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オダイカンサマには敵うまい!  作者: 斎木リコ
大陸探索編

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百四十三 里の中

 人垣を割って進むエルフの族長は、これぞエルフと言わんばかりの外見だ。年齢を感じさせない容貌、見事な刺繍の入った豪華な衣装、長く美しい金髪、ここからでは目の色まではわからないが、緑か青とみた。


 その族長は、ゆっくりとした足取りでカルテアンまで進む。


「奪還任務、ご苦労。詳しい報告を聞きたい。来なさい」

「はい」

「ユキア、お前も無事で本当に良かった。フローネル、君は妹と共に家に戻るように。しばらくは外に出てはいけないよ?」

「はい……」


 言い終わると、族長は泣きじゃくるユキア親子を促して立ち上がらせ、二人をなだめるように歩き出した。カルテアンがその後ろに続く。


 さて、これはどうしたらいいものか。


「ベル殿、良かったら、我が家に来てくれないか?」


 一人置いて行かれた感のあるティザーベルに、フローネルが声をかけてきた。この里に招いた当人であるカルテアンは行ってしまったし、ではこれでと里を後にする訳にもいかない。


 ヤード達を探す為にも、帝国へ帰る為にも、この里の奥にあるという都市を再起動させなくてはならないのだ。




 フローネル達の家も、巨木に張り付くように建っていた。ただし、どう見てもここは里の中でも外縁部だ。そのせいか、周囲も家がまばらにある程度である。


 そういえば、ここに来る時も中央は通らず、外縁部をぐるりと回るようにしてきた。


 パスティカの協力の下、星の目を使った航空映像を見てみる。里は真円とまではいかないが、円環状をしており、中央にひときわ高い巨木が生えている。カルテアンの表記がそこにあるので、おそらくここが族長の住まいなのだろう。


 比べてティザーベル達がいるフローネルの家は、里の中でも一番北側に位置している。もう少し西よりなら、例の地下都市へと続く道に簡単に出られそうだ。


 フローネルは家に入ってすぐ、飲み物を用意してくれた。ハリザニールの方は、青い顔のまま定位置らしき場所に座っている。


 この家もクピ村同様、床に直に座るようだ。あちらの村と違うのは、床に綺麗な敷布がある事だった。


 ――これ、パッチワークか……


 細かい布を接ぎ合わせて作るパッチワークを、ここで見る事になるとは。しかもかなり凝った図柄で、出来上がりの大きさを考えると結構な大作だ。


 敷布に見とれている間に、フローネルが戻ってきた。


「すまない、こんなものしかないが……」


 そう言って彼女が出してきたのは、薄い上品な作りのカップに、七分目程度に注がれた果実のジュースだ。


 カップ……いや、取っ手がないのでゴブレットと呼ぶべきか。それを持ち上げて、中身がこぼれないように見回す。


 この世界に生まれて、初めて見る磁器だ。


『これは、この里で作っているものなのか?』

「え? ああ、そうだが……こんなもの、どの家にも普通にあるぞ?」


 それはこの大陸のどの国でもそうなのだろうか。少なくとも、クピ村でそうしたものは見なかった。もっとも、滞在が一日かそこらなので、全てを見て回った訳ではないけれど。


 そして、帝国にもない。


 ――うーん……ここの族長が前世日本人らしいから、有りと言えば有りなんだろうけど……


 あの国にも、自分達の前に前世日本人の転生者がいただろう痕跡はいくつもある。それを考えれば、陶器や磁器の作成がされていても不思議はないのに。


 技術云々よりも、単純に材料がなかったと見るべきか。


 あまりにもじろじろとゴブレットを見ていたせいか、フローネルが心配そうに聞いてきた。


「ベル殿? 何か、その器が気に障っただろうか? 何なら、別のものに――」

『ああ、いや。私の故郷にはない代物だったのでね』


 嘘は言っていない。ティザーベルの言葉に、フローネルはあからさまにほっとした様子だ。


 彼女にしてみれば、妹のしでかした事が原因で自分達が窮地に陥り、そこを助けてもらった恩人相手に下手な事は出来ないというあたりか。


 出されたジュースを飲もうとして、仮面の幻影をまとったままなのを思い出す。


『パスティカー、仮面を少し上げたように見せられるー?』

『お安いご用よー。飲み物を口元に持っていけば自動で動くようにしておくわ』

『ありがとー』


 すっかり気安いやり取りだ。事実、パスティカは慣れてしまうと付き合いやすい。能力も高いので、今ではかなり依存している。


 冒険者としてはよくないのだろうが、一応彼女とはティザーベルの寿命までの付き合いだ。


 ――そういえば、途中で都市の所有者を変更とか、出来るのかしら?


