第六十一話 よし、パーティーしよう その一
さて、すっかり忘れられているミリファはといえば、なんだか干からびた魚のような目で第四王女の私室の片隅に転がっていた。
「死ぬ、疲労で死んじゃう……っ!!」
「おほほ、床に寝るなんて論外ですわよ?」
「だってえっ」
「だってではありません」
「ううーっ!」
夕日が照らす中、ぶっつけ本番でメイドの業務を次から次へと割り振られたぐーたら娘の身体は疲労感でいっぱいだった。
もうこれ以上は無理、というギリギリのラインを第四王女が狙っていたことには気づいていなかった。
「ミリファ、散々な有様でしたわね」
「うっぐ!」
八枚羽を広げるスカイブルー色のドレス姿の第四王女エカテリーナの言葉に『勝負』中のミリファは言葉を詰まらせる。
分かりきった結果を一つ一つ丁寧に証明されたようなものだった(そもそも最初の紅茶云々で勝敗は決したも同然だったのだが)。
「ですが、このままで終わるつもりはないのですよね?」
「……もちろん」
「おほほ! ならば明日から妾が指導してあげないこともありませんわっ。勝負、そうこの勝負はどう見ても妾の勝ちなのですから、敗者は勝者の言うことを聞くべきですわっ! ほら妾の勝ちなのですからっ!!」
「…………、」
第四王女エカテリーナ。
初対面の時は嫌味な人かと思ったのだが、よくよく考えてみると単なる親切な人なのかもしれない。
少々言葉選びにトゲがあるだけで、相手のためを思って言ってくれているのではないか?
そう考えると、あの時セルフィーやウルティアが何も反論しなかった理由も分かるというものである。姉妹だからこそ通じるものもあったのだろう。
「エカテリーナ様」
セルフィーの側仕えであり続けるためには、最低限のメイドの技術が必要となる。そのために必要な教育をしてくれるというのならば、ありがたく教育してもらうべきだろう。
だからこそ、だ。
だからこそミリファは立ち上がり、パンパンとメイド服を叩いて身なりを整えて、ぺこりと頭を下げるのだ。
「これからよろしくお願いしますっ」
「おほほ、よろしくですわ。……それはそうとして、そんな雑な身なりの整え方があるものですか」
「うっぐ!!」
ーーー☆ーーー
夕日が見えるほど長時間湯船に浸かっていた王女三人。その中の二人、政治の第六王女ミュラと人脈の第三王女オリアナは完全にのぼせ上がっていた。
「うへー……なのですう」
「ごぜーますう」
そんな二人の様を見て、美貌の第一王女クリスタルは密かに口元を綻ばせていた。
「これで私の失態をうやむやにできたわよねぇ」
「わう。ご主人様、遅かれ早かれだって」
「くふふ。生意気な子犬ですこと」
「わっふう!!」
余計なことを言うペットを弄り黙らせる第一王女クリスタル。何はともあれ『説明』は終わった。さっさとお風呂から出て、今後の対策を考えるべきだろう。
ーーー☆ーーー
第七の塔、一階。
第七王女セルフィーの私室では『先輩』に半ば強引に臨時側仕えを任されたファルナが内心大慌てであった。
(わっ、わたっ、私が王女様のそばっで、その、あの、私がががっ!!)
見えない部分はそれはもう酷い有様だったのだが、これでも次期メイド長候補たる『先輩』が派遣したメイドである。身体に染みついた動きは優雅で的確なものであった。どこぞのぐーたら娘とは比べ物にならない完璧な流れで紅茶を用意していた。
さて、では第七王女はというと、
(あの戦争の時のメイドさま。ミリファさまと親しげというかミリファさまの心情に深く刻まれていたような気がするというかこのメイドさまの声援がミリファさまの心の支えになっていたというか、なんなんですかこの人っ!?)
