第六十三話 よし、パーティーしよう その三
「ふは、ふはははは!! 楽しんでるかーっ!!」
『おおおおおおおお!!』
食堂はどんちゃん騒ぎであった。ミルクがなみなみ注がれたジョッキ片手に椅子の上に立ち、片足を机に乗せ、拳を振り上げるミリファの一言で百を超す人間が歓声をあげるほどに。
と。
扉が開かれ、入ってくる王女が二人。
「おほほ、なんですの、これは?」
「アハッ☆ 武闘派メイド発見っ」
魔法の第四王女エカテリーナ。
武力の第五王女ウルティア。
彼女たちはなんだか中心で一際目立っているメイドと、そんなメイドのそばでジョッキ片手に顔を赤くしている妹を見つける。
……照れ隠しにミルクを飲みまくって、雰囲気も相まって完全に酔っ払っているのだと気づかなかったのが運の尽きだった。
「おほほ、セルフィー。これはいったい何事で……がぶべぼ!?」
「ひっく。いっえーい!」
ジョッキ一閃。第四王女エカテリーナの口めがけて豪快に突っ込まれたジョッキからミルクが注ぎ込まれる。溺れる前に飲み干せ、とでもいうように。
「が、ばぶっ!? せ、セルフィーっ! 貴女姉に対して、いいえ王族としての振る舞いを……がぼばぶ!?」
追加であった。
空のジョッキを投げ捨て、机に並べてあった溢れそうなばかりのミルク入りジョッキを第四王女へと叩き込む第七王女。
そんな二人を尻目に第四王女ウルティアはだんっ!! とミリファの隣に並ぶように椅子に立ち、机に足を乗せる。
「武闘派メイド、これなに?」
「お、ウルティア様じゃんっ。なにだって? パーティー以外の何があるんだよお!!」
ぐいっと差し出されるはミルクジョッキ。
武闘派メイドは赤らんだ顔に不敵な笑みを刻み、
「さあウルティア様もぐいっといこうっ!!」
「アハッ☆ 武闘派メイドからのお誘いなら断るわけないよねー!!」
ーーー☆ーーー
続いては三人の王女であった。
つまりは美貌の第一王女クリスタル、人脈の第三王女オリアナ、政治の第六王女ミュラである。
食堂に足を踏み入れた瞬間、待っていたのは混沌だった。
「おほ、おほほほほほ!! わらわだってもっと素直になりたいのでしゅわ。でもでもっ、おうぞくとしてのいげんがあるもんすきをみへたらだめだもんっ。う、ううう、いつもきびしいこといってごめんねせるふぃーっ!!」
「みなさんがあんなに感謝してくれました。いえ、それも嬉しいのですが、ミリファさまが肩を抱いてくれて……ミリファさまーっ!!」
「ぐぎゅごきゅっ! ……ぷはっ!! ふはははは!! その程度かウルティア様ーっ!!」
「ごきゅごきゅっ!……ぷはぁ!! アハッ☆ まだまだ始まったばかりだよねー!!」
なんだか口調が崩壊しているエカテリーナがセルフィーを後ろから抱きしめており、そんなエカテリーナガン無視で恋する生娘みたいな顔をしたセルフィーが側仕えを見つめており、そんな熱視線に気づいていない側仕えはウルティアと共に机の上でジョッキを次々と飲み干していた。
そんな混沌を中心に百を軽く超えるメイドやら騎士やらが騒いで飲んで食べて、机の上の側仕えメイドと第五王女の下着を覗こうとしていたクソ野郎は袋叩きにされていた。
総じて酔っ払いどもの乱痴気騒ぎであった。
普段は王族としての振る舞いを自覚し、姉妹たちに厳しく注意するはずの第四王女エカテリーナが場の雰囲気に呑まれているというのだから、この乱痴気騒ぎの規模の大きさもわかるというものだ。
「じ、人脈としては友好関係を広げるチャンスを逃すわけにはいかねーでごぜーます!!」
「わっ、駄目なのあれ絶対手を出したらいけないやつなのです!!」
早々に二人呑まれた。
友好関係を広げようとした第三王女とそんな彼女を止めようとした第六王女が酔っ払いどもに接近、捕捉される
『ミリファさまーっ!』とか叫ぶセルフィーと『ごめんねーっ!!』と涙目のエカテリーナが差し出してきたミルク入りジョッキがその愛らしい口にクリーンヒットであった。
ーーー☆ーーー
「わう。これは恐ろしい……」
「くふふ☆ このような下世話な騒乱に私の美貌を晒すなんて論外ですし、さっさと帰りましょうかねぇ」
と。
