第七十八話 よし、襲撃しよう その四
アリシア国、首都。
第一の塔では第一王女クリスタル=アリシア=ヴァーミリオンが四つん這いのイヌミミ少女に腰掛けていた。
(ヘグリア国との戦争で戦況をひっくり返すためにミリファがセルフィーちゃんのスキル使って覚醒。その力に興味を示した帝王がアリシア国に攻め込む、と。まあ大陸統一が目的みたいだし、覚醒云々がなくても攻め込まれはするんだけど、未来を操作するには特定のイベントを発生させないととかって話よねぇ。まあセルフィーちゃんとババァとで目指す『運命』は違ったみたいだけど、帝王をどうにかしないと攻め滅ぼされるってのは確かよねぇ)
『運命』。
無数に広がる可能性、そのいずれのルートにおいてもゼジス帝国の侵略は発生する。単なる大国であるなら太刀打ちのしようもあったかもしれない。少なくともあの王妃がぶつかる前から負けることを前提に動くとは思えない。
では、何が敗北を前提とするほどに王妃やセルフィーを打ちのめしたのか。
(スキル『憑依』。肉体の死をトリガーに発動する力。自分が死んだ場合は敵の魂と肉体を、敵が死んだ場合は敵の魂を支配するスキルだって話よねぇ。いくら力があっても意味はない。なぜなら殺しても殺されても、最終的に『奴』の力が増すだけものねぇ)
帝王のガワを被った誰か。
『奴』の存在が『運命』における分岐点。あの王妃が誇り高い滅亡を選ばないといけないと言い聞かせてしまうほどに狭まった可能性である。
だが、
(くふふ☆ ならば一度の死亡で敵も味方も殺せばいい。『奴』と、『奴』を殺した者、双方が同時に死ねばスキルは行き場を失うよねぇ)
とはいえ『奴』を殺した時点でスキル憑依は対象の肉体を奪う。狙うなら相打ちだろうが、帝王さえも支配する強者相手に相打ちを狙うのは困難だろう。
ならばどうするか。
そのためのイヌミミ少女である。
(スキル『呪法心中』。己を犠牲に対象一人を呪い殺すスキルを持つココを使えば、『奴』と『奴』を殺した者が同時に死ぬことになる。まあこのスキルは事前に五分間対象と肌を重ね合わせないといけないという制約があるんだけど)
ゆえに『奴』に直接スキル『呪法心中』を作用させることはできない。ならばどうするか。簡単だ、『奴』が憑依する前に準備を整えておけばいい。
つまりは、
(セルフィーちゃんの側仕えメイドを使えばいい。事前に制約をこなしておけば、後は吸収した魔力に応じて力が増す特性を生かして『奴』を殺し、スキル『呪法心中』で双方殺してしまえばいいんだから)
『運命』。
王妃が見通す可能性はあくまで人間が対象である。獣人たるイヌミミ少女などの関与は含まれていない。ゆえに覆すことができる。ダークスーツの女が王妃を倒したように、『奴』に勝てるルートは存在しないという前提を無視できるのだ。
……本来であれば多少の誤差で『運命』は変えられないと思い込んでいる王妃を説得するためにヘグリア国との戦争を利用するつもりだったのだが、皮肉なことに事態を悪化させてしまっていた。予定ではミリファと王妃、二つの手駒を主戦力に『奴』を迎え撃つつもりだったのだが、件の王妃がダウン。残るミリファのみで対応せざるをえなくなった。
(そもそも耳がいいココがババァとセルフィーちゃんが『運命』に関する話を聞いたってのがはじまりなんだけど。未来を見通せるはずのババァが盗み聞きを許した時点で獣人の関与を想定できていない未来視だってのは分かったってのに。あの意固地ババァめ、堅苦しい思い込みを正す前にくたばりやがって。ミリファだけで『奴』を殺せなかったら、元も子もないってのに)
『運命』に反逆する力はここに。
ただしミリファとイヌミミ少女、最低でも二人の命を犠牲とする必要はあるが。
ーーー☆ーーー
『十二黒星』、その一人。
第十星、アリアナ。
あのエルフの打撃を受け止めて無傷で済むほどには突き抜けた怪物は平凡という記号を具現化させたかのような少女だった。群衆の一つ、顔を合わせても記憶に残らない有象無象。
そんな見た目に反して内面は闘争を求めていた。全力を出しても壊れず、自分を覚えていてくれる存在をだ。
だから、アリアナにとってエルフは待ち望んでいた好敵手だった。己の全力を出しても壊れない。他の『十二黒星』と同じ、対等なる存在なのだから。
そのはずだった。
ぞぢゅう!!!! と少女の貫手がエルフの胴体を抉り抜いたのだ。
呆気ないものだった。顔を合わせてもすぐに忘れてしまうくせに全力でぶつかったらすぐに壊れてしまう連中と同じように。
ごぶっ、と口から血の塊を吐き出すエルフを少女は落胆と共に切り捨てた。
「残念、期待はずれだったわね」
「こんなの相手に肉体を犠牲にするやり方でしか勝てないんじゃあいつには逆立ちしたって勝てないカモ」
少女はエルフを追い詰めている。呆気なく、簡単に、打倒できるだけの力の差がある。
なのに、
なぜこのタイミングでいつもみたいに忘れ去られる予感がして、
ガシィッッッ!!!! と。
エルフの手が己の胴体を貫いている少女の腕を掴む。身動きを封じるために。
接近していることにすら気づかせないほどに気配を殺すことができても、こうして掴まれてしまえば関係ない。
「馬鹿め! お前の攻撃は私に通用しな──」
「やられっぱなしじゃ世界最強とは言えないし、こいつら殺した後にでもリターンマッチしないとカモ」
見ていない。
見ていない。
見ていない。
こうして少女と殺し合っているというのに、エルフはすでに『次』に思考を回している。『十二黒星』、ゼジス帝国の軍事力の要。ある戦争において『十二黒星』の一人は十倍もの戦力差を覆した。逆に言えば『十二黒星』以外の兵士には戦力差を覆すほどの力がなかったとも言える。
他の三強と肩を並べられているのは『十二黒星』と帝王の存在あってこそ。それ以外の強大な戦力は帝国内の勢力争いで殺され、残っているのはへりくだることで身の安全を確保している雑兵のみ。
力こそ全て。
逆らう者、気に食わない者、邪魔な者から率先して排除される弱肉強食のルールは一部の尖った怪物を生み出すための蠱毒の壺であるのだから。
そうして生まれたのが『十二黒星』である。
多くの優れた戦士を糧として増幅された特大の暴力装置。帝国の軍事力そのもの。大陸中原における軍事国家の中でも三強と恐れられるゼジス帝国の力とはつまり『十二黒星』を指す。
なのに、だというのに。
(舐め、やが──ッ!!)
