第七十七話 よし、襲撃しよう その三
アリシア国、首都。
『貴族区画』の一角ではフィリアーナ=リリィローズに対する勉強会が定期的に開かれている。
その一幕。
ある過去の一つにこのような講義が行われていた。
『たましい?』
『はい。魔法を司るリリィローズ公爵家の長女ならば、魔法の源となる魂に関して基本的な知識は備えておくべきかと』
メイド服を肩に羽織るように身につけるお付きのメイド、レフェリナの言葉に四大貴族の一角リリィローズ公爵家の次期当主と名高いフィリアーナは胸を張って、
『それなら覚えていますわぁ! 亜空間内に存在するってやつでしょう。魔力で構成されている魂から魔力を抽出、それを魔法に変質させ、魔法陣を使って現世に召喚する、それが魔法の原理だとレフェリナ自身が教えてくれたはずですわぁ。それ以上の知識が必要で?』
『確かに魔法だけに関連するといった視点で考えれば、それで十分です。ですが知識は多いな越したことはありません。というかこうして関連付けないと聞きもしないでしょう、お嬢様は』
『まあそうですわねっ』
『お言葉ですがお嬢様、なぜ今ドヤ顔してるのですか? 全くもって褒めていないのですが!』
ごほん、と切り替えるように咳払いを挟み、メイドは言う。
『最初に注釈しておきますが、魂に関しては未知数の部分も多いです。これからお話しする内容がどこかで覆される可能性もあると念頭に置いて貰えればと』
『じゃあ覚える必要ないんじゃ……』
『お嬢様?』
『はいはい分かりました聞きますわよっ』
『それでは。──魂とは肉体と表裏一体の存在です。亜空間内のものとはいえ、現実世界の肉体と薄皮挟んだ先に存在するとお考え頂ければと。肉体が移動すれば、亜空間内の魂も移動する、というわけですね。ではそもそも魂とは何なのか。先天的なスキルみたいな力、肉体が蓄積した経験や知識、記憶等、あらゆる情報が登録されたものとされています』
『?』
『現にスキルは魂を始点とします。先天的に刻まれた力を基にしているということですね。逆に後天的に知識や経験を基に「亜空間内で」生み出される力が魔法ですね。つまり魂が魔力を加工していると考えられます。このように先天的、後天的、どちらの場合でも魂が軸となっています。加えると魂の破損が記憶や人格に影響を及ぼす、という事例も観測されています』
『つまり「生物を形作るデータ」を保存しているのが魂ってことですの? ですが脳の破損による記憶喪失などもあるはずですが。魂に全て刻まれているなら、そのようなことは起こりえないはずですよ』
『それに関してはあくまで魂は保存しているだけであり、現実世界へとフィードバックする過程で上手く伝達できない場合もある、というのが有力な説ですね。現に一度記憶したことが思い出せない、といったことは多々ありますので』
『スキル、魔法、記憶、知識、経験、その他諸々の全てを保存している……となると、魂とはつまり人格の根幹である、とも言えそうですわね』
ーーー☆ーーー
七百の魂を二回。加えてヘグリア国国王が所有していた軍事力の根幹たる魂のカケラさえもミリファは己の魂に取り込み、魔力を糧に金色のオーラを生み出した。
金色は魔力を糧とする。魔力以外は消費しないとも言い換えることができる。
「にひ☆」
七百を二回、加えて魂のカケラの数々。
そこには魔力以外に何が刻まれていた?