日頃の弄られを思い出したイヌミミ少女はぐいっと美貌の第一王女の腰に手を回す。
「わう。たまには痛い目にあうのもいいって」
「な、ちょっ、やめ……っ!!」
そのままぶん投げた。酔っ払いどもへ向けてだ。
「てめえ!! 覚えてろよおッッッ!!!!」
「わうっ!?」
勢いでやっちまったイヌミミ少女はすたこら逃げることに。後が怖いが、かなり怖いが、たまには反撃するくらいの関係性でちょうどいいのかもしれない。
……『これは確実にお仕置き、はう、わふうっ!!』と背筋を震わせ恍惚と呟いていることだし、何の問題もなさそうだ。
ーーー☆ーーー
がちょんがちょん、だった。
蜘蛛のような形の魔導兵器が食堂に入る。それに跨った第二王女はあまりの惨事に回れ右しようとして……ガグンッ!! と蜘蛛の動きが止まる。新作、まさかのこのタイミングでの動作不良であった。
「うっそ、こんな、待ってってことよ!?」
そして。
なんだかゾンビのように地面を這う酔っ払いどもが魔導兵器をよじ登ってきた。というか、そのまま第二王女の身体にまとわりついてくる。
「ひっ!?」
つまりは第三と第六。
人脈も政治も関係ない、直接的に攻め立てると言いたげにその手に握ったジョッキが第二の口を強襲した。
ーーー☆ーーー
綺麗な放物線を描き、美貌が落ちる。
ちょうどミリファを後ろから押し倒すような形でだ。
そのまま一緒くたに机の上にぶっ倒れた。
「ふにゃあ!?」
「きゃっ」
意外と可愛らしい声を漏らす美貌の第一王女。そんな王女が背中に乗っかっているとは夢にも思っていないミリファはぐるん! と横に転がる。上の誰かを弾き飛ばし、逆にミリファが上となるように。
「にゃにするんだよーっ! こんにゃろーっ!!」
そのまま押し倒すような体勢に移行。相手の顔なんて見ずに近くのミルク入りジョッキをひっ掴んだミリファはそのまま叩き込んだ。
つまりは第一王女の口へと。
もう不敬だなんだで済むレベルじゃないというか、首を斬り落とされても文句は言えない所業である。
と。
全部しっかり飲ませてから、首を傾げる馬鹿。
「あれ? なんか見たことあるような???」
「アハッ☆ さいっこう!! ウルティアもやろーっと!!」
追加でもう一つ。
ジョッキを第一王女めがけて振り下ろし──ブッォン!! と交差するジョッキ。そう、近くに置いてあったジョッキを掴んだ第一王女が第五王女へとカウンターを仕掛けたのだ。
第五王女ウルティアのジョッキは顔の横に落ち、第一王女クリスタルのジョッキは口に叩き込まれた。
「ぶっ、ばう!?」
「美貌だからと舐めているよねぇ……ひっく」
口調なんてあべこべで、性質なんて好きに切り替えられる美貌の第一王女は不敵な笑みを浮かべる。
これまでの飲ミルク(?)がたたったのか、真っ赤な顔で後ろに倒れる武力へと突きつけるように、言い放つ。
「美貌こそ世界を統べると知りなさい」
と、なんだか意味わからないこと言って格好つけていた第一王女クリスタルだが、最初にジョッキでミルクを飲んでいることに変わりはない。どこかとろんとした瞳と赤らんだ顔は完全に酔っ払いのそれだった。
とはいえ、流石は美貌の冠を持つ者。酔いさえも色気に変えており、なんだか周囲の騎士やらメイドやらが性別関係なく興奮して騒ぎ出していた。もう卑猥だなんだお構いなしな言葉やら行動やら盛りだくさんだったり。いやだから不敬だなんだ気にしろと言いたいものだが、そんな常識この場に残っているわけがない。
(第七王女が側仕え、ミリファ)
ふらり、と。
机の上で立ち上がる第一王女クリスタル。
(先の戦争の功労者にして、『運命』の中心点の一つ。破滅を助長させる因子にして、救国の切り札ともなるジョーカー。くふふ☆ セルフィーは覚醒こそが破滅を加速させると思っていたみたいだけど、私はそうは思わない。ババァのように誇りを守るために滅ぶのでもなく、セルフィーのように他の全てを捨ててでも命だけは多く残すのでもなく、勝って生き残るためには力が必要ですのよねぇ。そういう点では魔力を食べれば食べるだけ強くなるミリファはうってつけ。なにせ魔力さえあれば際限なく強くなるのですもの。こんなにも便利な手札早々ないよねぇ?)
