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第九話 よし、おしゃれしよう

 

 迫る『爆裂気剣(バーストスラッシュ)』を見据え、帝王はつまらなそうに息を吐く。なるほど帝王の周囲に配置された戦士どもであれば殺せるだけの力はあるだろう。完全実力主義を掲げる帝国の中枢に配置された猛者どもを殺せるだけの力を持つがゆえに、帝王に挑むという発想も出てきたのかもしれない。


 だが、彼にとっては『つまらない』ものでしかない。これなら龍族が最強種『古龍』のブレスや不死身の軍勢とも名高い『エインヘリヤル』を統べる女王ヘルの魔光のほうがよっぽど強大である。


 だから、帝王はゆっくりと拳を握り締める。

 構えなんてとらない。全力なんて出さない。

 それこそ小蝿でも振り払うような動作で放たれた拳と爆裂気剣(バーストスラッシュ)とが激突。


 バゴォンッ!! という凄まじい爆音と強烈な閃光とが居城はおろか城下町の端から端にまで響き渡るほど。あまりの衝撃に城下町の住人がよろめき、転ぶほどだった。


 バキバキビキビキッ!! と半分残っていた居城に無数の亀裂が走る。それほどの余波が炸裂したのだ。


 だが。

 帝王は武具を使った『技術(アーツ)』ではなく、己が肉体を使って『技術』を放つ。その五体こそが最硬の鎧にして最強の剣であり、彼の力を上回る力を持たない者には決してダメージを与えることはできない。


 つまりは、それだけの話だった。

『爆裂気剣』だかなんだか知らないが、少年が帝王よりも弱いことは感知されている。いくら続けようとも結果は同じこと。


 だから、爆発と共に巻き起こった粉塵の中なら出てくる帝王は無傷であった。想定内、予想通り、当たり前の結果をわざわざ誇るまでもない。


 帝王は言う、決定的な一言を。


「弱いな、少年」


「ハッハァ!! ()()()()()()()()!!」


 ゴォッ! と急降下してきた少年が吸い寄せられるように帝王を強襲する。振り下ろす斬撃に体内のエネルギーを纏い、斬撃力を増幅、『気剣(スラッシュ)』を放つ。


 が、そもそも届きもしなかった。

 ガギンッ! と帝王の頭蓋を叩き斬る寸前に不可視の何かに弾かれたのだ。そう、白石の扉を砕いたように、横薙ぎの一撃を弾いたように。


「く、そがァッ!」


肉体技術(フィジカルアーツ)』。

 肉体に付加した不可視のエネルギーを力場として展開、防壁のように纏っているのだ。


 基本的に『技術』は付加する何かに依存するものなので、全身を守るような防壁を展開したいならば、全身を覆う何かを用意する必要がある。


 が、『肉体技術』にはそれが必要ない。それはそうだ、守るべき肉体にエネルギーを付加しているのだから。


「舐めるなァッ!!」


 ザンゾンガンゾバンッ!! と魔剣が乱舞する。刃が刃こぼれしてようとも、魔導兵器は魔導兵器。通常の剣よりも遥かに丈夫で切れ味もよく、加えて高出力の『技術』を纏っているとくれば、堅牢な城壁であろうともいとも簡単に斬り裂けるだろうに、人間の肉一つ斬ることもできなかった。


 斬りつける度に走る鈍い痛みと衝撃。その先で帝王は静かに首を横に振った。無駄だと、くだらない足掻きだと、力の差は歴然だと、そう告げるように。


「くだらん」


 帝王が動く。

 五体でもって敵を打ち砕く、堅牢なる絶対王者が拳を放てば、それだけで矮小なる少年は粉砕されることだろう。


 だから──その拳は少年を打ち抜き、粉砕した。

 肉体が四散すれば、人は死ぬ。ゆえにこれにて決着であった。



 ーーー☆ーーー



 アリシア国、首都。

 いつもの宿ではミリファが頭を抱えて、ベッドの上でゴロゴロしていた。毎度のぐーたらだと思っていたが、どうにも様子がおかしいとエリスは眉をひそめる。


「どうしたのよ、ミリファ」


「お姉ちゃん……デートしなきゃみたい」


「デ、デートおっ!?」


 ブォワッ!! と部屋の中に荒れ狂う暴風。一瞬だけエリスの全身に展開された魔法陣から噴き出た暴風が家具やらミリファやらを巻き上げるが、当のエリスにはそんなことを気にしている余裕はなかった。


「デートってミリファがっ? なんで!?」


「流れでだよお」


「流れ!? いや、いやいやいやっ。あのぐーたら娘がいつの間にそんな、ええっ!?」


「はふう。デートかあ。なにすればいいんだろ」


 ぽふっとベッドに落ちたミリファはといえば、ぼけーっとそんなことを呟いていた。前向きに検討していた。嫌々ではない、困ってはいるが、それははじめてのことだから。行為自体は嫌ではないのだ。