カッ!! と。
迸る純白の光こそ少女が現実世界で最後に見た光景だった。
ーーー☆ーーー
「まず一つ、カモ」
ずぼっと自分の胴に刺さったままの少女の腕を引き抜き、そこらに捨てるスフィア。残ったのはそれだけだった。少女を構築していた他の部位に関しては『極の書』が吹き飛ばした。
「本当情けないカモ。こいつ一人に致命傷を食らうの前提で動いていたら、あいつには到底敵わないカモ」
不機嫌そうに吐き捨てている間にも胴の風穴は塞がっていた。いつの間にか『少年』に斬り落とされたはずの腕さえも元通りになっている。
死を自覚する前ならば、どんな損傷でも治す究極の回復系スキル。だが『少年』が相手なら捨て身の特攻を仕掛けておきながら自分だけ完全回復する、といった得意技は使えないだろう。
エリスを圧倒し、ガジルを倒したほどの実力者でも得意技を使わないと倒せない……それはスフィアの全力を必要とするくらいの怪物どもだという証明にもなる。
加えて、
(相性やら何やらがあるワケだけど、その辺無視して考えるなら……『天空の巫女』が相手にしてる奴を除いた六人の襲撃者、そのうちの二人はスフィアよりも強いカモ)
あくまで単純な暴力を基準としている。感じる力の波動で判断するならスフィア以上の怪物が二人いるという話だ。実際に殺し合う場合は相性や練度などが勝敗を左右する。スフィアのようにスキルを利用して捨て身の特攻を連発しても無傷で生還できるような規格外の性質のスキルなどもあるので、力の波動だけでその者の力をはかることはできない。
それでも。
『魔の極致』における第四位、あの魔女やダークスーツの女を超えるスフィアよりも強大な力の波動を放つことができる怪物が二人も存在するなど普通ではない。
「チッ。薄皮挟んだその先の上位三人を越えれば世界最強だと証明できると思ってたワケだけど、アタシの予想以上に世界は広かったカモ。……どこぞの魔女が浮上してくるほどなワケだし」
だから。
だから。
だから。
ーーー☆ーーー
その時。
大通りに倒れ伏すエリスは存在が爆ぜてしまいそうなほどの怒りに気がおかしくなりそうだった。
魔女にミリファの肉体が支配された。
奴が表に出ている間は『魂から響く声』を聞くことができるらしく、その原因もまた聞こえていた。
(あの戦争の時に魔女のスキルを司る魂のカケラをヘグリア国国王から奪い喰らったことでミリファの魂に魔女の人格の一部が取り込まれた。他にも千四百ほどの人格データが取り込まれていて、それらがミリファの人格をかき乱している。そうして生まれた『ブレ』を利用して魔女の人格が浮上してきた。とするなら、他の千四百以上の人格データが浮上してくる可能性もあるってわけね。──ふざけやがって! ぶっ殺してやるッッッ!!!!)
だが、どうすればいい?
ミリファを救うためなら魂を全焼させてでも敵を殺すが、ミリファが操られている以上、通常の攻撃だと魔女まで届かずいたずらにミリファを傷つけるだけだ。
ミリファにかすり傷さえも負わせず、魔女だけを殺すにはどうすればいいのか。そもそも人格データだけとなった存在を殺す力なんてものは存在するのか。
それだけでも困難を極めているというのに、大剣の大男はミリファを殺さんと襲いかかっており──
「いひひ☆」
ゴッバァンッッッ!!!! と。
ミリファの脇腹にスフィアの飛び蹴りが突き刺さった。
「が、う!?」
軽く五メートルはノーバウンドで吹き飛び、地面を転がる魔女。対してスフィアはゴギリと首を鳴らし、
「強くなる一番の近道は実戦カモ。というわけで、アタシが捨て身の特攻せずともあいつを殺せるだけの力を獲得するために──てめえら全員殺してやるカモ」
「にひ☆ スフィア、ねー。前までだったらお腹壊しちゃうくらいだったけど──今なら楽しく殺せるってものだよねー」
「ほう。これまた狩り甲斐のある子鹿だな」
エルフ、魔女、大男。
地形さえも容易く粉砕する類稀なる怪物たちによる、三つ巴の騒乱が勃発した。