(にひ、にひひっ、にひゃはははは!! あのクソ国王のスキルによって採取された魂のカケラにはスキル以外にも魔女モルガン=フォトンフィールドを構築していた情報がこびりついていたっ。全部ってわけじゃないのか『欠落』がありはするけど、こうして人格を形成する程度のものはあったってことだよねー☆)
魔力以外。
スキルや記憶や知識や経験、それら人格を形成する情報は残ったままだった。七百を二回、加えて魂のカケラの数々を取り込んだミリファの魂には千四百以上もの人間の『人格データ』が取り込まれていたのだ。
その中の一つ。
『人格データ』のカケラの中でも最も色濃いデータが表に噴出する。
(スキルは先天性の才能重視。魔法は後天性の知識重視。亜空間なり現実世界なりで魔力をどう加工すればいいのかという知識と経験と技能があれば具現化できる、とするなら)
周囲に散らばった魔石から滲み出るように魔力が噴出、ミリファの右手に集う。
その腕を突き出すだけで良かった。
「『炎の書』第八章第四節──獄炎灼槍撃」
ゴッア!! と。
スキルを『献上』した際にこびりついていた記憶や知識、経験を基に魔力を変質させ、漆黒の炎槍が勢いよく噴き出したのだ。
「ほう、子鹿のくせにやるじゃないか」
対して大男は身の丈以上の大剣を両手で握る。ギシィ!! と軋む音が大通りに響くほどの力を込めた両腕が真上に振り上げられ──そのまま烈火のごとき叱声と共に振り下ろされた。
ガッゴォッッッ!!!! と。
灼熱の穂先と不可視のエネルギーを纏いし刃とが真っ向から激突した。
バギバギバギッ!! と大男の足場が砕ける。ゆっくりと、だが着実に押されていく。
第八章魔法。
魔力に漆黒の性質変化を付加する上級の領域。
エリスやノワーズがその魂や肉体を限界以上に酷使して、ようやく対等にぶつかり合うことができた魔の秘奥。
だが、
「足りぬな」
一言だった。
直後に漆黒の穂先がぐにゅりと歪んだかと思えば──そのまま大剣が縦に振り抜かれ、真っ二つに引き裂いたのだ。
ブォッボッ!! と左右に切り裂かれた漆黒の炎槍が後方に流れ、それぞれ近くの建物に突き刺さる。石造りの建物を焼き溶かすほどの定説を無視した熱量が吹き荒れる中、大男は口の端をつり上げていた。
「中々にやり甲斐のある狩りとなりそうだ」
「にひ☆ これはまた殺し甲斐がありそうだねー」
直後。
小柄な少女と大剣の大男が真っ向から激突した。
ーーー☆ーーー
聖都を中央から二つに分けるように伸びている大通りから西に逸れた街道にて。
「帝王さんってば俺らのけ者にしてこんなにおもしれーことやらかすなんてひっでーなーっ!! そうは思わねーかー?」
じゃらじゃらと金属質な音が響く。青年の首や足や手や胴に巻きつけた赤茶色の鎖が擦れる音だ。
『十二黒星』、第五星バルサ。
伸ばしているというよりは切るのが面倒だからほうっておいているのか、足元まで伸びているくすんだ赤髪が風に流れる。
ギョロリ、と突き出た瞳が動き回る。首を動かさず、瞳の動きだけで周囲を見回し、彼は引き裂くように笑みを広げる。
「きひひっ☆ で、そんなに身構えてどうするってんだー?」
彼を囲むように展開されるは数十人ものシスター。神の視点において人間に違いはなく、ゆえに上下関係など意味をなさない。そんな『慣習』からか神聖バリウス公国には権力者という者が存在しない。あるのは状況に対応するための手順のみ。今回で言えば決められた手順通りに近くにいた『ある層』のシスターが集まり、決められた手順通りに侵入者の排除にあたっているということだ。
個の能力などどうでもいい。
どのような状況においても、どのような人材が手元にあろうとも、全の能力を生み出す手順を発揮できるように。それが神聖バリウス公国の組織力となる。
だから。
しかし。
その時、『ある層』のシスターたちは全員が同じことを考えていた。
勝てるとは思えない、と。
神聖バリウス公国の真価は数にある。五億以上もの信者、その集まりが生み出す『力』。お布施などで財力を高め、バリウス教という看板でもって人材を集め、その相乗効果が暴力を増幅する。
一人の敵に百でも千でもぶつけて粉砕する、圧倒的な物量作戦。それこそが神聖バリウス公国が得意とする戦法であった。
ギリッ、と。
金髪のシスターは歯噛みする。
(足りない……聖都だけじゃゼジス帝国の真価には対応できないっ!!)