 デート。

 異性と遊びに出掛け、愛を育み、いずれは夫婦となることもあるだろう。そうなれば、妹は姉の元を去る。愛し合う二人は二人きりで愛を育む時間を欲するものだからだ。


 ミリファとエリスとでは()()()()()()()()()とはいえ、姉妹だ。今はこうして一緒にいることが自然だが、いずれは『誰か』に奪われるのが自然なのかもしれない。


 両親のきょうだいが一緒に暮らしていないように、いずれは『新たな枠組み』を作るのだ。愛する二人を起点に広がるその枠組みに姉の居場所はない。


 それが自然だ。

 それが常識だ。

 それが定説だ。


 だけど、今はまだ、こうして二人で他愛ない会話をして過ごしていたかった。デートをしてもいいと思える『誰か』なんて登場して欲しくなかった。


「どこの、誰と……デートなんてするのよ」


「んー? 同僚のメイドさんだけどー???」


 …………。

 …………。

 …………。


「メイドって、デートの相手女の子なの!?」


「だよー。ねえお姉ちゃん。デートってどんな格好すればいいんだよー」


「女、女の子ってそれ遊びに出掛けるとかそんな話じゃないのよおっ!! ちくしょう、無駄にダメージ受けたじゃないっ」


「ねーねーお姉ちゃんー格好はー?」


「仕方ないわね。いつの日か本当のデートの相談されるのは分かりきっているんだし、その時に絶対姉らしくアドバイスできそうにないんだし、今のうちにデートの極意を叩き込んであげるわよっ!!」


「おおっ」


「ミリファっ。デートで女の子がすることと言えば一つ!! 可愛さの暴力で相手の心をずっきゅーんと射抜くことよ!!!!」



 ーーー☆ーーー



 ファルナには尊敬するメイドが二人存在する。

 一人はミリファ。自分と同じ庶民出身でありながら、王族が直々に召集し、第七王女の側仕えに任命した類い稀なる天才。


 そして、もう一人。

 彼女の『先輩』にして次期メイド長とも名高い第四王女が側仕え、イリーナ=パルツーナ。


 18才を迎え成人の儀を先日終えた、パルツーナ伯爵家が三女。政略結婚の道具にされる前に『王族との繋がりを持つメイド』という立ち位置を獲得することで、新たな利用価値を付加し、望まぬ婚約を阻止した経緯を持つ。


 貴族の血に驕らず、己が望みを叶えるために最大限の努力を重ね、現実として結果を出す彼女の姿にファルナは憧れている。努力すれば報われるのだと、イリーナ=パルツーナの存在が証明しているからか。


 そんな憧れの『先輩』に同じく憧れの存在であるミリファの手助けで獲得した紅茶の淹れ方を披露した時のことだ。


『へえ。……正攻法を無視して、新たな最適解を出すとはやるじゃん』


『先輩、その、どうですか?』


『どうって、見事としか言えないっつーの。いつの間にオリジナルの技法を生み出すまでに成長したのやら。これはあたいも負けてらんないわね』


『ありがとうございますっ。でも、その、違うんです。この技法はミリファさんの、その、助言があったから思いつけたもので、決して私が褒められるものじゃ……』


『ミリファ? それって王命で第七王女の側仕えに任命された、あの?』


『はいっ。あの、ミリファさんは、その、凄いんですっ。いえ、その、先輩ももちろん凄いんですけど、先輩と同じくらい凄い自慢の友達なんですっ』


『……ふーん』


 僅かに目を細め。

 先輩はこう告げた。


『なら、これからも助言をもらっちゃえば? このままいけば、王女様の側仕えも夢じゃないだろうし』


『で、でもっ、やっぱりミリファさんも、その、側仕えで忙しいみたいで、あの、食堂でくらいしか姿を見ないんです』


 姉の宿で大半をぐーたら過ごし、たまに第七の塔に挑戦して、小腹が空けば食堂に出没しているだけなので、完全なる暇人なのだが、もちろんミリファを尊敬なんてしちゃっているファルナは気づかない。


『そう。だったら、休日は?』


『み、ミリファさんの休日を邪魔するなんて、そんなことできませんよっ』


『なに言ってんのよ、たまの休みにデートする「ついで」に仕事の話をするなんて普通よ普通』


『え……? ええっ、デートですかっ!?』


『そうそう、デートよデート。せっかく仲良くなれそうな人が現れたのよ? 逃さないためにもここらで好感度アップ目指してデートかましてやりなさい』


『あの、その、私とミリファさんは、えっと、そんな仲じゃなくてですね、そもそも女の子同士で……っ!!』


『言葉の綾よ綾。まったく大袈裟なんだから。まぁそんなに騒ぐくらいには気になってるって感じなんだろうけど』


『せっ、先輩っ』


『ごめんごめん。でもね、メイドとしての技術指導を受けるため、単純に仲良くなるため、理由なんて後付けでもいい。そんなに想える誰かがいるなら、積極的に関わっていったほうがいいわよ。ね?』



