第六十二話 よし、パーティーしよう その二
首都近郊、森の中の洞窟にて。
質素で手作り感満載で、だけど暖かなパーティーははじめからお楽しみだった。
「一番っ! 敵対組織『スグゾユ盗賊団』相手に裸エプロンで喧嘩を売るリーダーっ!! ──来いよ雑魚ども。私の仲間には指一本触れさせないわよ!!」
「そんなこともあったよね」
「つーかなんで裸エプロンなんだったっけ?」
「服なんてどれでもいいじゃんってノリだったようなぁ。女の子なんだからファッションに気を使ってよねぇ」
「二番っ! 『仕事』終わりに迷子の子供を見つけた時のリーダーだぜえ!! ──お、おいどうしたっ、なんで泣いてっ、こら抱きつくなっ。なに、迷子? 分かった分かった探してやるから泣くのをやめろおっ!!」
「そうそうあんな感じでおろおろしてたっけ」
「(面倒見いいんだよね。リーダーだし)」
「子供かぁ。リーダーぁもいずれは……ああでも、あの感じじゃ血の繋がった子供は無理そうかもぉ?」
「三番っ! 巨大魔獣を倒したビキニアーマー姿のリーダーいくわよ!! ──は、はははは! 勝った、勝ったわよっ。ようしお前ら!! 今夜は焼肉パーティーよ!!」
「勝っちゃったんだよねぇ。普通にあの巨大魔獣のほうが強かったのにぃ。まぁそこがリーダーぁの魅力なんだけどぉ」
「くう! 今思い出してもきゅんきゅんだぜえ!!」
「(まぁリーダーだし当然だよね)」
なんというか、我慢の限界だった。
「お前らっ。なんだこれは!?」
「なんだってぇただの余興だよぉ」
「私のモノマネするのが!?」
「最高に面白いよねぇ」
「くそったれ!!」
そんな光景を離れた場所でエリスは眺めていた。斜めに裂けた黒のワンピース、その右胸付近。ある少女からもらった服を握りしめて。
(痛い、わね)
分かっている、天使姿の少女にも友好関係はあることも、最近知り合ったばかりの自分では敵わないくらい『深い』関係性の人たちがいることもだ。
聞こえた過去、あの地獄の底を共に生き抜いた仲間だ。いくら『好き』と言って貰えたとしても、エリスと彼女たちとでは好意に差があって当然だろう。
……『声』を聞いてしまえば全て分かるのだろうが、そんなの怖くて出来るわけがなかった。
好きだと、大好きだと、そう言ってくれたが、それは本当にエリスと『同じ』なのか? こんなにも焦がれているというのに、それこそ妹に向けるものとは違う、世界でたった一人にだけ向けることが許された想いと『同じ』だと?
(ああ、はは、そうなのね。あたしはこんなにも貴女のことを……)
これまでは天使姿の少女と二人きりが多く、こうして他の誰かと仲良くしている光景は見てこなかった。だから、殺意さえ蠢く醜悪な感情を抱くこともなく、その『理由』まで考えることもなかった。
だけど、そう。
こんなの誤魔化しようもない。
エリスの中にある『好き』は恋愛感情である。
そうじゃなければ犯罪者を命をかけてでも救いたいと思うものか。
(……同じって、言ったのに)
『そ、それは……エリスと、同じ、かも……しれない』と確かに言ったのだ。エリスのことをどう思っているかという問いに対する返答がそれだったのだ。
もちろんエリスも分かっている。そんなものはただの表現の仕方の問題であり、食い違いでしかないことは……分かっている。
だけど。
だけど。
だけど。
「だあもう!! 味方がいないっ! いや、そう、そうよ、エリス、エリースっ!!」
「っ」
「エリスからもこいつらにガツンと言ってよ! というかなんでそんな端にいるのよ、こっち来てよ!!」
気がつけば涙目の天使がそばまで駆け寄っており、ぐいっと強引に手を握り引っ張ってきた。輪の中に、あれだけ『深い』関係性の中に放り込むように。
「あっ。そうだよ『炎上暴風のエリス』がいるのに、こんなノリでいいの!? 色々バレないっ!?」
「大丈夫っ。なんの問題もないわよっ!! 誘拐云々もバレているし。……というか、なんであれバレても態度変わらないのよ? ま、まあいいや。とにかく! エリスもみんなと同じくらいす、す、すっ、好き! だし、仲良くやっていこう!!」
「……ッ!?」
こんなの。
我慢なんてできるわけがなかった。
「あたしも好きーっ!!」
「うぎゃーっ!? な、なんで抱きついてくるのよーっ!!」
そのノリで全員が悟った。
ここから先、無駄にシリアスやら小難しい話やらが出てきたとしても、結局は抱きつきたいくらいに『好き』な相手の味方でいたいからエリスはここにいるのだということを。
正義も悪も全部無視して、『好き』を貫く、どこまでも身勝手で傲慢な一人の人間なのだと。
それならば、仲良くなれるに決まっていた。
好意の種類に差はあるかもしれないが、同じ人を『好き』になったのだから。
ーーー☆ーーー
主城、その食堂はどんちゃん騒ぎであった。
『はっはあ! 酒盛りだーっ!!』というアーノルド=キングソルジャーの宣言と共に混沌は広まった。
筋肉マッチョな料理長はこれでも四大貴族の堂々たる一角。並ぶ料理もそうだが、とにかく財力にものを言わせてアルコール度数高めの高級品を取り揃えていたのだ。
「私を誰と思ってる? 第七王女が側仕えにして敵国の王をぶん殴ったミリファちゃんだぜえ!! ふははははは!!」
一際目立っていたのはミルクが溢れるジョッキ片手に顔を真っ赤にしてでろんでろんなミリファであった。似たような有様の料理長やら騎士やらメイドやらと違いミルクしか口にしていないはずなのだが?