 思い浮かべた途端、頭の中にパスティカの怒号が響く。


『ちょっと! 冗談でもそんな事、考えないでよね! 私達にとってはねえ! 都市の所有者は大事な存在なんだから!! いってみれば、半身のようなものなのよ!!!』


 あまりの彼女の怒りに、頭痛がした気がしたけれど、すぐに復活した。まさか、支援型魔導疑似生命体にとって、所有者がそんなに大事だとは。


『その割には、適当に決められてない? 確か、前所有者の後に一定量の魔力を持っている人間って設定よね?』

『そうよ! あなた、わかっていないでしょうけど、あなた程の魔力の持ち主なんて、多分この世界のどこにもいないわよ?』

『え? マジで?』


 パスティカの意外な言葉に、ティザーベルの動きが止まる。幸い、フローネルはテーブルの上を片付けたりしていて気がつかず、ハリザニールは自分の事で手一杯で、こちらの様子を伺う余裕はなかった。


『パスティカ、さっきの話を詳しく!』

『魔力量の事? ええ、余程巧妙に魔力を隠していない限り、間違いないわ』

『何でそんな事がわかるの? 六千年眠ってたんだよね?』

『星の目で地表を「見た」でしょ? その時、主な魔力の持ち主も簡単にだけど調べたのよ。そうしたら、該当者なし』

『星の目って、そんな事まで調べられるんだ……』


 頭の中だけで呟くと、パスティカからは可哀想な子を見るような気配を感じる。脳内だけでそれを表現するとは、嬉しくはないけれど器用な事だ。


『あなた、私がどうやって近場の研究実験都市を探したと思っているのよ』

『……魔力を元に、探した?』

『正解。他にもいくつか候補はあるんだけど、多分この奥にあるのは、「当たり」よ。都市は簡単に見つからないよう色々と偽装されているんだけど、今回はあなたの経験と、星の目の情報とを合わせて候補地を絞ったの』


 本来、「都市」は星の目でも見つけられないようになっているという。それでも候補地を見つけられたのは、大森林を見ていたティザーベルの経験があったからなんだとか。


『その土地から湧き上がる魔力が一定間隔で変化する場所なんて、人工的な原因でもない限り、まずあり得ないから』


 ラザトークスの大森林の魔力を、異常だと感じたのはティザーベルだ。他に、奥地まで入った魔法士はいないと聞いている。


 そもそも、あの大森林に入れる程の実力を持った魔法士の冒険者がいないわけだが。


 いただいたジュースは、酸味が程よくきいていておいしかった。


 飲み終わったタイミングを見計らって、フローネルが口を開く。


「その……身勝手なお願いがあるのだが、聞いてもらえるだろうか?」

『……まずは、内容を聞かねば判断出来ないな』

「そう……だな。そうだよな……」


 うなだれるフローネルに続きを促す事なく、ティザーベルは黙ったまま待つ。


 やがて、彼女はポツポツと語り出した。


「今、カルテアンが族長や里の重鎮に、今回の件の顛末を説明している。それが終わったら、ハリを連れて私も行かなくてはいけない」


 そこで、里の掟を破ったハリザニールに対しての罰が下されるという。


「その場に、ベル殿も来てほしいのだ」

『……構わないのかね?』

「いい。ベル殿も当事者の一人。ユルダだからといって、排除するのは間違っている」


 フローネルの考えはわかったが、里の重鎮とやらがそれを了承するだろうか。


 とはいえ、確かにハリザニールの処罰については少し興味がある。もし命を取られるような事になるのなら、何か手を貸せないだろうか。


 里のルールを破るのはよくないが、ハリザニールはまだ若い。見た目は十五歳くらいに見えるけれど、彼女もエルフなので実年齢は謎だ。


 それでも、カルテアン達の態度を見るに、まだ未成年といったところだろう。成人に達していない以上、責任を問うのはいかがなものか。


『……許可が得られるなら、同席しよう』

「! ありがとう! ベル殿!」


 ティザーベルの返答に、フローネルは感激している。まだ同席出来ると決まった訳ではないのに。


 ティザーベル自身としては、やはりあの族長と話してみたい。こちらの出すキーワードに、どこまで反応するか。


 それに、地下都市へと至る道へ出る許可ももらわなくては。余所者排除の空気を考えると、少し難しそうだ。


 いずれにしても、カルテアンの説明が終わるのを待たなくてはならない。ティザーベルは二人に気取られないよう、軽い溜息を吐いた。

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