第八十四話 よし、襲撃しよう その十
『運命』。
無限に連なる可能性、無数に枝分かれするルートと思われてきたが、ある地点で必ず破滅へと行き着くことが観測された。
帝王の肉体を支配する『少年』。
スキル『憑依』がある限りこの世界の人間が勝利することは叶わない。
『少年』はゼジス帝国を支配した後、神聖バリウス公国、リギスス国といった他の三強を征服。強大な力を持つ戦士たちの魂を隷属させ、ついには絶対的な強者へと羽化する。
そこから先は『少年』に世界がひれ伏す暗黒の時代が続く。逆らう者は殺され、従順であろうとも気まぐれで殺される『強者の時代』。強き者が正義であり、ゆえに数多の猛者の魂を支配する世界最強の『少年』が完全無欠の正義と扱われる。
『少年』による大陸統一。
強さを理由に殺しをばら撒くことが当然と考えるような怪物が大陸を支配したならば、その他の弱者がどうなるかなど目に見えている。まさに暗黒、破滅だけが満ちる時代へと至ることだろう。王妃の未来視が『少年』の大役統一から一年で大陸の総人口、その八割が死ぬと見通しているほどである。
ゆえに王妃は『強者』の枠組みに入るためにミリファを利用しようとした。ミリファをぶつけ、誇りを掲げ徹底抗戦することでアリシア国という枠組みを『少年』の中に刻み、大陸統一後の立場を少しでも良くしようとした。その分帝国との戦争で大多数の民が死に、王族は全滅するが、来るべき暗黒の時代において少しでも多くの民に仮初めの平穏を与えるつもりだったのだ。
ゆえにセルフィーは少しでも多くの命を守ろうとした。王妃に従ったとしても多くの命が失われ、生き残った命も多少はマシな立場を手に入れるだけ。ならば誇りなんて捨てて、『少年』に隷属したほうがいい。命だけはと懇願し、くそったれな奴隷の立場に落ちていく。それでも生きていて欲しかったから。例えどんな過酷な環境でも、少しでも多くの命を守りたかったのだ。
破滅は確定している。
スキル『憑依』。その真髄は殺されても殺しても最後には勝利できる点ではなく、殺した者の魂を積み上げることにあるのだから。
ーーー☆ーーー
さて、姉妹愛を確かめ合う横で生まれたままの姿のスフィアの心が折れかけているが、その場にはもう一人いるのだ。
第七王女セルフィー=アリシア=ヴァーミリオン。無能の第七王女は眩い限りのハッピーエンドから目を逸らし、唇を噛み締めていた。
今回は成功した。帳尻を合わせ、犠牲をゼロにできた。だが、こうもうまくいくとは限らなかったのだ。
ある程度は王妃の未来視のサポートがあってのことだが、本来であればセルフィーが想いを転移させた時点で決着がついていた。その後のことはセルフィーが咄嗟にアドリブをきかせたに過ぎないのだ。
とりあえずミリファを救うためにエリスの魂を犠牲にした。運良く帳尻を合わせられたから良かったものの、そんなものは結果論である。エリスやスフィアが消失していたかもしれないのだ。
ミリファの姉を勝手に消費した。まずはミリファから助けて、その後にエリスを助けようと勝手に優先順位をつけた。
単純な悪よりなおタチが悪い。
セルフィーの勝手な理屈で救った。そんな奴がどうしてミリファに受け入れてもらえるだろうか。
だから。
だから。
だから。
「あ、そうだ。セルフィー様ありがとねーっ! お陰でこの馬鹿助けられたよーっ!!」
「っ……!!」
なのに、なぜミリファは一切の曇りもない笑顔を浮かべられるのだろうか。今もなおミリファの魂に想いを転移している。千四百以上もの『雑音』を押し返すために必要なことなのだが、そのせいでセルフィーが何をやったのかもミリファにはとっくの昔に伝わっているというのに。
想いの送信。
擬似的な以心伝心の構築。
だから、ミリファは笑うのだ。
「もおセルフィー様ったら気にしすぎだよ。確かに魔法陣展開して私の魂への道筋を作ったのはセルフィー様だけど、そんなの利用して魂をぶつけてきたのはお姉ちゃんだよ。つまり悪いのはお姉ちゃんっ。そんなお姉ちゃんを助けてくれたんだから、感謝するに決まってるじゃん。というか、あれだよあれ、結果良ければ全て良し的な?」
そんなわけないのに。
『伝わる』想いはそんな綺麗事では済んでいないのに。
想いの転移、擬似的な以心伝心の構築。
ミリファの魂にセルフィーの想いを転移させ、『雑音』を封殺している。それと共にミリファの想いもセルフィーに転移させていた。
いけないことだと分かってはいるが、今ミリファが何を考えているのか、反則に頼ってでも知りたかったのだ。
なぜあんなことが言えたのか。
真実がセルフィーに流れ込む。
想いの転移。
言葉以上に『伝わる』擬似的な以心伝心。
流れ込んでくる想いの中には綺麗事では済まない、ドロドロとした、ミリファ自身でもどうしようもない感情だってあった。あの言葉では決して片付けられない、悪意に満ちたものだって存在している。
それでも、言葉で形を作るように。
ドロドロとした想いを封殺して、結果良ければ全て良しと定義した。
なぜか。
そんなの決まっていた。
「『みんな』でぐーたらしないと意味ないよね、セルフィー様っ」
「みり、ふぁ、さま……ッ!!」
失いたくないからだ。
例えセルフィーがミリファを優先して、エリスを切り捨ててしまう可能性を選び取ったとしても。それでもミリファはセルフィー『も』一緒じゃないと嫌なのだ。
好きだから。
仲良くなりたいから。
『友達』になってやると誓ったから。
だから、呑み込んだ。
