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第八話 よし、デートしよう

 

 ゼジス帝国。

 大陸中原、南西と南東にそれぞれ三強のうちの二国と接する完全実力主義国家。文官と武官との権力差において圧倒的に武官に比重が傾いている、兵士や魔導兵器等『軍事』に予算の大半を割いている、などを考えれば、暴力にて略奪し国を繁栄させることが国家規模での指針となっていることが分かるだろう。


 そんな軍事国家におけるトップとはすなわち国内最強に送られる称号であった。


 だから、現ゼジス帝国トップ・帝王バージウォン=ゼジスもまた『周囲がそう呼ぶから』平民の身にて帝王の冠を戴き、帝国のトップとして君臨していたが、国家運営なんてさっぱりであった。


 強いから、それだけが理由で彼が帝王の冠を戴いているが、27で帝王となった彼は帝国繁栄のために何かをしたことはない。己の力を高めることだけを目指してきた彼は60を過ぎてなおも高みを目指しており、一年の大半を武者修行の旅と称して魔獣狩りに消費しているほどだ。


 そんなある日。

 めぼしい獲物との殺し合いを終え、より強い魔獣の情報収集のため帝国に立ち寄り、帝王権限で部下を使って大陸各地の魔獣の出没情報を集めていた時だった。



 ドバンッッッ!!!! と巨大な扉が外側からの衝撃で吹き飛んだ。そう、ちょうど自室で椅子に腰掛け部下からの報告を待っていた帝王に直撃する軌道でだ。



「…………、」


 視線を向けることもなかった。中原に多い燃えるような赤髪を刈り上げた中肉中背()()()()男は身じろぎすらしない。


 だというのに、耐久度が高いことで有名な白石が宙で木っ端微塵に砕け散る。上位冒険者の斬撃だろうとも、民家を丸焼きにする火炎系魔法だろうとも、傷一つつかない鉱石が触れもせずにだ。


 彼は視線すら向けない。

 中肉中背、見た目はそこらの男とそう変化はないというのに魔獣を殴り殺すほどの膂力を内包する、つまりは理想的な筋肉を『配置』した彼には訪問者の実力を感じ取ることは容易い。


 だから、彼は侮蔑と共に吐き捨てる。


「我が居城に足を踏み入れ、我を打倒し帝国のトップとならんと挑むか。無謀にもほどがあるとは思わなかったか?」


「ハハッ! 無謀? そうは思わないなァ。少なくとも帝王となって数十年もの間世界に挑むこともせず、ケモノを狩って満足してる腰抜けに負けるほど俺様は軟弱じゃねぇわな」


「ふん。安っぽい挑発だ。その言葉もそうだが、『それ』も挑発のつもりか?」


 べちゃりと帝王の自室に投げられる粘着質な物体。ようやく視線を動かした帝王は見る。人間を『圧縮』して出来上がった肉の球体を。ご丁寧に骨を取り除いて、肉だけでできた人間大の球体。あれだけ『圧縮』してあるのならば、相応の人数を使い潰したことだろう。


 その先に侵入者は立っていた。

 腰には長剣を、服装はボロボロの黒マントを羽織った上下黒の黒ずくめ、見た目だけならそこらの町にでもいそうな、それこそミリファと同じくらいの歳の少年であったが──返り血が染み込むほどに濡れたその顔に本質が滲み出ていた。


 楽しい、と。一欠片もの不純物が存在しない、根っこから楽しいのだと訴えかけてくるその表情を人肉の球体を投げ捨てた直後に浮かべる性質にこそ。


「ああいやこれは趣味だって。別に球体にするのがってわけじゃなくて、俺様より弱い命を踏みにじるのがって意味な。というか、こんなの強者の特権じゃねぇか? 好き勝手に振る舞うために人間ってのは強くなる的な?」


「人との殺し合いは余計なものが混ざるから嫌いである。善悪好悪くだらん感情を交えることなく、純粋に力を比べ殺し合えるのが一番だが──たまにはクズを排除するのも曲がりなりにも帝王を戴いている者の務めか」


