第八十八話 よし、襲撃しよう その十四
数十もの巨像。
第九章魔法であるだけでも強大極まっているというのに、込められた魔力は初級でもって上級を打ち破るほど。その暴虐は常軌を逸している。
だから、しかし。
ゴッッッギィン!!!! と巨像の右手より振り下ろされた大剣をガジルの長剣が受け止める。
「づっ……!! 重いな、おいっ。本当めんどーなこった!!」
それだけではない。左右より挟み込むように二体の巨像が示し合わせたように大剣を薙ぐ。正面からはガジルとの鍔迫り合いの最中だというのに土くれの右足が放たれる。
空気が破裂する嫌な音と共に左右の斬撃と正面の蹴りとがガジルを襲う。単純な力で換算するならば、魂依存の力は『少年』が上であることは血の刃がすでに示されている。だが、戦闘とは力だけで勝敗を左右するものではない。
ほんの僅かに右から迫る斬撃へと手を添えただけだった。たったそれだけで斬撃の軌道がズレる。ちょうど正面の巨像を斬り裂く軌道に、だ。
ザッバァンッッッ!!!! と正面に逸れた斬撃が巨像を斬り裂く。そう、ガジルと鍔迫り合いを演じていた巨像の胴体が綺麗に輪切りにされたのだ。
「ふっ!!」
不良騎士の身体が霞む。
そのまま左の巨像に突っ込み、迫る斬撃を長剣でもって受け止める。
その時には右の巨像が手首を返し、折り返すように斬撃を放つ。それに合わせるように『補充』しておいた力を解放する。
つまりは左の巨像の斬撃を。
受け止めたそれを受け流す。迫る右の斬撃へとぶつかるように。
ガギィンッ!! と激突するは同じ第九章魔法。『少年』の魂依存の力はガジルの地力を超えているかもしれない。真っ向からぶつかれば、『少年』の勝利は揺るがないだろう。
だが、同一の力であれば?
そこらに溢れる巨像の攻撃を利用すれば、同一存在たる巨像どもを破壊することもできる。
「『運命』だかなんだか知らねーが、お前さんの存在が姫さんの重荷となっていたっつーなら話は簡単だ。『運命』、覆してやるよ」
セルフィーは呪縛を断ち切った。
使用人を遠ざけ、できるだけ犠牲を出さないよう実質的なアリシア国の支配者の意思に背くために抗い、一人で背負ってきたその重荷を投げ捨てたのだ。
騎士に命じた。
『運命』を粉砕する、そのために力を貸せと。
ならば応じるのが騎士の誇りである。不真面目だろうが、命令違反が日常茶飯事だろうが、譲りたくない一線はあるのだ。
さあ。
己の魂のままに突き進め。
第七王女が心から笑い、差し伸べられた手を迷いなく掴み取れるような、そんな未来を得るために。
ーーー☆ーーー
ガガッゴォン!! と複数の斬撃が地面を抉る。
だが、当たらない。紙一重で獲物がかいくぐる。
バトルスーツに『防具技術』を纏うことで大質量の刃が地面を抉ることで生じる衝撃波を防ぐはエリス。紆余曲折あったが、戦争の後の同じく魔法を使えば魂が崩壊する状態にまで持ち直していた。魂が崩壊していないだけマシなのだろうが、それでも手持ちの力はポーチ内に入っている市販の魔石を利用した炎風剣程度。真っ向から巨像にぶつかったって一瞬で粉砕されるだろう。
だが、そうはならない。
数十もの巨像が多角的に攻めているとはいえ、本質は魔法。他の魔法と同じく『少年』が具現化して、『少年』が操っているのだ。
であれば、『少年』の魂から響く声を聞くことで次の一手を予測できる。肉体表面に次の動作の予兆を読み取るのでもなく、内部でエネルギーを抽出する際の力の波動を読み取るのでもない。行動の、その始め。思考そのものを読み取るということは、それすなわち最速の行動予測と機能する。
今のエリスでも紙一重で斬撃を避けられるほどに、その行動予測速度は凄まじいものであった。
(できるのは力の分散くらい。本命を敵陣まで突っ込ませるために、敵兵を引きつけることだけよ。くそっ、こんなんで姉を名乗るなんて格好悪いったらないわねっ!!)
