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百八十一 マレジア

 目の前に正座する、白髪を日本髪に結った老婆。彼女の口から出た「異邦の魔法士」という言葉。


 単純に意味通り「他国の」という事なのか、それとも……


「そんなところに突っ立ってないで、お座りよ」


 老女――おそらく彼女がマレジア様とやらなのだろう――の言葉に合わせて、おつきの女性が座布団を出す。足下は板張りではなく、畳だ。


「神妙な様子だねえ。取って食ったりしやしないよ。安心おし」


 そこは心配していないのだが、この場の妙な雰囲気に飲まれてはいる。ティザーベルは、静かに出された座布団に正座した。


 老女マレジアの片眉が上がる。何だか、ネーダロス卿の隠居所へ行った時を思い出す。あの屋敷より、こちらの方が余程「隠居所」という言葉にふさわしい。


 いや、庵と呼ぶべきか。


「隣の子は、座り方がわからないかい? いいよ、好きにお座り」

「す、すまない……」

「構うこたないさ。ここにはこの婆がいるだけだからね」

「マレジア様!」


 老女がからからと笑うのを見て、モーカニールが声を上げた。もっと威厳を持てとでも思っているのだろう。


 何せ、目の前に座る小さな老女は、モーカニール達にとって生き神様のようなものなのだから。


 だが、老女は意に介さない。


「口出しするんじゃないよ、ニル。ケツの青い小娘が。ちったあ男共を手玉に取れるようになったのかい?」

「マ、マレジア様!!」


 老女の口は悪いが、言い方にはからかいが含まれている。モーカニールの堅さを、普段からいじっているのだろう。


 ――なーんか、とんでもない婆様に捕まった感じ。


 この場の設えや本人の出で立ち、ティザーベルが座った時の様子から、おそらく彼女も「元日本人」だ。


 それに、彼女からは得体の知れない魔力を感じる。これが、魔力の糸を消した正体だろうか。


 だが、どうやって消したのやら。じっと観察していると、老女が口を開いた。


「さて、早速本題に入ろうか。あんた達も、聞きたい事があるんじゃないのかい?」

「……たとえば、あの村の歪さとか?」


 人口の年代が偏り過ぎているのは、ちょっと見れば異質に感じるものだ。ティザーベルの言葉に、老女はにやりと笑う。


「ふん、ま、そんなところかい。あそこはね、隠れ里を隠す為の村、いわゆるカモフラージュ用の場所なんだよ」


 前世持ち、確定。隣では、あぐらをかいているフローネルが「かもふらーじゅ?」と首を傾げている。カモフラージュの部分だけ、こちらの言語を使わなかったのだ。同じ意味の単語なぞ、探せば見つかるだろうに。


「何故、そんな事を?」

「もちろん、見つからないようにする為だ。何せ、あたしらぁお尋ね者だからね」


 里を隠すのだから、見つかりたくはないのだろう。だが、見たところモーカニールやバーフ達は普通の人間だ。エルフや話に聞く獣人達とは違うだろうに。


「誰に追われているの?」

「クリール教の奴ら……いや、宗教の親玉に、だよ」

「クリール、教?」


 初めて耳にする名前だが、おそらくそれがあの大聖堂を有する教会組織の名前なのだろうと思い当たる。


 そういえば、エルフ迫害も教会組織、クリール教が元凶だ。人間以外の存在を認めない、排他的な宗教。


 では、目の前の老女達は、何をしてその宗教に追われる身となったのか。


 こちらの視線から、思っている事が伝わったのか、老女はくつくつと笑う。


「あいつらが必死に私らを探すのには、当然ながら訳がある。聞くかい? ただし」


 老女は一度言葉を句切る。


「聞いたが最後、巻き込まれるかもしれない事は、覚悟してもらうよ」


 それでも聞くかい? と聞かれて、即答は出来なかった。


 自分がここにいるのは、事故にあったようなものだ。その結果、仲間と離ればなれになり、今も彼等を探している最中である。


 そのついでに、エルフの救出などをしたりしているけれど。


 返答出来ないでいるティザーベルを余所に、フローネルが答えた。


「すまないが、巻き込むのは私だけにしてもらえないだろうか?」

「ネル?」

「おや、どうしてだい?」


 老女は面白そうにフローネルを見ている。彼女は、ちらりとティザーベルを見た後、かぶっていたフードと帽子を脱いだ。


「私は、見ての通りエルフだ。そして、里の掟を破った為に追放を受けている。もう戻る場所はないのだ。だから、何に巻き込まれても問題はない。でも、ベル殿は探している仲間がいるし、帰るべき場所がある。ここで何を聞いても他言しないと誓おう。無論、村の事も隠れ里の事も、話すつもりはない。だから、話を聞いてもベル殿は巻き込まないでほしいのだ」


