアの歌に呼応するように、動力炉が明滅し始めた。ゆっくりとした鼓動のように、明るくなり、また暗くなる。
その間隔は、徐々に早くなっていった。それと同時に、動力炉がゆっくりと浮かんでいく。
スカートの中で明滅しつつ浮かぶ動力炉。再起動はこれで三回目だが、いつ見ても綺麗だと思う。どの都市の動力炉も、個性があって見飽きない。
やがてヤパノアの歌も最高潮になった頃、スカートがするすると短くなって、中の動力炉が露わになる。明滅は歌に合わせて強く弱くなった。
「何度見ても、美しいものだな……」
隣に立つフローネルも、ティザーベルと同じ感想を漏らす。小声で「そうだね」と返し、視線は動力炉から外さなかった。
やがて歌が終わる。高らかに歌い上げる声と共に、動力炉がひときわ強く輝いた。落ち着いた後、他の都市と似たような輝きで、中空に浮いている。
「再起動、完了です」
これまでとは違う厳粛な響きで、ヤパノアが宣言した。
中央塔から出ると、都市の様子が一変している。予備機能の力が弱かったのは確からしく、あちこち建物や道路に損傷が見られ、それを急いで修復している最中らしい。小型の作業用魔法道具があちこちに見られる。
「これで移動が楽になりますよ。ヤパノア、後で影響圏の情報をこちらに」
「はあい」
ヤパノアから情報を得られれば、ティーサがそれらを統合して映像に反映出来るという。
これで少しは活動が楽になる。レモの探索も、もう少し精度が上がるだろう。
あともう少し。そう思うと、大分気が楽になった。
そんなティザーベルの耳に、ティーサからの報告が入る。
「主様、ご報告がございます。どうやら、例の隠れ里に異変があったようです」
「え?」
ヤパノアからの情報で、マレジアのいる隠れ里の全容がわかるようになったという。
その隠れ里が、何者かに襲撃を受けているというのだ。
「どうなさいますか?」
「どうするって……」
正直、マレジア達に対して、助けるだけの義理があるかと言われると微妙だ。確かに十二番都市の情報は得られたけれど、それもこちらでしらみつぶしに探せば何とかなっただろう。
探す手間を省いてもらったのは、確かに恩だ。それに、マレジア自身に思うところはない。どちらかというと、バーフやモーカニール達にこそ、引っかかる部分があった。
とはいえ、このまま見捨てるのも寝覚めが悪い。
「乗りかかった船、か……いいや。助けにいこう。移動は使える?」
「問題ありません」
ティーサからの返答に、フローネルに確認する。
「ネルも、それでいい?」
「もちろんだ」
本当に、彼女は変わった。出会った頃なら、ユルダを助ける必要などない、と切り捨てていただろうに。
「じゃあ、行きますか」
謎の襲撃者というが、おそらくは教会関係だろう。管理局絡みなら、彼等の実力を測るいい機会かもしれない。
もっとも、測るどころかこちらが倒される可能性もあるのだけれど。




