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百七十 魔女狩りの国

 話がまとまったので、一旦フローネルが戻ってきた。決行は明日の昼に決定している。


「お帰りー」

「ただいま……」


 落ち込んでいる様子は見えないが、何やら気落ちはしているらしい。


「元気ないねえ」

「いや、地下のみんなを助けられる事は嬉しいし達成感があるのだが、あの場に私は必要だったのか? と思うと……」


 そう言って肩を落とすフローネルに、ティザーベルは軽く返した。


「意味はあるよ。ネルの言葉だからこそ、彼女達に届いたんだから。これで私やティーサ、パスティカが行ってみなよ? 最初から拒絶されて終わりだと思うよ?」

「そうだろうか?」

「そうだよ。ピッパキアやヴェスジナを動かしたのも、結果的にはネルだから、もっと自信を持って。ね?」


 嘘は言っていない。同じエルフだからこそ、彼女達は一応話を聞いたのだ。彼女達がユルダと呼ぶ人間のティザーベルや、見た目がおもちゃの人形のようなティーサやパスティカでは話も聞いてもらえず門前払いだっただろう。


 同じエルフのフローネルが、危険を顧みずに地下に潜入し、話をしたからこそ聞いてもらえたのだ。


 実際は、ティーサの完全バックアップがあったので、店の男達に気づかれる心配はほぼなかったのだが。


 ティザーベルに太鼓判をおしてもらったせいか、やっとフローネルも自信を持てたらしい。


「そうか……そうだな、うん。これからも、ユルダの街で理不尽な目に遭っているエルフを救いだそう!」

「おー」


 今は彼女がやる気を出してくれる方が先決だ。


 ――それに、人間の街で不当に囚われているエルフがどれくらいいるか、まだわかっていないしなあ。


 早いところレモのところまで辿り着きたいのだが、乗りかかった船のエルフ問題を放っていくのも寝覚めが悪い。


 本格的に問題を解決するには、おそらく人間側の意識改革が必要なのでティザーベルの手には余る。でも、対症療法くらいなら出来るから、まずは緊急で手を差し伸べるだけでもいいだろう。