「心配するなよ、魔法を使えもしねぇ欠陥品が俺様の剣術技術(ソードアーツ)に耐え切れるわけねぇからよォ!!」


 言下に侵入者は腰の剣を引き抜いた。禍々しく光る魔導兵器『魔剣』。通常の武具よりも遥かに高い強度を誇るはずの魔剣だが、その刃は見るも無残に刃こぼれしていた。


 そんなナマクラを右手に彼は迫る。

 同じくボロボロのマントを靡かせ、ボサボサの黒髪に黒目の少年が数十年もの間帝王として君臨してきた絶対王者へと挑戦する。



 ーーー☆ーーー



技術(アーツ)

 その根幹となるエネルギーについては未だに解明されていないが、明確な武術として大陸中に広まっている人間の力。魔族や魔獣といった他種族には使えない、文字通り人間だけが持つ技術である。


技術(アーツ)』は体内の『何か』を体外の『何か』に付加、増減させ、力と変える。剣に力を纏うことで斬撃の威力を上げたり、矢に力を込めることで敵を追尾させたりと、様々な付加を実現させる。


 侵入者にして挑戦者の少年が持つは魔剣。放つは剣術技術(ソードアーツ)。読んで字のごとく、剣術に付加する技術であった。


「ハッハァ! 『気剣(スラッシュ)』!!」


 横薙ぎにされる魔剣を纏う不可視のエネルギー。『剣術技術』でも初歩の初歩、斬撃の威力を上げる『技術』であり──基本であるからこそ色濃く実力を示す指標であった。


 返り血に染まった彼は帝王の自室に現れた。多くの護衛や使用人を斬り捨て、人肉の球体と変えて。そう、無茶を押し通すために居城に存在する猛者たちを倒してきたのだ。完全実力主義を掲げる帝国において、帝王の近くに存在するのは相応の実力を持つ戦士たちであったはずなのに。


 ゆえに放たれた『気剣』の威力もまた眼を見張るものであった。威力、速度、共に並大抵の剣士では受けることもできないだろうし、幸運にも受けられたとしても得物ごと両断されていたはずだ。


 重装備の鎧を纏った兵士さえも輪切りにできるだろうその斬撃、帝王の周囲を固める戦士たちを葬った凶刃はしかし──バッゴォンッ!! と轟音と共に弾かれた。


「づっ……!! あ、ああ!?」


 帝王は立ち上がっていない。そもそも動いてすらいない。白石の扉を触れることなく粉砕した時のように、斬撃が弾かれたのだ。


「な、にを……したァ!!」


 相手は身じろぎすらしない。少なくとも当分は敵からの攻撃はないと察した少年は弾かれた流れに合わせるようにぐるりと回転、逆方向から先と同じように横薙ぎの斬撃に『気剣』を乗せて放つ。


 が、やはり結果は同じ。

 触れることも叶わず、不可視の何かに弾かれる。


(ハハッ。魔法じゃねぇ。魔光みたいな魔法にも満たない放出や身体強化みたいな欠陥魔法のように四属性に分類されないもんもあるにはあるが、不可視の障壁みてぇなもんは具現できねぇ。いやできるとしても、身体強化みてぇな『欠陥』、魔法陣の常時展開が確認できるはずだ。それがねぇってことは……)


「『技術(アーツ)』ってか? だが、何に付加してるってんだァ!?」


「くだらん」


 一言だった。その言葉に込められた圧に少年の動きが僅かに硬直する。致命的に、止まってしまう。


「道具に頼る軟弱者が我に勝てるわけなかろう」


「──ッ!?」


 ドッパァンッッッ!!!! という轟音が炸裂した時には破壊が席巻していた。帝王の居城、それ相応には強固なはずの建築物が衝撃波に抉られ、砕かれ、半ばよりへし折れたのだ。



 ーーー☆ーーー



 壁も天井も関係なかった。

 ただ握り締めた拳を横に振り払っただけ、それだけで居城は内側から吹き飛ばされた。ちょうど居城の中間に位置する場所からの一撃であったため、例えるなら城を横に半分ほど斬り裂いたような有様だった。その結果、自重に耐えられず城は傾き、折れた。上層部が中庭の方に落ちていったのだ。


 巻き込まれるほうは堪ったものではないだろうが──どうせ城内部に()()()()()()()()()。巻き込む心配はしないで済む。


(ふむ。我に気づかれずに我以外を皆殺すことができた隠蔽技術だけは褒めてやろう。が、それもここまで。我を殺す力がなければ、意味はないのである)