だから。
だから。
だから。
(この国を見捨てて逃げようなんて考えないよう、私の美貌で魅了しておかないと。くふふ☆)
なんだか思考がどこかに飛んだ。
完全に酔っ払いのそれだった。
「げっ!? これって確か第一王女様……」
「くふ、くふふ、くふふふふふふふふ☆」
ぐいっと右腕に抱きつく王女が一人。全身から冷徹なまでに甘いという矛盾する雰囲気を噴出させ、熱い吐息を耳元に吹きかけてくるは第一王女クリスタル。
こうして話すのは今日がはじめてのはずだが、流石は美貌。触れ合っているだけで酔っ払いの思考をぐちゅぐぢゅに犯す魅力に満ちていた。
「う、うにゃあ!?」
「セルフィーの側仕えはどうかしらぁ? やりがいある、ない? まあどっちでもいいけど、たまには刺激的なイベントがあったっていいとは思わない?」
「し、げき、てき?」
「私のこと、好きにしてもいいって言ってるんだよねぇ」
「ぶほは!?」
「くふふ☆ 真面目に第七王女の側仕えなんてやってても刺激なんてないよねぇ。だから、ほら、こうして姉がご褒美くれてやるって言ってるのよねぇ。禁断の果実は禁じられているからこそ甘いものだしねぇ」
「あ、えっと……っ!?」
なんだか周りでは『王女ホイホイかよあのメイドっ!?』だの『いいぞお! やれえっ!!』だの『美貌までかよあのメイドの周り凄いことになってねえか!?』だの『俺も混ぜてくれえ!!』……とか空気読めない馬鹿は夜空の下に放り出されていた。
そして。
そんなふざけた真似を許さない女は確かに存在した。
「クリスタル、お姉様……?」
ガシィッッッ!!!! と。
ミリファの左腕を両手で抱きかかえ、ぷくうと真っ赤な頬を膨らませる第七王女セルフィーである。
「わたくしの側仕えに何をやっているんですか?」
「王族として仕える者に相応の褒美を与えているだけだけど? 飴と鞭は基本の基本。ここにいれば良いことあるんだと脳を蕩けさせてしまえば、どんな苦難も構わず突破してくれる使い勝手のいいペットの出来上がりよねぇ」
「わたくしの、です」
「これはセルフィーには手に余ると思うけどねぇ。調教は素直に私に任せていれば、おこぼれくらいはあげるけど?」
「ミリファさまはわたくしの側仕えです。美貌なんかに靡かないんです!!」
「くふふ☆ 末妹ごときが生意気なことで」
そして、そこで終わるわけがなかった。
続いては跳ね起きるように復活した第五王女ウルティア。状況なんてさっぱりだが、酔っ払いは一直線にミリファに突撃、後ろから思い切り抱きしめる。
「武闘派メイドはウルティアのおもちゃだよー!!」
「「ああ!?」」
軽く王女としてのアレソレが崩壊している第七と第一。だが、そう、まだ終わらない。
今度は三人のゾンビもどき。
がしがしがしぃ!! とミリファの胴体に第二、両足にそれぞれ第三、第六が抱きついてきたのだ。
「にゃ、にゃにゃっ!? なんかやばいことになってるう!!」
ミリファが今更のように背筋を震わせるが、もう遅い。最後は第四王女エカテリーナ。なんだかそこらの幼子みたいに泣きまくった縦ロールが両手にジョッキを持ったまま突進を仕掛け──
ーーー☆ーーー
その時。
料理長はだらだらと冷や汗を流していた。筋肉の塊みたいな屈強な男が恐怖で固まっていたのだ。
そう、彼だけが事態の真の危機に気づいていた。
なんだかんだで七人の王女を引き寄せている『王女ホイホイ』だが、彼女が引き寄せるのは王女だけではない。
そう。
そもそも今回のパーティーは誰が考えたものだった?