 問題解決は、エルフとここらの人間が共同でなすべき事だ。


「こっちは所詮余所者だしね」

「何か言ったか?」

「いや、こっちの話」


 フローネルの問いに、笑って誤魔化しておく。


「そういえば、新しい里が出来たら、ネルもそっちで暮らす?」

「え?」

「え、って。今私と一緒にいるのは、あんたの里から追放されたからでしょうが」


 妹ハリザニールの罪を肩代わりしての追放だ。エルフは人間に狙われている関係から、隠れ里のような場所でなければ生きていくのは難しい。


 素性を隠して旅暮らしをするなら何とかなるが、腰を据えて一カ所にとどまるなら、エルフの里が望ましいだろう。


 だが、フローネルにはその考えがなかったらしい。


「そうか……そういう考えも……」


 何やら考え込んだかと思ったが、深刻な顔でこちらに向き直る。


「返事は、少し待ってほしい」

「へ? ああ、うん。別に構わないけど」


 そんなに考えるような事なのだろうか。首を傾げるティザーベルだった。




 救出作戦の予定時間が迫っている。とはいえ、こちらがやる事は少ない。


「じゃあ、ティーサ、フローネルと地下のエルフ達の事、よろしくね」

「お任せください、主様」


 彼女の能力で、地下から一旦一番都市へ、そこからすぐに新しい里へと移動させる。


 里の方は、仮ではあるけれどいくつか家が建ったらしい。そこでしばらく共同生活をしつつ、里の体裁を整えていく予定だという。


 何せ、住人の絶対数が少ないのだ。自給自足をするにも人手が足らない状態なので、サポート用の機材の貸し出しは決定している。


 貸し出しは期限付きで、人が増えようがどうしようが、一定期間が過ぎれば強制返却だ。


 少々荒っぽいかとも思うけれど、いつまでも手助けするのもよくない。それに、里の人員はこの先増えると予想されている。


 それだけ、各里から攫われたエルフが人間の街に囚われているという事だ。


「私達は都市で待機だね」

「そうね。姉様に任せておけば、問題ないわよ」

「だといいねえ」


 今回は前回とは違い、都市から地下へ直接移動をする。これもウーワバンは一番都市の影響下にあるからだ。


 それにしても、六千年前の都市に、地下から影響を与えられているなどと、上の街に住む人間が知ったらどうなる事やら。


 ――どうもならないか。まず信じないだろうし。


 人は見たいものだけを見て、聞きたいものだけを聞き、信じたいものだけを信じる。


 古代の地下都市など、彼等が見たいものでも信じたいものでもないだろう。


「そういえば」


 考えに耽っていると、不意にパスティカから声がかかった。


「前、姉様に情報を集めるようにって、端末をばらまかせたじゃない?」

「うん。何かわかった?」

「前よりはね」


 そう言って、パスティカはモニタを起動させる。都市の支援型の許可を得られれば、他の都市の支援型でもある程度の機能は使えるらしい。


「これがこの一帯の地図。で、ウーワバンがここ。で、この赤い点線で囲った辺りがウーワバンが所属する国らしいの」

「結構大きいね……」

「で、これがわかっているエルフの所在地」


 緑の点で示された地域は、赤い点線の内側だけでなく、西へ大きく広がっている。


「こんなに?」

「それと、現在わかっているエルフの里、大小の別は円の大きさで示してあるわ」


 今度は緑の円が表示される。こちらは赤い点線から若干外れる場所に点在していた。


「この里がある辺りは、どこかの国に属しているの?」

「今のところ、辺境と位置づけた手つかずの場所よ。大体、エルフの里があるのは、人が来づらい場所ばかりだから」


 深い森に結界を張っていたり、山深く容易に行き来出来ない場所だったり、秘境と呼ばれるようなところに里はある。


 人の目に触れないように、隠れて住んでいるのだから当然かもしれない。


「で、ここからが問題。赤で囲った国以外にも、これだけの国が確認されているんだけど」

「おお、大小様々」


 赤だけでなく、青や黄色などで色分けされた点線で暫定的な国境線が描かれる。


 中でも、ウーワバンから大分西に行ったところにある国はかなり大きい。帝国でもすっぽり入りそうだ。


「問題は、この大きな国にあるみたい。どうも変な魔力的干渉を受けて、調査がうまく進んでいないんだけど」

「干渉? この国では、魔法は禁じられていないの?」

「街中を見る限り、逆なんだけど」

「逆?」


 パスティカは頷くと、別のモニタを起動させた。


「街中で魔力が感知された数値を示してるんだけど、この大きな国だけ飛び抜けて高いでしょ」

「本当だ」


 他の国が横ばいに低いのに対し、大国だけが飛び抜けている。という事は、国内で魔力が使われているという事なのだそうだ。


 パスティカは、そのモニタを見ながら続ける。


「でも、この国ではほんの数日前にも、魔法を使ったとして三人が公開処刑されているのよ」

「え……」

「本当よ。公開処刑の際に、罪状を読み上げたから」


 魔法を使ったら、公開処刑とは。それでは欧米の魔女狩りではないか。


「他の街でも、同じ事があるの?」

「いいえ、魔法を使う事は禁じているようだけど、処刑まで行くのはこの国だけみたい。後は……処刑の前に拷問で死ぬとか」


 余計酷い。拷問で何を聞き出そうというのか。


「仲間の所在ですって。あと、魔法を誰に教わったか、とか」

「……魔法が使えるのなら、捕まっても逃げ出せるんじゃないの? それとも、捕らえる方が魔法を使う矛盾でも発生している訳?」


 小さな火を出せる程度でも、敵の衣服を燃やせれば逃げ出す隙は作れるはず。


 だが、パスティカからの返答は重いものだった。


「捕まった人、魔法を使えないのよ。どうして捕まったのかは、引き続き調べるけど」


 本当に魔女狩り状態のようだ。これが噂や密告が原因だったとしたら。


 それにしても、何故この大国はここまで魔法を禁じるのだろう。ふと、以前パスティカに聞いた話を思い出す。


 六千年前にも、似たような連中がいなかったか。しかも、そいつらのせいで地下都市はどこも機能停止に追い込まれている。


「パスティカ……」

「さすがに六千年前の連中が生き残っているとは思わないけど、思想が変質して残っている可能性はあるかも」


 魔女狩りはキリスト教の名の下行われた。神の教えに反する存在として。


 皮肉な話だが、日本ではそのキリスト教自体が弾圧された歴史がある。その代わり、日本で魔女狩りに類する事件があったとは聞いた覚えがない。


 しばらく考えた後、ティザーベルは決断した。


「こっちに飛び火しない以上は、首を突っ込まない」


 どのみち、ヤード達と合流すれば帝国に帰る身だ。そんな余所者が関わる問題ではない。


 そろそろ救出作戦の決行時間だ。ティザーベルに出来る事はもうないので、後はフローネルからの成功報告を聞くだけ。


 彼女の帰りを、のんびり待つとしよう。

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