それはもう『メラメラッ』であった。決して表情には出さずすまし顔で紅茶を口にしていたが、なんというか、そう、『メラメラッ』なのである。
絵面的には優秀なメイドに用意させた紅茶を優雅に嗜む王女様、といった風景であるのだが、内心はどちらもどこぞのぐーたら娘に引っ掻き回されているのだった。
ーーー☆ーーー
何だか黄色パーカーの怪物の衝撃が凄まじいものであったが、結果だけ見ればエリスやリーダーの負傷を治してくれただけである。
これならば問題なく進めることができるというものだ。
首都近郊。森の中にひっそりと建つ小屋の扉を開く影が二つ。
「準備完了だよーっ!!」
「(……あれ? なんか変なのいる)」
金髪隻腕とちんちくりんな黒ずくめはリーダーの隣に当然のように寄り添う『炎上暴風のエリス』を見つけ、うげっと表情をひきつらせる。
なにこれ大丈夫なの!? という視線を受けて、おしゃれさんは困ったように肩をすくめ、一言。
「なんだか仲良しだしぃ問題なさそう……かもぉ?」
「かもって本当に? この格好まずくない???」
「まぁ私たちがあの時の誘拐犯だってバレても変わらないしぃとりあえずはこのままでいいんじゃない? というかぁ『炎上暴風のエリス』がその気になったらぁ私たちが足掻いたって意味ないしぃ」
「リーダーっ!」
「ぐっ。いやまあエリスはこんな私の味方でいてくれるし、その、あれよ、気にするなっ!!」
「リーダーがそういうなら……」
「それにぃこんなのいじってって言ってるようなものだしぃ」
「まあ問題ないなら遠慮なく堪能するけどさ」
「おい……?」
リーダーが眉根を寄せるが、その時には金髪隻腕の黒ずくめは何かを思い出したのか、パチンと指を鳴らす。
「そうだったっ! リーダーリーダーっ! 準備完了なんだって!!」
「準備? 大体お前らあれだけド派手にやり合ってたのに、どこで何をやってたんだ???」
「そんなの買い出しやら飾りつけだって!!」
ゾジアックとの戦闘中は首都に買い出しに出かけていた実働班、それが金髪隻腕やらちんちくりんやらこの場にいない残りの黒ずくめたちだった。足止めを担っていたおしゃれさん含む黒ずくめたちは全て知っているのだろう、困惑した様子のリーダーの背中を押していく。
なんだなんだっ!? と困惑しっぱなしなリーダーと、そんなリーダーについていくエリス含む黒ずくめたちは近くの洞窟に辿り着く。
黒ずくめたちは普段は小屋と洞窟とに日替わりで分かれて生活している。そのため洞窟内も多少は生活しやすいように小物やら何やらが置いてあるのだが……一変していた。
手製だろう歪だが温かみのある飾りつけや決して高くはないが精一杯華やかにしようと努力した料理の数々。
そして、何より。
『誕生日おめでとう』と書かれた垂れ幕が一つ。
「たん、じょうび?」
不思議そうに、本当に不思議そうに呟くリーダー。ゾジアックに管理されていた時はスラムの外から連れてこられた仲間の誕生日を祝ったものだが、結局こうして逃げ出すまで生き残れたのはスラムという過酷な環境下に適応できていた少女たちだけだった。
仲間たちの中にはリーダー含めて名前さえも覚えていない(あるいは名付けられてもいない)少女たちだ。誕生日なんてもの覚えている者はいなかったはずだが……。
「リーダーぁ。今日が何の日か覚えているぅ?」
「今日、今日って誰かの誕生日だっけ?」
「そうなんだけど、ちょっと違うかなぁ。今日はリーダーが私たちをあの古びた倉庫から連れ出してくれた日だよぉ」
「っ」
そう、今日こそがゾジアックから『逃げ出した』日であった。あの逃避行から今日で丸一年経過していたのだ。