ドロドロとした感情があったとしても、それ以上にセルフィーが離れてしまうのが嫌だったから。それなら『みんな』でぐーたらするほうが百倍幸せに決まっていたから。
「それに、ほら、元はと言えば私が『雑音』に負けちゃったのが原因だしさ。ごめんねセルフィー様。あんな選択させちゃって」
「いえ、いいえっ。わたくしです、わたくしの意思で行ったことなんですっ。ミリファさまのお気持ちなんて考えず、優先順位をつけて、危うくミリファさまの大切な人を奪うところだったんです! だから……ッ!!」
「だから『みんな』生き残ることができた。全部セルフィー様が辛い選択をしてくれたからだよ。本当にありがとねっセルフィー様っ!!」
それ『だけ』じゃない。
だけど、それ『だけ』にする。
正しくはないかもしれない。自分の気持ちを偽っている部分も確かにあるだろう。だけど、きっと、これが正解に決まっていた。
『みんな』一緒がいいに決まっているではないか。
「ん、あれ??? あたしにはあんなに怒ったのに、第七王女には甘くないミリファ!?」
「お姉ちゃんはしっかり怒っておかないと同じこと繰り返すもんっ。理由なんてどうでもいい、自己犠牲で何かを守ろうとするお姉ちゃんは絶対に悪いの!!」
「なっ、納得いかないんだけど!?」
「うるさいばーっか!! 正直、本当、私が『雑音』に負けたのが一番の原因なんだけど、お姉ちゃんにだけは棚上げするから!! 二度とあんなことするなよこんにゃろーっ!!」
「納得いかなーい!!」
そう、それもまたミリファの中にある感情の一つ。自分が乗っ取られたことが全ての原因で、そのせいでみんながなんとかしようと命さえもかけた。そこに負い目がないわけがない。罪悪感なんて積み重なっている。
だけど。
エリスに関しては当然として、セルフィーに関してもここを蒸し返しても意味はない。
蒸し返したならば、セルフィー自身の選択にまで波及するのは目に見えていた。ミリファのそれが罪だとするなら、セルフィーのそれはより強烈な悪だと他ならぬセルフィー自身が認識してしまう。
擬似的な以心伝心によってそれが伝わっているからこそ、ミリファは『結果良ければ全て良し』とした。そうしないと、誰かが傷つき、そこから繋がりが切れてしまうと思ったからだ。
感情に身を任せるのは楽だ。
ただしその後に望む結果が訪れるとは限らないが。
だから、ミリファは笑うのだ。
姉の喪失の原因を作った己やセルフィーに対して恨み言を吐くのではなく、『小さいことは気にしない』と切り捨てる。いつも通り、本当に大切なことだけを見据える。
全員生還のハッピーエンド。
結果がそうだとするなら、それ以外はどうでもいいではないか。
「わたっ、わたくしは、そんな風に言葉をかけてもらえなくて、わたくしの判断でミリファさまの大切に手を出して、だから、そんな……っ!!」
「そんなに自分を責めることないんだけどなぁ。みんな生き残ることができた。だったら後はとことんぐーたらするだけだってっ」
我慢なんてできなかった。
未だに抱き合ったままの姉妹に第七王女が突撃する。そのままミリファを全力で抱きしめた。
離れると思っていた。
ミリファを救うためにミリファの大切な人を犠牲にするようなクソ野郎が受け入れられるわけがない。だってセルフィーは救済のための仕方ない犠牲だと取り繕って、優先順位をつけた。ミリファを救った後に、できるならばエリスも救う。つまりできなかったら、それはそれで仕方ないと切り捨てるつもりだったのだ。
英雄譚の登場人物のように完全無欠で完璧な人格なんて持ち合わせていない。いつだってセルフィーは何かを救うために何かを切り捨てる道を選んできた。
無能だから。
全部を救えるような力なんてないから。
そうやって言い訳して、自分の都合のいい結末を迎えるために何かを犠牲にしてきたクソ野郎なのだ。
それでも。
こんな女でも──
「誰も失わずに済んでよかった。ね、セルフィー様?」
「う、うああ、ああ……ッ!!」
震える身体。その顔を隠すようにミリファは片手で抱きかかえ、己の胸に押しつける。セルフィーとエリス、二人を抱きしめる形だった。
なんというか、もう我慢の限界だった。
「こらーっアタシを無視するなカモおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
すっぽんぽん、魂の叫びであった。
スフィアは(一人だけ温度差がある)涙を浮かべ、両手を振り上げていた。
「惨めカモっ。ただでさえ格下の魔女にいいように使われたばかりか、ミリファに助けてもらった上に全裸待機カモっ。せめて突っ込んで欲しいカモっ。こんな状態でガン無視されて、クッソくだらないイチャイチャ見せつけられる気持ちを考えろカモーっ!!」
「えーっと……スフィアもこっち来る?」
「アタシにはマリンがいるカモーっ!! ミリファみたいな節操なしじゃないカモおっ!!」
「節操なし???」
「自覚ないカモ!? いや、そういえばアタシも危うく……アタシはあ! マリン一筋カモーっ!! キスだってしたし、その先だって味わったワケだから、この絆はミリファなんかに壊せやしないカモ!!」
「よく分かんないけど、その、ごめんね?」
「雑な謝罪で済ませるなカモおっ!!」
なんだかかわいそうなくらい心が荒んでいるスフィアだった。『魔の極致』第四席。あの魔女やダークスーツの女よりも更に上の真なる怪物である、と加えておかないと、その脅威を忘れてしまいそうなほどにだ!!