 言い切ったフローネルに、側で見ているモーカニールは目をむいている。だが、驚いているのは彼女だけで、老女の側仕えらしき女性達は、そんな素振りすら見せない。


 教育の違いか、それともフローネルがエルフだと最初から気づいていたのか。


 ――もしくは、ネルが何者だろうと構わないか。


 老女マレジアが生き神だというのなら、側仕えの女性達は巫女のような立場ではないか。彼女達にとって重要なのはマレジアの事のみで、他の事は同率でどうでもいい些末な事なのだろう。


 フローネルの主張を聞いたマレジアは、深い溜息を吐いた。


「残念だがね、嬢ちゃん。あんただけじゃ足りないんだよ」

「足りない?」


 怪訝な顔で聞き返すフローネルを余所に、マレジアはティザーベルを見た。


「あんた、都市を二つ再起動させてるね?」


 驚きに、言葉がない。何故、その事をこの老女は知っているのか。一瞬、教会組織クリール教に追われる理由を、あの都市絡みかと邪推してしまう。


 地下の研究実験都市が凍結されたのは、自然派という「魔法技術を否定する一派」のテロ行為による。


 彼等がまき散らした病原菌であっという間に地下都市の人間は死に絶え、結果都市の責任者がいなくなる自体となり、各都市は凍結されたのだ。


 そして、マレジアの言った「足りない」という言葉。これが魔力にかかっているのなら、自分達が巻き込まれるのは、別の都市の再起動ではないのか。


 何も言わないティザーベルを静かに見つめるマレジアは、そのまま口を開いた。


「その魔力が必要なのさ。この近くに、研究実験都市の十二番都市がある。そこを、再起動させてほしいんだよ」

「十二番都市? この近くに?」


 マレジアが研究実験都市の関係者だというのは、多分これで確定だ。だが、都市が凍結されたのは六千年前である。


 では、目の前の小さな老女は、六千年を生きたという事か。


 目を見張るティザーベルを前に、マレジアは再びからからと笑った。


「何を驚いているんだい。そっちの嬢ちゃんはエルフで、外見の特徴からクオテセラ氏族だろう? あそこの族長も六千年生きてるはずだよ」

「族長を、ご存じなのか!?」


 これにはさすがにフローネルも驚く。彼女にとって、族長は生まれた時から一族を束ねる存在だったのだ。たとえ最後がああでも。


 その族長を、おそらくは六千年前から知っているという人物が現れるとは。


 目を丸くするティザーベル達に、マレジアは種明かしをしてくれた。


「さすがにあたしゃエルフになってはいないけどね。別の術を施して長い時を生き抜いたのさ」


 エルフが長命になったのは、実験的治療の結果だとは聞いている。なら、別の都市で似たような研究結果が出ていたとしても、不思議はないのかもしれない。


「あたしらを狙っているクリール教、その親玉の教皇は、本当の名をジョン・ウォルター・スミスという」

「ジョン・スミス! アメリカ人!?」


 スミスと言えば、言わずと知れた英語圏で最も多い名字と言われている。ジョンも多い名で、日本で言えば山田太郎並だ。


 ティザーベルがアメリカ人と言ったのは、イギリスよりアメリカで多い名字だと聞いた事があるからだった。それが本当かどうかはわからないけれど、今回に関しては当たっていたらしい。


「その通り。そんなに驚く事かい? 日本人だって転生やら転移しているんだ、他の国の連中がいないとも限らないだろう?」

「それは……そうなんだけど……」


 何だか、まだ頭が追いつかない。だが、クリール教という宗教の教皇を務めているのが、元アメリカ人のジョン・ウォルター・スミスという人物だというのはわかった。


「スミスはここからもっと西、ヴァリカーン聖国の聖都ジェルサラムにいる。そして、こっからはあたしの憶測だがね」


 そう言い置いて、マレジアは声を潜めた。


「おそらく、ジェルサラムの地下には研究実験都市がある。あいつは、どうやったかはしらないけど、都市を掌握しているよ」


 あまりの内容に、ティザーベル達は何も言えない。一体、マレジアは自分達に何をさせようというのか。


 そして、何故彼女はスミスに狙われているのか。

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