十 オーダー入りましたー
ひとしきり盛り上がったオヤジ達は、ティザーベルが提供した食事や酒を飲み食いして、今では高いびきをかいている。宴会の途中で寝落ちするオヤジ続出だったので、魔力の糸を使って全員寝台に放り込んだ。
「ちょろいな、おっちゃん達」
「それだけ、抑圧されていたんだろう」
「だよなあ」
ティザーベルの呟きに、ヤードとレモがソガ達を擁護した。彼等の言葉にも一理あるので、ティザーベルは特に反論はしない。
そんな彼等を余所に、心配そうなミドが尋ねてきた。
「あの……それで、これからどうなるんでしょうか……?」
「とりあえず、許可が出たら脱獄かな?」
「え?」
ティザーベルのあっけらかんとした答えに、ミドが驚いている。確かに、あれこれ端折っているのでこれではわかりづらかろう。
ティザーベル達オダイカンサマに出された依頼は、あくまで「ギルドの不正の生き証人」だ。そのついでに、街の不正の証拠が見つかればなおよし、と言われているので、今回のような不当逮捕は非常においしい状況だった。
今回の事は最初から、部隊の窓口になっている魔法士ハドザイドを通じて街の外に待機している部隊に連絡が行っている。彼はヤサグラン侯配下の優秀な魔法士だ。
そろそろ部隊が街に踏み込んでも不思議はない。併せて、別働隊が領主であるガーフドン男爵を急襲する手筈になっていた。
連絡は全てハドザイドを通じて行われる為、現在彼からの連絡待ちだ。おそらく、部隊の方でもソガ達の話を共有している最中だろう。残念ながら、未だ不安そうにしているミドにはまだ全て話す訳にはいかない。彼が知るのは、ここを出て外の部隊に保護された時だ。
そんなミドに、ティザーベルは明るく言う。
「大丈夫だって。ミドも、おっちゃん達もちゃんと無事に逃がしてあげるから。これは依頼に含まれていないけど、まあサービスだと思いなさい」
「さ、さーびす??」
首を傾げるミドの隣で、レモが「また嬢ちゃんは訳のわからない事を……」と渋面をしている。確かに、この世界でこの言葉が通じる訳がないのだが、つい使ってしまうのだ。身に染みついた慣習とは恐ろしい。
そんな事を言い合っていると、不意にティザーベルの魔力糸に反応するものがあった。ハドザイドからの連絡だ。
先程繋げた魔力の糸は、今まで繋げっぱなしだった。そのおかげで、こちらの様子は向こうに筒抜けである。とはいえ、その事を馬鹿正直にソガやミドに話すつもりはない。
『やっと部隊が動きますか?』
声には出さず、糸に思念を乗せて送る。そうすると、相手からも同じように返っているのだ。
『いや、事情が変わったのでその連絡だ』
ハドザイドの様子に、変わったところは感じられない。元からあまり感情を表に出すタイプではないが、こうした通信でもそれは変わらないようだ。
それにしても、事情が変わったとはどういう事か。そう思いつつ返信を待つと、ハドザイドから意外な言葉が出てきた。
『侯のご命令で、海賊は殲滅する事になった。ついては、オダイカンサマにも手伝ってもらいたい』
『え……』
先程聞かせた、ソガの話が原因だろうか。当初、海賊は沖に集結している帝国海軍に全て任せるという話になっていたのだ。だが、それが陸と海とで連携し、殲滅をするという。
確かに街中にも何人か海賊が入り込んでいるのはわかっている。いい例があのハゲだ。そうした連中を放っておく事は出来ないのはわかるが、それに自分達が参加させられるとは。
既に海軍には連絡が通っており、ティザーベル達には事後報告になったそうだ。これに難色を示すのは、対人戦闘が嫌いなティザーベルである。
『何だってまたそんな事に……先程のおっちゃ……いや、ソガ達の話が原因ですか?』
砕けた言い方になりそうなのを押し留めてティザーベルが尋ねると、ハドザイドからは予想外の返答がきた。
『いや、それは補強情報に過ぎん。実は、海賊の中に脱走した魔法士部隊の魔法士が紛れ込んでいる』
『え?』
初耳である。魔法士部隊とは、帝都にある魔法士のみで構成された部隊の事で、主に各軍への魔法的援助を目的として設立されたと聞いている。
といっても、設立当初の理念などとうに消え失せ、貴族出身の使えない魔法士共が幅を利かせる厄介な部隊に成り果てていたのだが。
その部隊からの脱走者が、海賊に与しているという。
『だから、これまでヨストの海賊は負け知らずなんだ』
ハドザイドはそう吐き捨てた。彼自身魔法士なので、犯罪に手を染める同胞が許せないのだ。
ティザーベルはまた違う感想を持っているが、ここで彼に伝えるつもりはない。彼女が聞きたいのは、その海賊殲滅戦で自分達がどう使われるかだ。内容から察するに、自分は海上に引っ張り出されるのではなかろうか。
『ヤードとレモが参加するのはわかりますけど、私もですか?』
『人外専門は私も知っている。だが、海上の魔法士をあの二人で捕縛出来るかね?』
ハドザイドに問われて、即答出来なかった。多分、無理だろう。物理攻撃しか手段のない二人では、これまで海賊に沈められた冒険者達と同じ道を辿りかねない。
魔法士に対抗出来るのは魔法士だけだ。
『……私に魔法士を倒せと?』
『いや、生きたまま捕縛してほしい。それなら得意だろう?』
ぐうの音も出ない。賊の意識を刈り取った事があるのは、彼もよく知っている。これは断るのは無理そうだ。
元より、貴族がバックにいるこうした依頼の場合、引き受けないという選択肢はない。ティザーベルは数瞬目を閉じて考えた結果、応じる旨を伝えた。
『でも、海賊の魔法士ってどこにいるんですか?』
『あぶり出しはこちらでやろう。といっても、やるのは海軍だが』
なるほど、海賊の船を海上へ引っ張り出せば、そこに魔法士もいるという寸法だ。
――これ、最初から仕組まれていた訳じゃないよね?
何だか綺麗にはまりすぎて、つい疑いたくなる。とはいえ、ソガの言っていた東の国での奴隷売買は、本当なら大問題だ。
モリニアド大陸にはパズパシャ帝国以外にも国はあるが、全て山脈の向こう側にある。行った事がないので詳細は知らないが、山脈の向こうには海岸線にそってわずかな土地があるばかりで、そこに細長く国がいくつかあるのだとか。
どれも小国なので、もし帝国が戦争を仕掛けた場合、簡単に負けるだろう。そんな国が、海賊相手とはいえ帝国から奴隷を仕入れているのだ。中央でも波紋が広がっている事だろう。
『ああ、それと』
ハドザイドからの通信は、まだ終わっていなかった。
『出来たら、海賊の頭領も一緒に捕縛してくれ』
『それ、海軍の仕事じゃないんですか?』
『今回、海軍にその余裕があればいいんだがな』
そう言って伝えてきた計画に、ティザーベルは天を仰いだ。
「めんどくせー」