「私たちは誕生日なんか知らないよぉ。でもさぁ一年に一度くらい生まれてきてありがとうって祝う日があってもいいなぁって思ったんだよねぇ。あの古びた倉庫での誕生日会でさぁ皆楽しそうだったしぃ」
だから、と。
おしゃれさんはどこか緊張した面持ちでこう続けた。
「あの古びた倉庫から逃げ出してぇ生まれ変わったってぇ。そんな風に定義してもいいんじゃないかなぁ」
「だから、今日が『みんなの』誕生日、ということ?」
「だねぇ」
「まったく私をハブって何をやってるかと思えば」
「どうせならサプライズパーティーってやつもやってみたくてぇ。だったらぁやっぱりリーダーぁをびっくりさせるのが一番かなってぇ」
「なんで『やっぱり』と思ったのか詳しく聞きたいんだけど。具体的にはお前ら私のことおちょくって楽しんでいるよね!?」
「ごほんごほんっ!!」
誤魔化すように咳払い。
ついで切り替えるように、
「どうかなぁリーダーぁ。今日を『みんなの』誕生日にするってのはぁ」
そんなの聞かれるまでもない。
先程は照れ隠しに突っかかってみたが、もう我慢の限界なのだ。
なんだか鼻がつんとするわ視界が歪むわ唇が痺れたように震えるわ酷い有様であったが、リーダーはぐいっと目元を腕で拭う。
今は感傷に浸っている場合ではない。
そう、今日は誕生日。この日だけは誰だって主役になれる、一年に一度の特別な日なのだ。
ならば。
答えは一つ。
「最高よ、くそったれども!!」
「それじゃぁ……っ!!」
「よっしゃあ! お前らっ。誕生日会するぞーっ!!」
返ってくるは怒涛の歓声。
ご立派な飾りつけもお高い料理も必要ない。みんなで騒ぎ、食べ、楽しむのが誕生日会なのだから。
ーーー☆ーーー
もう全体的にふらっふらなミリファは夕日が沈み、真っ暗な中を歩く。せめてセルフィーに挨拶して帰ろうと第七の塔の一階、第七王女の私室まで辿り着く。
「ただいまー……」
「あっ、ミリファさま! 大丈夫でしたか?」
「まあうん。メチャクチャ疲れたけど、後悔する前に知ることができたし、良かったよ」
「?」
「エカテリーナ様とこれ以上喧嘩することはないと思う。なんというか、うん、あの人普通に良い人だったしさ」
「そうですか」
ほっと安心したように一息つくセルフィー。彼女としては側仕えと姉がいがみ合う状況は板挟みになったようで苦痛だったに違いない。どちらもセルフィーのことを想ってくれているならなおさらだ。
できれば仲裁に入りたかったのだが、あそこまでヒートアップした両者に下手なことを言っても逆効果なのは分かりきっていた。それよりは一度衝突するくらいが丁度いいのだ。ミリファもエカテリーナも『引きずる』ような人ではないことは両者共に親しいセルフィーはよく知っていたために。
それに世話好きなエカテリーナと世話されるのが好きなミリファは絶対に相性がいいとセルフィーは前々から思っていたのだ。ちょっと『メラッ』とはなるので率先して引き合せようとはしなかったが、ああして激突してしまったからには心置きなくまでやらせたほうがうまくいく……とそこまで分かっていても心配は心配だったのだが。
「セルフィー様ー……今日もう帰っていい? 死ぬ、もう死ぬう」
「ふふ、ええよろしいですよ。せめて一緒にお夕食をと思ってましたが、お疲れなら──」
「ごはんっ!? そうだお腹すいたごはんごはんーっ!!」
あのミリファが空腹を忘れるくらいなのだから、相当ギリギリを攻めたのだろう。疲労に覆い隠されていた空腹の存在を自覚してしまったミリファはもうそれ以外考えられなかった。
「ごはん、ごはんを……ああっ。食堂もう営業時間外じゃんどうしよっ!!」
と、そこで。