何はともあれ。
酔っ払いどものどんちゃん騒ぎなのであった。
「よお腹ペコ小娘っ。敵国の王を倒すだあ? かっちょいいなあっおい!!」
「ふははははは!! 私を誰と思ってる? 第七王女が側仕え、ミリファちゃんだぜえ!!」
先ほども聞いた気がする名乗りであった。というか通算三十五回目の名乗りであった。そこで止まらない。ふらっふらなくせに精密に誘導された爆撃装置のような正確さでばじぃっ! と困ったように近くでおろおろしていた女の肩に手を回す。
つまりは第七王女セルフィー。
どうすればいいのでしょう、という困惑が吹き飛ぶくらいの衝撃が胸中に荒れ狂っていたが、酔っ払いぐーたら娘はお構いなしだった。
「まーあー? お姉ちゃんとかウルティア様とか騎士の人とか──そしてえ! セルフィー様が!! 頑張ったからあのぼっち王倒せたんだけどなあ!! おらお前ら敬えやこらーっ!!」
「え、え、うえっ!?」
急に引っ張り出された第七王女はもうオロオロを加速させるしかなかった。だが、そう、今この場は酔っ払いの巣窟。そもそも四大貴族の一角が庶民と共に酒盛り三昧なわけで、もう平民だ貴族だ王族だ頭の中から吹っ飛んでいた。
するとどうなるか?
そんなの決まっていた。
『うおおおお!? なんだよセルフィー様やるじゃねーか!!』だの『誰だ無能だなんだクソつまんねえ戯言言い触らしたのはっ。我らが第七王女様は国を救ったぞお!!』だの『俺第一王女派だったけど第七王女派に鞍替えしようかとぐらついたぞ英雄様ーっ!!』だの『セルフィー様ーっ! 俺だー結婚してくれーっ!!』……とかぬかした誰かは集団でフルボッコにされていたか。
「あ、あれ、だって、あれれ? わたくしは無能の……」
「セルフィー様はあ! 私たちの命の恩人なんだぞおーっ!! セルフィー様がいなかったら私は力を覚醒させることはできなかったし、敵国の王を倒せなかったし、この国を救えなかった!! わかったかお前らっ。真の英雄はあ! 敬うべきはあっ! セルフィー様だあ!!」
おおおおおおおおおおおおっ!! と場のテンションは爆上げであった。
「お前らーっ! セルフィー様にお礼はないのかーっ!?」
『ありがとーっ! セルフィー様ーっ!!』
「もっとおおおお!!」
『ありがとうっ!!』
「もういっちょお!!」
『ありがとおおおおおおおおお!!』
「いええええええええええっい!!」
百人を軽く超す人間たちの歓声であった。
もうこんなのオロオロするしかなかった。
その間にも乱痴気騒ぎは加速していく。
平民だ貴族だ王族だ頭の中から吹っ飛ぶくらい酔っ払った乱痴気騒ぎはまだまだ始まったばかりだ。
ーーー☆ーーー
「ごぜーますう」
「なのですう」
「くふふ。身体に悪いと分かっていても、お風呂上がりの夜の散歩はやめられませんのよねぇ」
三人の王女(プラスイヌミミ少女)は長風呂のお風呂で火照りまくった身体を夜空の下に晒していた。
ふと『騒音』を耳にした第一王女が視線を動かす。
「何やら面白そうな予感がしますわねぇ」
ーーー☆ーーー
がちょんがちょん、だった。
三メートルほどの銀の胴体と二十本の脚を持つ、蜘蛛を連想させる魔導兵器が歩を進める。
魔導兵器『アラクニド』。第二王女お手製の新作、その稼働実験として主城内を散策中であった。
第二王女はそんな魔導兵器の胴体部分に跨っていたりする。
「んー? 何か聞こえるってことよ」
『騒音』を耳にして、試しにそちらを目指すことに。
ーーー☆ーーー
「エカテリーナー。武闘派メイドとの勝負はどうだった?」
第四の塔にある第四王女の私室にノックもなしに入ってくるは第五王女ウルティアであった。
「おほほ。相変わらず姉に対する敬意が足りない妹ですわね」
「で、勝負はー?」
「もちろん妾の勝ちですわ」
「ふうん。じゃあ明日からメイドの特訓なんだねー」
「どっ、どうしてそれを!?」
「いつものお節介だと思ってたしー。まーウルティアとしても尻尾出す馬鹿を潰すだけで何とかなるとも思ってないし、ウルティアが苦手な部分を埋めてくれるなら大歓迎だけどー」
「おほ、おほほっ。妾はただ妹の側仕えメイドの質が低いと妾の品格にも関わってくると思ったからで、お節介だなんて……っ!!」
「あーはいはいもーめんどくさいなエカテリーナは」
「ウルティアあああ!!」
「アハッ☆ そんなに怒らな……ん? なーんか聞こえるような???」
「何の話ですの?」
武力としての性質だろうか。
普通の人間ならば聞こえない主城からの──正確には食堂からの──『騒音』にも気づくことができたのだ。
その中から『友達』の声を識別したウルティアは口元を綻ばせる。楽しそうだと、遊ぶ以外に興味を示すことが珍しいことだと、果たして彼女は気づいていただろうか。
ーーー☆ーーー
そして七人の王女が結集する。
酔っ払いどものどんちゃん騒ぎは更なる混沌へと突入していくのだ。