「……ひっく」
ジョッキなんて生易しい。
こちらは樽だった。
巨大な樽を二つそれぞれの手に持って、ブォンブォン振り回すくらいには、こう、やばい奴が我慢の限界を迎える。
「ミリファさんにベタベタしやがって」
ーーー☆ーーー
第四王女の強襲。いやエカテリーナ様どこに抱きつくの頭なの流石に定員オーバーじゃない? となんだかズレたことを考えていたミリファ。そんな場合ではなかった。
ゴッ!! と。
片手で振り回されるミルク入り樽を口に叩き込まれた第四王女がミルクの大量摂取で酔い潰れたのだ。
「ひっく。ミリファさんから離れろ。潰すぞ」
ファルナ。
デキルメイドの顔もオドオド気弱な性質も吹っ飛んでいた。もう、あれだ、やばい。
だが。
そんな脅しに屈するほど王女の冠は軽くない。
「くふふ☆ そこらのメイド風情が私の美しさに敵うとでも思ってるのかしらぁ?」
「武力に喧嘩売るなんていい度胸じゃん」
「わたくしの、です」
「私の! 友達なんだから!!」
いやだから不敬がですね、と止められる輩はおらず。樽を片手で振り回すくらいには、こう、何かが吹っ飛んでいるファルナと王女たちが真正面からぶつかり合う。
ーーー☆ーーー
第一王女クリスタルと第五王女ウルティアは足元に手を伸ばした。つまりはミリファの両足にしがみついている第三と第六を引き剥がし、そのままぶん投げたのだ。
「ごぜーますう!?」
「なのですっ!?」
ゴゴッ! と両手の樽で迎撃。右で第三、左で第六をミルクの大量摂取で酔い潰し──その隙に武力が強襲する。両方の樽の入り口は王女二人を迎撃するために使い潰した。あの樽で迎撃しようにも中身を相手に流す『出力口』が塞がっているのだ。
後はウルティアがその手に握ったミルク入りジョッキをファルナに叩き込めればいい。
そのはずだった。
キラリ、とファルナの右手が不気味に光る。
そこには樽と一緒に肉を切るためのナイフが握られていた。その刃を樽に突き刺す。そう、穴をあげることでミルクの『出力口』を確保するために。
「しまっ……」
ゴッ!! と横殴りの一撃。第三王女ごと樽を振り回して、新たにあけた『出力口』をウルティアの口に叩き込み、ミルクの大量摂取で酔い潰す。
ゴトン、とミルクを垂れ流す右の樽を床に落とすファルナ。三人の王女が酔い潰れ、倒れたのを確認して、改めて左の樽を構える。ゴッォ!! と地面を蹴り、空気を引き裂き、一直線にミリファを求めて駆け出す。
「チッ!」
咄嗟にミリファの胴体に張りつく第二王女に手を伸ばす第一王女。だが、そこで伸ばした腕が宙を薙ぐ。そう、意外と素早い動きで第二王女が腕を避けたのだ。
「なっ!?」
「引きこもり、舐めるなってことよ」
逆に第一王女を両腕で羽交い締めにする。迫る樽の盾にするように。
「こんな、こんなの、私の美しさが敗北するはずないのにいっ!!」
「いや美貌は関係ないって」
ゴッ!! と左の樽が美貌の第一王女に叩き込まれる。……食堂の入り口付近に隠れているイヌミミ少女が嬉しそうに拍手していたりするが、闘争には無縁の出来事である。
そう、今は闘争の真っ只中。
第一王女の脱落、その一瞬の弛緩を狙い撃つように第二王女の口にジョッキが叩き込まれた。まるで邪魔者を排除してやると言いたげな第七王女セルフィーの一撃が、だ。
第二と第一が倒れる。
一番の強敵である樽持ちファルナを狙わず、第二王女を狙った理由は単純。一対一で決着をつけたかったからだ。
「ミリファさまはわたくしの、です」
「私の! 友達なんだから!!」
ゴッ!! とジョッキと樽が交差する。
最後の攻防が始まった。