ちょこんとミリファのメイド服の袖を引っ張る影が一つ。
「ミリファさん、今なら、その、準備は終わってるし、あの、食堂に行こうよ」
「え、でももう時間外だし──」
「今日は大丈夫なんだよ」
こくんと首を傾げるミリファ。
よく分からないがファルナが大丈夫というなら大丈夫なんだろうということでついていくことに。
と。
そこで自然にセルフィーの手を握るのがミリファらしいとも言える。
「そうだっ、どうせならセルフィー様も行こうよっ」
「……よろしいのですか?」
「よろしくない理由がわかんないって!」
「ミリファさまがそうおっしゃるのならば」
トントン拍子に進んでしまったからか、ファルナは内心『王女様を気軽に誘うなんてやっぱりミリファさんって凄い!!』と感激していたりもするが、やるべきことを見失ってはいなかった。
第七の塔を出て、そのまま食堂まで移動する。と、なぜか扉の前で立ち止まるファルナ。
「ミリファさん。その、開けてくれないかな?」
「ん? 別にいいけど」
なんともなしに扉に手をかけて、開ける。
瞬間、『英雄の凱旋だーっ!』だの『ひゅーっ! スーパーメイドが来たぞ!!』だの『あんたのお陰で俺たちは助かったんだっ。ありがとうっ!!』だの『遅いぞ腹ペコ小娘っ』だの大歓声が雪崩れ込んできた。
そう、そこらの大衆食堂が霞むほどに広大な空間をメイドやら料理人やら騎士やら百を軽く超える人たちで埋め尽くしていたのだ。
「な、なにっ!? なにこれ!?」
「ミリファさん」
「ふぁっ、ファルナちゃん、なにこれ!?」
「はじめは、その、あの戦争でミリファさん大変だったから、あの、お疲れ様パーティーでもしようかと思って……気づいたら、こうなっちゃった」
「はしょりすぎっ! え、え、なんでこんな、めちゃくちゃいっぱいいるじゃん! お疲れ様パーティー? 私の!? そのためにこんなに集まったの!?」
ヘグリア国国王の打倒。
両軍を容易く吹き飛ばす四十九万もの魂に相当するエネルギーを軽々と扱う王一人だけで軍勢を蹴散らし、そのままアリシア国を滅ぼしていたかもしれないのだ。いいや、あの時ミリファたちがかの王を倒せなかった場合は最低でも首都までのありとあらゆる存在はヘグリア国国王の軍事力強化のために殺し尽くされていた。
つまり、かの王を打倒したミリファは正真正銘の救国の英雄なのだ。何か意図があるのか、大体的に発表はされていないが……あの戦争には騎士の他に冒険者や傭兵なども参加していた。救国の英雄たる『金色のメイド』の噂が瞬く間に広がるわファルナが言いふらすわで最低でも主城内の人間はミリファの頑張りを知っていた。
首都で魔導兵器が暴れていた時に、誰かを救うために拳を握り戦ったように──今度は迫り来る侵略者を撃滅したのだ。
……流れている噂はミリファの拳でヘグリア国の軍勢が丸々吹き飛んだだの事実とは異なる有様ではあったが。
何はともあれ、ミリファの頑張りがあったからこそヘグリア国に祖国を蹂躙されずに済んだ。そのことは主城内どころかその外の人間さえも理解していた。
だから、だろう。
どこから聞きつけたのかお疲れ様パーティーのためにこれだけの人が集まった。そのほとんどが準備の段階から手伝ってくれたほどだ。
「現実味ないけど……まあいいや」
パーティーだということは分かった。
ミリファのお疲れ様パーティーのためにこれだけ集まったというのも現実味はないが理解はした。
あとは簡単だ。
せっかくのパーティー、しかも主役はミリファだという。ならば、やることは一つ。
「ふっふっふう。第七王女が側仕え、ミリファちゃんがやってきたぜえええええええっ!!」
とことんまで楽しんでやる、それだけだ。