「う、うう。あの、えっと、うううっ!! とんでもないこと頼んじゃったよっ!!」



 今になってデートしてなどと口走ったことを思い出し、麦わら帽子のつばを掴み、恥ずかしげに目元を隠すファルナ。


 場所は首都の中心、各区画の合流地点にして待ち合わせの定番たる『女傑像』広場。ちらほらとファルナと同じように待ち合わせでもしているのか、若い女の子が像の近くに立っていた。


 ……とはいえ、大半は待ち人たる『男』と合流して、各々の目的地に向かうのだが。


「デート、デートって、その、そんなのおかしい。遊ぶだけ、そう、友達同士で遊ぶだけなのに、そんな、女の子同士でデートだなんて……」


 メイド服を剥ぎ取られ、私服に着替えさせられ、今すぐ誘いに行きなっ! と言われて、本当に誘ってしまい、しかも『なら今から行こうか』などと言われ、その日のうちにデートする羽目になるとは、と後悔しても遅い。一旦別れて準備を整えてから合流しようという話になって、今更緊張しても手遅れにもほどがある。


「そもそも出会ってから、その、そんなに経ってないし、あの、まだミリファさんのこと何も知らないし、えっと、女の子同士だしっ!!」


 どうしてこうも気にしているのか、そもそも流されたとはいえデートしてなどとミリファを誘うことができたのか。


 と、思考を断ち切るようにその声は響いた。



「へいへーいっ、ミリファちゃんだぜふっふうーっ!!」



「はうっ」


 肩を跳ね上げる。

 今一番会いたくないはずなのに無性に会いたかったミリファの声を聞き、どこか暑い顔でファルナは振り向く。


「は、はう?」


 と、そこにいたのはミリファだった。

 ……ただしその格好はなぜか真っピンクのふりふりドレスを覆うように猫耳やら肉球や尻尾やら羽やらをてんこ盛りにしており、ギラギラ光るネックレスやらイヤリングやらブレスレットやらを装備して、首にモフモフ毛皮を纏っており、とカオスにもほどがあった。


「なにそれ?」


「可愛いは正義よ!! ()()()()()。ふふん、可愛さにずっきゅーんと射抜かれたでしょ、ファルナちゃん」


 可愛いに取り憑かれ、拗らせたどこかの姉が悪意なしで仕込んだことであることをファルナは知らない。『誰か』がミリファを騙したのだとふつふつと怒りを燃やすほどだ。


 だから、一時的ではあるが、ゴチャゴチャ考えていたことを脇に追いやることができた。


「ミリファさんっ!!」


「ふふ、なに?」


「正直、それ似合ってない」


「うっそ!? ずっきゅーんしなかった!?」


「ずっきゅーん? が何かは知らないけど、その、そんなのよりはメイド服のほうが似合ってるって」


「くっそー……ずっきゅーんなしかー」


「だから、あの、今からミリファさんに似合うお洋服を探しにいこうっ」


「そうかー……はー……ん?」


「素材はいいもん、絶対可愛くなれるよ!!」


「ずっきゅーんできる?」


「ずっ、えっ、えっと、うん!! ……たぶん」


「よしきたっ。ずっきゅーんいくぞーっ!!」


 どうしてそんなにずっきゅーんに拘っているのかファルナにはさっぱりだったが、目の前のごちゃ混ぜなカオスを脱却してくれるなら、それで良かった。



 ーーー☆ーーー



 帝王の拳は少年の形を粉砕した。

 肉片が飛び散り、すでに肉体に宿っていた生命活動は消滅したのは誰の目にも明らかだった。


 ()()()


「ハッハァ」


 ()()()()()()()()()



「ここからは『俺様』が帝国を導いてやるから、安心して死ねよ、帝王ォ。はは、ははははは!! ようやく手に入れたぞ、『強者』の肉体をなァ!! ふは、ひははは!! こいつはいい、これだけ強ければ、どれだけの弱者を蹂躙できるってんだァ!?」



 少年の肉体は死に、帝王の肉体は生き残った。

 だが、中身は真逆。

 帝王の魂は食い殺され、少年の魂が居座った。


 スキル『憑依』。

 肉体の死をトリガーに発動される悪意が帝王を殺したことで、平穏なる日々は終わりを告げ、戦乱の時代が幕を開く。

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