目の前に立ち塞がるはゼジス帝国の真価、絶対的な暴力の化身たる『十二黒星』の一人だ。力こそ全て、弱者は喰い殺される帝国は数に頼ることはないし、財とは必要な時に他国から奪うものだ。
帝国は暴力が人権さえも左右する。
その頂点に君臨する帝王に次ぐ十二の最上位幹部。ある戦争において十倍もの戦力差をたった一人で埋め合わせたとも言われている『十二黒星』を相手にするならば、それこそ神聖バリウス公国の力を総動員する必要があるだろう。
一部の幹部連中が他の三強と肩を並べるほどの『国力』と化している、そこまで突き抜けた怪物に贈られる称号こそが『十二黒星』であり、そんな怪物を統べるのが帝王なのだ。
だから。
だから。
だから。
かつん、と。
足音が一つ。
ーーー☆ーーー
大通りから東に離れた一角には多くの民家が集まっていた。石造りの建物が集まる中、ぽつんと開けたその場所に彼女は降り立っていた。
見た目はどこにでもいそうなものであり、意識しないと顔を忘れてしまいそうなほどに平凡だった。聖都への落下を目撃していなければ、スフィアと言えども彼女の実力を見誤っていたかもしれない。
他の五の怪物と共に降り立った少女だ、スフィアでさえも力を読み取れないとはいえ、弱敵ではないだろう。
「いひひ、まずはてめえからカモ」
「エルフですか。ふふ、私の擬態に惑わされない生物に出会えたのはいつぶりでしょう。ふふ、はふ、ふふふっ! ああっ、ゾクゾクしてきました!!」
弾けた。
まるで羽化するがごとく力の波動が荒れ狂う。先ほどまで一切感じ取ることもできなかったというのに、今は他の五の流星に肩を並べる力がありありと感じられ──
「ふふ」
目の前に、
少女の、顔が、
「ッ!!」
ゴッバァン!! と轟音が響く。咄嗟に真横に振り抜いた腕が空気を破裂させ、少女の顔面めがけて襲いかかったのだ。
エリスを一撃で粉砕し、ガジルの斬撃を受け止めるほどの威力。その一撃を、しかし少女は避けもしなかった。
ガヅンッ!! と顔面に腕を叩きつけたスフィアのほうが走る衝撃に顔をしかめていた。少女は微動だにせず、肉片が飛び散るどころかかすり傷さえ与えられていない。まるで鉄の塊に剣を振り下ろしたように腕に痺れが走っただけだ。
「チッ!」
高速移動ではない。スフィアの目でも捉えられないほどの速度を叩き出す怪物が早々存在するわけがない。
であれば、なぜ目の前に接近されるまで気づかなかったのか。
(気配のオンオフの切り替え。視界から消えたことにすら気づかせない能力カモっ。影の薄さを極限まで高めたスキルってワケ? 地味だけど厄介カモっ!!)
加えて少女は人間の身でスフィアの打撃を無傷で受けてみせた。スキル、かもしれないが、二つ以上スキルを所有する者は珍しい。どこぞの王妃やトレジャーハンターのような規格外の例外でないとするなら、
(『技術』カモ? でも何に付加しているカモ!?)
気配が溶ける。
スフィアが後手に回るほどの怪物が合計六人投下された。防壁を破った『少年』だけでも勝ち目があるか不明だというのにだ。
ーーー☆ーーー
その時。
エリスはその笑い声を聞いていた。
(こんなの第七王女は知らなかったわよ。しかも、くそ! 今なら魔女の声が聞こえる。完全に表に出てこないとあたしの力でも捉えられないってわけ? この力に関してはよくわかってないし、適応範囲ってのがあるのかもね)
観察して、分析して、突破口をこじ開ける。そんな風に対応するべきなのだろう。
そんなの無理に決まっていた。
我慢なんて、冷静な対応なんて、できるわけがなかった。
(ぶっ殺してやるッッッ!!!!)
理由なんて知ったことではない。
現実として魔女が妹の肉体を奪った、ならば取り戻せ。理屈なんて踏み潰して、不可能だろうが覆して、最愛をその手に摑み取るために。