ーーー☆ーーー
この際、致命傷以外は許容した。
腕が斬り落とされ、足が握り潰され、胴体が蹴り抜かれてもいい。致命傷、肉体的な死と共にスキル『憑依』で魂を奪われない限り、スフィアに負けはない。
彼女のスキルは超高速肉体再生。
粉々に砕け散ったとしても、死を自覚する数秒間であれば完全な再生を可能とする。
だから、いつも通りを貫いた。
腕を斬り倒された際に、足を握り潰された際に、胴体を蹴り抜かれた際に、返す刃で『極の書』を叩き込む。
一発では足りないなら、何度でも。
繰り返される捨て身の特攻が確実に巨像を削る。超高速回復スキルにて腕も足も胴体も元に戻すことで何度でも捨て身を通す。
(今回は譲ってやるカモ。いずれぶっ潰すにしても、あいつよりはお前のほうが楽しく世界最強を争奪できるワケだから──)
「ははっ!! 決めちまうカモお!!!!」
ゴッォッッッ!!!! と。
金色が戦場を駆け抜ける。
ーーー☆ーーー
まさに金色の一閃であった。
その一閃は間にあった巨像のことごとくを巻き込む。ガジルやエリスやスフィアが真っ向からの勝負を嫌った強敵を路上の石ころのように弾き飛ばす。
金色は真っ直ぐに『少年』の懐に飛び込む。
ギヂリ、と拳を握り締めて。
「ふんにゃあああああっ!!」
祈りの集積が『少年』の力と拮抗することはすでに示されている。であるならば、その力を喰らい、倍増させた金色は『少年』に迫る猛威と化しているのではないか?
だから。
だから。
だから。
「『技術』よ、スキルを纏い暴威と変じろ!!」
ゴッゴォンッッッ!!!! と。
振るわれた不可視のエネルギー刃と金色の拳が真っ向から激突した。
拮抗。
両者共に譲らぬ完全なる互角。
『技術』に加えてこれまで殺し奪ってきた数多のスキルを重ねて、なおも同等。ここに魔法を加えられたならば(単純なエネルギー総量で考えるならば)押し負けていただろう。だが、ミリファは魔法を喰らい力と変える。そのことを身を以て思い知っている『少年』は敵に力を与える愚は選ばない。
ゆえに拮抗。
『少年』と対等にぶつかり合う。
「なるほど、こいつはいい。『神秘の始点』の本質は暴力じゃねぇらしいが、スタンダードな性質だけでも俺様が奪ってやる価値があるなァ!!」
ゴッッッゾォンッッッ!!!! と。
無数に放たれた攻撃が発する余波、その轟音が一つに束ねられた。音速程度では混ざり合ってしまうほどに突き抜けた速度域で交差したのだろう。
ただただ不可視のエネルギー刃を振り回しただけであり、ただただ拳を突き出しただけ。その単純な繰り返しが、しかし土台となるエネルギーが膨大なことで暴威と化す。
ただの一撃さえも既存のパワーバランス内の上位ランカーを粉砕する、その力。それでも、殺せない。届かない。拮抗、互角の相手だからこそだ。これがガジルであれエリスであれスフィアであれ殺しきれただろうが、唯一目の前の相手だけは殺せない。
突き抜けた暴威。
既存のパワーバランスを凌駕する怪物同士の激突であるために。
「負け、ない。お前がみんなでぐーたらする当たり前の日常を壊すというなら、その前にぶっ殺してやる!!」
「ハッハァ!! 弱者は強者に踏み潰されるためだけに存在するんだァ。つまり! 世界の全ては絶対的な強者たる俺様の前に屈するだよ!! 殺すにしろ殺されるにしろ、お前が踏み潰されるのは確定だァッ!!」
そして。
そして。
そして。
シュッパァン!! と。
ミリファの隣にセルフィーが出現する。
スキル『転移』。
十メートル内の何かを対象とする力であるが、セルフィーであれば話は別だ。赤く、強固に結びついたセルフィーとミリファに距離の概念は作用しない。いつでも、どこからだって、繋がりを引き寄せ駆けつけることができる。
ゆえに十メートル以上先から第七王女が瞬く間に距離を詰める。刃と拳がぶつかり合うほどに近く。
────ミリファさまあーっ!! 亜空間内の魂を見通してくださーい!!