 半ばよりへし折れ壁も天井も吹き飛んだ居城、青空の下で帝王は一つ息を吐く。見渡す限りの障害物は一掃された。あの少年もまたそこらの壁や天井と同じく粉砕されたのだろう。


「犠牲を出した割には手応えのない侵入者であったな。せめて我の力を高める踏み台にくらいはなってくれればよかったのだがな」



 ーーー☆ーーー



 そして、彼は中庭に落ちた城の上層部だった瓦礫の山の中に紛れていた。先の拳を腹部にまともに食らい、内臓のほとんどを破裂させて、それでも未だに息をしていた。


(は、ハハッ。ここで退くのが賢い選択なんだろうよ。お利口さんに、堅実に、すたこら逃げるのが最適解なんだろうよ)


 だが、と。

 少年は口の端を歪める。

 引き裂くように、笑う。


「それじゃあつまんねぇよなァァァああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ドガッ! と瓦礫の山を吹き飛ばし、魔剣を手に跳躍。足元に『気剣(スラッシュ)』を放つことで衝撃波を推進力と変え、上空に飛び上がる。かの帝王の上に舞い上がり、両手で握り締めた魔剣に力を込め振り抜く。


剣術技術(ソードアーツ)』──『爆裂気剣(バーストスラッシュ)』。高出力のエネルギーを斬撃の形に整え『飛ぶ斬撃』と変え射出。直撃と共に周囲一帯に広がる爆発を巻き起こす『技術』であった。


 対軍にも使用される高出力エネルギー波を前に、しかし帝王は呆れたように目を細めただけだった。


 その拳を握り締めるだけでいい。

肉体技術(フィジカルアーツ)』。己が肉体にエネルギーを付加することで肉体強化魔法と異なり『欠陥』をなくし、己を無敵の要塞と変える『技術』がある限り、帝王を越える力を持つ者でしかダメージを与えることはできないのだから。


「無駄なことを」


 最初の激突で力の差は示された。

 武器に付加するタイプの『技術』ならば生身の肉体にダメージを与えることで力の差を覆して勝利することもできただろうが、己の肉体を強化する帝王には通じない。


 そう、彼を前にして奇跡の大逆転劇は有り得ない。勝ちたいならば、その身に帝王を越える力を宿すしかないのだ。


 だから、全ては無意味。

 力の差が歴然である以上、少年は決して帝王には勝てない。



 ーーー☆ーーー



 アリシア国、首都。

 第七の塔に挑戦するのは疲れたし、仕事はないしで宿でぐーたらしていたミリファは毎度のごとくエリスに放り出されていた。第七の塔に挑戦せずともいいから、情報収集くらいはして来いとのお達しである。


 そんなわけで食堂に足を運ぶミリファ。お腹が減ってはなんとやら、である。


「いえいっ。ミリファちゃんだぜーっ!」


「あ、ミリファさん」


 あれ? と首を傾げるミリファ。食事時ではないので(残飯処理と称して何か恵んでもらおうと思っていたミリファのような奴を除いて)客は誰もいないものと思っていたが、ファルナが椅子に腰掛けていたのだ。


 しかも、だ。


「いつものメイド服は……?」


 そう、メイドモードなミリファと違い、ファルナの服装は薄い青のワンピースに麦わら帽子といった具合だった。いつも瞳が動いて落ち着かないファルナだが、今日は普段に比べてもソワソワとしていたし、なぜかミリファを見つけて肩を跳ね上げていた。


 なんだなんだ、ついに誤解がバレたのかとも思ったが、どうにもそういった様子でもなく。相手がそわそわおどおどしていて、なのに最後にはじっと見つめられてしまい、反応に困って立ち止まってしまった。


 結果としてお互いに見つめ合う結果となった。

 綺麗な目だなとか、ぷにぷにしてそうなほっぺただなとか、そんなことを考えていると、ドバン! と両手で机をぶっ叩き、意を決してファルナがこう叫んだのだ。


「ミリファさんっ」


「は、はいっ」


「デートして!!」


「はい!!……はい???」

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