想いは届いた。転移された思考の一部の狙いまでは伝えられなかったが、拒否する理由もない。スキル『魔力隷属』の一部たる魔力の視認能力でもって亜空間内の魂を見通す。
その視界をセルフィーへと転移すれば、後は切り札を突きつけるのみ。
「スキル『転移』ォっっっ!!!!」
ミリファを始点に、『少年』の魂を終点に。
つまりミリファが捕食している祈りを亜空間内の『少年』の魂へと転移させたのだ。
無数の魂を支配する『少年』だが、それはあくまで支配。魔女モルガン=フォトンフィールドもそうだったが、異なる魂を吸収しているわけではない。
そう、魔力の禁忌を克服したわけではない。ゆえに『少年』の魂に異なる祈りをぶつけたならば、拒絶反応による崩壊が発生するのだ。
「は、ハッハァ……。なる、ほどなァ。そういうことかァ。してやられたぜ、くそったれがァ」
ぐらり、と傾いたかと思えば、そのまま後ろに倒れる。スキル『憑依』、勝利も敗北も力と変える最終勝利スキルを持つ怪物も、しかし無敵ではなかった。
魂の崩壊、その末の死を避けることはできなかったのだから。
ーーー☆ーーー
チクリ、と。
その胸に走る痛みに果たしてミリファは気づけただろうか。
ーーー☆ーーー
「ふにゅふむふふーん☆」
「『勇者』様、正義執行に対する障害を取り除くことに成功しました」
「感じてるよう。流石王様あ」
「王なんてものに何の価値がありましょうか。正義を貫く『勇者』様には遠く及びません」
「ふうん。まあ何でもいいけどお。ああ、そういえばさあ、どこぞの四大貴族の獣人どもやら『運命』やらあ、なんで王妃が早々に脱落するよう小細工してたのかなあ?」
「……切り札が一つならば、それを軸とする流れの不自然さも緩和されましょう」
「妻を前線から離脱させたかったわけじゃなくてえ?」
「…………、」
「いいよお別にい。王様は役目を果たしてくれたしい。それじゃあ『回収』のほうもよろしくねえ」
「正義の赴くままに」
ーーー☆ーーー
アリシア国、首都。
その外周部にひっそりと存在するは集合墓地。死者を埋葬する区画にてべちゃりという粘着質な音が響いていた。
べちゃぐぢゅぶぼっぶちゅう、と。
木霊する音、そして漂う腐敗臭。つまりは死肉が地面から這い出て、起き上がり、歩を進めているのだ。
「ふ」
無数の死肉、つまりは死者の軍勢。
死者の操作を可能とする力が作用している、ということは、その中心たる力の名は一つ。
「はははははあっ!! 魔女ごときが私を殺せるわけないだろうがよっ」
女王ヘル。
死者の軍勢の女王が胸から頭部にかけて斬り裂かれた死肉を使い、歓喜を漏らす。
真っ二つに割れた顔面が笑みを作り、裂けた唇が言葉を作る。
「スキル『死肉舞踏』は死者を操るだけじゃない、我がスキルの真髄は支配した死肉を己の肉体と変えるものだっつーの!!」
スキル『死肉舞踏』によって女王ヘルの肉体の幅は大きく広がっていた。総数七千五百の死肉が大陸全土に広まっており、その全てが女王ヘルの肉体と扱われる。つまりそれら全てを破壊しない限り女王ヘルを殺すことはできないのだ。
生前、アリシア国の首都で魔女モルガン=フォトンフィールドは女王ヘルの裏を突き、殺したと思い込んでいた。正確には女王ヘル本来の肉体を消し飛ばしただけであり、無数の死肉を己の肉体と変換していた女王ヘルは死んでいなかった。
それでも、あえて、死んだように振る舞った。
女王ヘルを殺したと思い込ませ、隙へと変えて、いずれ逆襲するために。
……どうやら魔女モルガン=フォトンフィールドの本体は死したようだが、神聖バリウス公国に配置された死肉が魔女の残滓を感知、現地に移動して、その正体を視認した。
ミリファ。
その中に魔女モルガン=フォトンフィールドが隠れ潜んでいる。
「ぎゃはははっ!! 復讐の機会を残してくれるなんてやっさしいな、おい!! 覚悟しておけ。きちんと遂げてやる、復讐を完遂してやるからなクソ魔女が!!」
ーーー☆ーーー
「人魚に加えて人形をも確保、と。『封印の最奥』を利用しろってお膳立ててくれたんじゃないかと思えるほどだぜ」
ーーー☆ーーー
神聖バリウス公国、聖都。
戦闘のレベルが違いすぎて割って入ることができず物陰に隠れていた集団がいた。金髪シスターを中心とした数十のシスターは詳しい事情はさっぱりだったが、一つだけ確かな事実を確認する。
「ふひー……セルフィー様疲れたー」
「お疲れ様です、ミリファさま」
身体を預ける青のネグリジェ少女をぎゅっと抱きしめる白のドレスの少女。そんな素晴らしい光景が広がっているのだから、これがハッピーエンドってヤツに決まっているのだ。




